「働くひとの健康」への投資を、事業成長につなげるフレームワークである「健康経営」。経営者を説得して取り組み始めるための知見を本連載の第1回・第2回でお伝えしてきましたが、一方で、「健康経営」の継続にも、より一層の工夫が必要になります。そこで第3回の今回は、150社を超える「健康経営」実践企業への取材を通して見えてきた、「健康経営」が続かない企業に共通する傾向と、その対策について解説します。社内で「健康経営」プロジェクトを推進する立場の方は、自社に当てはめて振り返ってみてください。
「健康経営」が続かない企業によく見られる担当者タイプとその処方箋

「健康経営」を停滞させる、従業員の「オンライン疲れ」

フルリモートワークや、オフィス勤務と在宅勤務のハイブリッドワークといった、柔軟な働き方がようやく板についてきました。テレワークへ移行した当初は、業務に必要なオンライン環境が未整備であることが原因で様々なストレスが発生していました。あれから1年、2年と経過し、多くの企業ではすでに、日常業務を遂行する上では不自由を感じないオンライン環境が構築できています。従業員の健康管理や「健康経営」施策においても、オンライン化は加速しました。下図は、オフィス勤務を前提とした健康施策をオンライン化した場合の一例です。
オフィス勤務を前提とした健康施策と、オンラインによる健康施策の例
ちなみに、「労働安全衛生法」に基づく産業医の面接指導については、オンライン化の法整備がまだまだ追いついていません。厚生労働省による通達「情報通信機器を用いた面接指導の実施について」では、医師が労働者に行う「長時間労働」と「ストレスチェック」の面接指導を、ビデオ電話やWEB会議ツールによってオンライン化する条件が示されました。一方で、「健康診断」や「休職復職」は対面による面接指導が前提とされているのです。

法令に関する健康管理については一定の制限があるものの、「健康経営」の取り組みをどのような方法で実施するかについては企業ごとの自由ですので、オンライン化することに制限はありません。「健康経営」施策のオンライン化は、「健康経営」の推進担当にとって大きなメリットがあります。

たとえば、オフィス勤務およびリアル開催が前提だった管理職研修やイベントでは、参加率やアンケートの集計が紙ベースになってしまうため、集計や分析に時間がかかっていました。ところが、オンラインでの開催を前提とすると、Zoomなどのオンラインツールを利用すれば、参加者リストの作成・出席者との照合・質問の受付・アンケートの回収・集計といった作業が、すべてひとつのツールで完結します。また大きな会場を用意する必要もないため、頻度を増やして開催することも容易になります。

ところが、「健康経営」施策のオンライン化には、推進担当にとってメリットがある一方、参加者となる従業員視点ではいくつかのデメリットが発生します。従業員からあがる声で多いのが「オンラインでの研修やイベントは、対面よりも集中して聞かないといけないから疲れる」という声です。

「健康経営」に限らず、普段の業務においてもオンライン会議では同様のデメリットが報告されています。例えば研修の場では、リアル開催の際は、聞きそびれることがあっても隣の人に尋ねれば解決していましたが、オンラインではそうはいきません。あるいは面談の場では、互いの話しはじめやあいづちのタイミングが重なり、“会話のゆずりあい”が起きてしまうこともあります。こうした状態が続くと、「健康経営」施策としてのオンラインコミュニケーションは、推進担当からの一方的な投げかけばかりになってしまい、参加者としては充実度・満足度が不足したままになります。

推進担当と従業員との間で「健康経営」に対するモチベーションのズレが大きくなってくることで、なし崩し的に「健康経営」が続かなくなってしまう。これが、150社を超える「健康経営」実践企業への取材を通して見えてきた、「健康経営」が続かない企業に起こっている実態です。

「健康経営」担当者のタイプ別 よくある失敗と処方箋

「健康経営」に取り組む企業がうまく成果をあげるか、それとも長続きせずに取り組みをやめてしまうかは、「健康経営」担当者のタイプを見ることで予測することが可能です。それと同時に、担当者のタイプごとに失敗への対応策もあります。

今回は、「健康経営」の担当者5つのタイプのうち、3つのタイプをピックアップして、よくある失敗とその対策としての処方箋を具体的にご説明します。
健康経営担当者の5つのタイプ

タイプ1:「担当者やらされ型」なら、明確なゴール設定が必要


「担当者やらされ型」は、トップダウンで「健康経営」が決まった企業に多く見られるタイプです。トップダウンによる「健康経営」は、推進担当者として、通常業務でも従業員の健康管理に携わっている人事部や総務部に役割が与えられます。しかし、担当者としては「健康経営」にさほど興味がない場合、次のような失敗が起こりがちです。

「担当者やらされ型」によくある失敗
●とりあえず健康施策をやってみるが、やりっぱなしのまま
●経営陣へのフィードバックがないので、年々予算が縮小される
●毎年同じ施策の繰り返しになり、従業員の参加率が悪化する

こうした失敗がある一方で、担当者の強みとしては、明確なゴールや手順が指示されていれば着実に推進してくれる特徴があります。また日常業務でも健康管理に携わっているので、なるべく法令遵守に近い「健康経営」施策に取り組むことで効率よく推進することができます。

「担当者やらされ型」への処方箋
●「健康経営優良法人」などの認定取得を成果指標として定める
●法令遵守の徹底(例:健康診断の受診率100%)から取り組みをスタートする
●他社事例を情報収集することで、毎年新たな施策を取り入れる

タイプ2:「経営陣の関心薄い型」は地道に仲間を増やすところから


「経営陣の関心薄い型」は、1つ目の「担当者やらされ型」とは反対のタイプであり、ボトムアップで「健康経営」が決まったものの、経営者・役員は乗り気ではないという場合のタイプです。「健康経営」推進担当としては、勉強熱心に他社事例を情報収集していたり、認定取得へチャレンジしようとしたりするのですが、予算や人員が不足しているために、なかなか成果が表れづらい状態です。

「経営陣の関心薄い型」によくある失敗
●施策の企画から実行まで内製化するので、担当者だけが満足する
●経営陣にアピールできる成果がほしいため、毎年新たな施策が増える
●部署横断の活動にならないため、従業員の参加率も低いまま

これから「健康経営」をはじめようとしている企業の担当者は、このタイプに陥ってしまうリスクがもっとも高くなります。正直なところ「健康経営」は短期間で成果がでるような取り組みではないため、経営陣にも中長期で関心をもってもらう必要があります。そのため次のような対策が有効になります。

「経営陣の関心薄い型」への処方箋
●専門家として「産業医」や「新規立ち上げに強い部長クラス」を推進の仲間に巻き込む
●労働生産性(アブセンティズム・プレゼンティズム)を改善する取り組みからスタートする
●従業員アンケートをもとに、例年の取り組みを改善していく

経営者を説得するための方法については、本連載の第1回目「経営者を巻き込む『健康経営』のキッカケ作り」で解説していますので、参考にしてみてください。

タイプ3:「健康経営に熱血型」なら産業保健の専門家を頼ってみる


そして「健康経営に熱血型」は、推進担当と経営陣のどちらも「健康経営」に対するモチベーションが高い企業のタイプです。一見すると失敗が起きづらいタイプに見えますが、実態としては、推進側と従業員側での「健康経営」に対する認識の違いが大きくなってしまい、結果的に推進側が「会社のことを嫌いになってしまう」というケースも発生しているのです。

「健康経営に熱血型」によくある失敗
●「健康経営」施策の押し付けによって、従業員(特に無関心層や若手)のモチベーションが低下する
●先進的な取り組みには意欲的な一方で、法令遵守が疎かになってしまう
●「健康管理」の担当と「健康経営」の担当の間で情報共有ができていない

特に、健康診断やストレスチェックといった「健康管理業務」の担当と、「健康経営」の担当とが、それぞれ異なる部門で役割を担っている場合には、より注意が必要です。「健康経営」の基盤は、個人の健康増進ではなく、企業の安全衛生が担っています。法令遵守としての健康管理と、先進的な取り組みである健康施策をバランス良く組み合わせることが、より高いレベルの「健康経営」を実現するカギとなります。

「健康経営に熱血型」への処方箋
●専門家(産業医・保健師)の知見を活かすことで、エビデンスのある施策を実行する
●従業員アンケートをもとにしたPDCAの振り返り頻度を増やす
●健康管理システムを導入して、組織としての健康状態を見える化する

「健康経営」を続けるコツは、“健康行動をとってしまう空気感”の醸成

2021年12月、iCARE社のカンファレンスにて、日清食品ホールディングス株式会社による「健康経営」への取り組みが紹介されました。その中で、同社の印象的な「健康経営」コンセプトの変遷が語られていました。それは、「『おせっかいな予防』から『しちゃってた予防』へ」というものです。

日清食品ホールディングスでは、2018年以来、「健康経営」の本質を「おせっかいな予防」として捉えていました。「従業員の自主的な健康活動を前提として、従業員に健康施策への参加を促し、意識変容・行動変容を会社として積極的に支援すること」と定義していました。ところが、2021年に企画した「コロナ太り対策のフィットネスプログラム」では、従業員の参加が奮わないという結果に。そこで、「健康経営」に無関心な層へのアプローチを再考した結果、「しちゃってた予防」を新たな「健康経営」のコンセプトと定義し直したのです。
従業員を巻き込みやすい健康施策
これは「健康経営」を組織に浸透させる正しいアプローチだと考えます。というのも、ここまで紹介してきたように、「健康経営」が続かない企業の共通点とは、「『健康経営』推進担当者と従業員の間でのモチベーションギャップが大きくなってしまうこと」だからです。生産性や投資対効果視点で健康施策に取り組むと、企業としての対外的ブランディングを意識しすぎるなど、どうしても「企業ニーズ」を優先することになってしまいます。そうなると、従業員視点では「なぜ会社のためにプライベートな生活まで干渉されないといけないんだ」といった反発を生んでしまいかねません。

そこで「健康経営」推進担当者としては、「企業ニーズ」と「従業員ニーズ」を双方くみとったうえで、職場の環境(人員・設備・制度など)を整備すること。そして“企業文化として健康行動をとることが当たり前になるような空気感(会社文化・カルチャー)”を構築することが重要になってくるのです。

次回は、従業員の健康管理としてもっとも注目が集まる「メンタルヘルスケア」を取り上げ、「新任管理職の基礎知識としてのメンタルヘルス対策」を解説いたします。

※ 健康経営®は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。

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