「パーパス」とは
「パーパス」(purpose)とは、一般的に「目的」、「意図」と訳される。ただ、ビジネスシーンでは少し意味合いが変わってくる。「何のためにこの会社があるのか」という、企業の最も根本的な存在意義や究極的な目的、全体の指針を指すことになる。それは、「なぜそれをやっているのか」という問いに対する答えであり、事業の原点・根拠と置き換えても良い。もっと言えば、企業が困難な状況に遭遇したり、あるいは岐路に立たされたりした時にも揺らぐことがない軸と位置づけられる。「パーパス」にはいくつかの特徴が見られる。一つ目は、強みや想い、歴史といった自分たちらしさが凝縮されていること。二つ目は、顧客や社会へのインパクトなど社会性を含んでいること。三つ目が、社内外に共鳴を生み出し、共にエネルギーを創出するものであることだ。
MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)や経営理念との違い
「パーパス」と類似した概念に、ミッション・ビジョン・バリューや経営理念がある。「パーパス」の本質を理解するためにも、違いを明確にしておこう。●ミッションとの違い
「パーパス」は「自分たちは何のために存在しているのか、一体何ができるのか」というWhyに対する答えだ。これに対して、「ミッション」はパーパスの実現に向けた戦略であり、行動指針を指す。「何をやるか(What)」に対する答えとも言い換えられる。●ビジョンとの違い
パーパスを実践していくなかで「自分たちが目指すところや、最高のあるべき姿」が「ビジョン」となってくる。これは、「自分たちはどこに向かうのか(Where)」に対する答えとなる。●バリューとの違い
さらにミッションやビジョンを受け、「どう進めるか(How)」という価値観や行動基準を示したものが「バリュー」である。このように「パーパス」からミッションやビジョンが導かれ、さらにバリューに落とし込んでいくという流れが構築されている。「パーパス」は意味がないと言われることもあるが、組織においては、「パーパス」があることにより、一貫性のある戦略が描かれ、それをスピーディーに浸透、遂行させていくことが大切なのである。
●経営理念との違い
「パーパス」が社会的な存在意義を指すのに対し、「経営理念」は企業の代表者や創業者の信念に基づいた経営方針や考え方を示したものである。企業の根本的な存在理由である「パーパス」が変わるのは極めて稀だが、経営者が交代すれば経営理念が変更となるケースもある。「パーパス」が必要とされる背景
ビジネスシーンで「パーパス」が必要とされるようになった背景として、いくつかの要因が挙げられる。●価値観の変化
LinkedInが、米国で3000人ものビジネスパーソンを対象に行った調査によると、約半数が「社会に対してポジティブな『パーパス』を発信する企業で働くのであれば、年収が下がっても構わない」と回答している。特に、ミレニアル世代と呼ばれる若い層でその傾向が顕著だ。彼ら・彼女らは就職先を選ぶにあたっても、売上や利益、規模以上に企業文化や社会貢献度のウェートが大きい。「働く意味」や「自らの存在意義」、すなわち「パーパス」を求めているからだ。このように、価値観が変化しつつあることが第一の要因と言える。●投資家の評価基準の変化
二つ目の要因は、投資家の評価基準の変化だ。従来、投資家が企業を評価する際に最も重視してきた基準は収益性であった。しかし、今日ではそれだけではない。持続的な社会やESG(環境、社会、ガバナンス)に対する関心が高まるにつれ、「社会的な課題解決に貢献できるかどうか」という評価基準が新たに追加されている。象徴的であったのが、世界最大の資産運用会社BlackRockのCEOラリー・フィンク氏が、2019年に取引先のCEOに送ったレターであった。そこには、「パーパス」が投資における判断基準の一つになると述べられている。●消費志向の変化
三つ目の要因は、モノからコトへの消費志向の変化だ。モノがありふれてしまい、もはやモノを所有することよりも、魅力あるコトを体験・経験することに消費者が価値を置き始めている。モノならば何をどう売るかだけを考えていれば良かった。しかし、コトとなると「どうして行うのか」を企業が発信し、消費者に納得してもらわないと選ばれることはない。それには、どうしても「パーパス」を明確にしておくことが不可欠と言える。●DX推進が広がり
DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が広がったのも要因の一つだ。IT技術やツールを活用して業務効率化を図るうえで、社内システムや意思決定プロセスの改修、企業文化の見直しなどの抜本的な改革が積極的に行われている。ところが、根本的な自社のあり方に立ち返らなければ、適切な判断は望めない。そこで「パーパス」を明確化する必要性が高まっている。「パーパス」策定や見直しのメリット
「パーパス」を策定する、あるいは見直すことによるメリットを5つ紹介していこう。●ステークホルダーからの支持
「パーパス」を策定し、実現に向けて取り組むことは、企業のイメージアップにつながり、ステークホルダー(利害関係者)からの信頼や共感を得ることができる。前述したとおり、投資家の評価基準としてESGへの関心が高まっているため、●従業員エンゲージメント向上
社内で「パーパス」を掲げることで、従業員は働く意義を強く認識し、誇りをもって日々の業務に取り組むようになる。つまり従業員は社会に与える影響を意識するため、パーパスは従業員のエンゲージメント向上につながるのだ。ポジティブに働く社員が増えることで組織全体の生産性が向上することは言うまでもない。●ESG推進への貢献
「パーパス」を策定することで、環境や社会の課題に対する責任が明確となり、環境への配慮や社会貢献活動などESGに関する活動を推進しやすくなる。またパーパスの提示によって企業の活動指針も明らかになるため、ガバナンスの点でも信頼性が高まる。●イノベーションの創出
一体感がありイノベーションを創出しやすい組織となるためにも「パーパス」の策定は有効である。従業員が同じ目的を共有し、社内全体としての方向性が定まるからだ。そのため部署を越えたコミュニケーションが活発化し、新しいアイデアや意見が生まれやすい環境となる。●意思決定の迅速化
「パーパス」が共有されている企業は、意思決定が迅速だ。企業としての存在意義を基にした目指す方向性や価値観、行動基準が社内に浸透すると、従業員の判断基準が明確になり、意思決定のプロセスがスピーディーに進んでいく。「パーパスブランディング」の定義と効果
「パーパスブランディング」とは、パーパスに基づいて企業としての経営やブランディングを行うべきだという考え方である。自らの存在理由を社内外に広く深く訴求し、認知してもらい、多くの共感を獲得していくと言うコーポレートブランディング手法だ。事実、「パーパス」に基づく企業のメッセージに共感した消費者は、商品やブランドに対して高い価値を感じてくれる。同様に、従業員も自社で働く意義や魅力を強く感じるとされている。これまでのブランディングは、消費者の価値やメリットに焦点が当てられ、社会における存在理由や存在意義を定義されることもなく、ほとんど重きが置かれていなかった。「パーパスブランディング」はむしろ、後者を的確に定義し消費者の共感を呼び集めることにより、ブランドに対する中長期的な信頼感や愛着を醸成していこうとしている。言い換えれば、「私にとっての価値」を戦略の中核に置くのではなく、「私たちにとっての価値」を定義し、実現していこうとするのが「パーパスブランディング」と言っていい。
●「パーパスブランディング」の効果
企業経営において、「パーパスブランディング」がどんな役割を果たすことになるのか。ここでは、3つの領域に分けて紹介していこう。(1)事業戦略
今や、「パーパス」を起点にSDGsやESGなどの視点も鑑み、本業と社会的課題の解決をいかに図っていくかが問われている。そのためにも、自分たちが築き上げてきた資産や知見を活かせる分野はどこかだけでなく、社会的に最も大きなインパクトを創出できる領域がどこかも併せて考えていかなければならない。「パーパス」の実現を目指し、付加価値を磨き、社会に価値を提供していくというストーリーは、企業の顧客からすればブランド価値を感じやすい。「パーパスブランディング」を進めることで、新たな顧客体験を創出させることもできると言っていいだろう。
(2)人事領域
人事領域においても、「パーパス」を起点とした人材の採用や育成、ローテーションの重要性が指摘されている。「パーパス」を発信し、それに共感・共鳴した新たな人材を迎え入れることができるとともに、既存の社員からも高いエンゲージメントを得られやすいからだ。
特に、ミレニアル世代には効果が大きい。彼ら・彼女らは、人生をロングスパンで捉え、どうしたら社会に貢献していけるかと真剣に考えている。しかも、優秀な人材であるほど、その傾向は強く、金銭面のインセンティブよりも志に重きを置いて行動していくと指摘されている。事実、ある調査でミレニアル世代が働く際に抱くモチベーションを聞いたところ、「成長機会」や「社会への影響力の大きさ」などの回答が多かった。一方、「仕事での名声」や「金銭的な報酬」は少なかった。知名度や規模、報酬よりも、その会社で「社会のために自分は何ができるのか」が重視されているのが窺える。
(3)組織領域
「パーパス」を起点にすることで、“社会や顧客にどんな価値を提供していけば良いか”という課題に真摯に向き会う社員が増えてくる。意見や発想も一つの部署に留まることなく、部署間を横断してシェアされることも珍しくなくないはずだ。そうなれば、組織の在り方も変わってくる。従来のように生産効率性を重視した縦割りの機能別組織では通用しなくなり、有機的な組織体制へと移行していくことになるであろう。
「パーパス」の関連用語
「パーパスブランディング」以外にもパーパスに関する用語がある。それぞれ詳しく解説していこう。●パーパス経営
「パーパス経営」とは、パーパスを活動の軸として経営を行うことである。欧米では「パーパス・ベースド・マネジメント(Purpose based management)」や「パーパス・ドリブン・ビジネス(Purpose driven business)」などとも呼ばれている手法だ。パーパス経営の特徴は、利益を追求しながら、同時に社会課題の解決への貢献を果たしていく点にある。●パーパスドリブン
「パーパスドリブン」とは、パーパスを出発点としてすべての活動を決定していることだ。つまり社内にパーパスが浸透し、事業内容だけでなく従業員の行動もパーパスが反映されている状態を指す。なにか行動を起こすときや迷ったときには、その行動をすべき理由をパーパスから逆算して考えるのがパーパスドリブンの肝である。●パーパスステートメント
「パーパスステートメント」とは、企業のパーパスを言語化して記した声明のことを言う。社内で共有するだけでなく、ステークホルダーへのアピールなど、社外に発信するためにも活用する。●パーパスウォッシュ
「パーパスウォッシュ」とは、公表しているパーパスに実際の活動や行動が伴っていない状態のことだ。パーパスと活動が異なっていると、当然ステークホルダーからの信用や社会的な信頼を失いかねないため、注意したい。「パーパス」を掲げる企業の事例を紹介
最後に、「パーパス」を掲げる企業の事例を紹介したい。●富士通
富士通は、グループ全体のベクトルを合わせるために、パーパスを主軸とした経営方針や事業戦略を実践している。掲げているパーパスは『イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと』というもの。パーパスステートメントでは以下のポイントを強調している。・背景となる世界認識
不確実な時代の到来、グローバル企業としての責任、世界の困難な課題解決に向けた意思表示
・わたしたちの価値創造
ヒューマンセントリックなイノベーションの創出、創造的な働き方をエンパワー
・わたしたちの変革
パーパスを起点とした行動、環境・社会・経済へのインパクト
・わたしたちの能力育成
ダイバーシティ&インクルージョンの推進、社会から必要とされる技術や能力の研鑽
また富士通では、「パーパス」を実現していくために、社員一人ひとりが持つべき、『挑戦』、『信頼』、『共感』からなる具体的な行動の循環も示している。
●ソニー
ソニーグループは2019年1月に、『クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす』という「パーパス」を掲げた。ソニーグループは多様な事業を展開しており、それらに関わる社員は世界で11万人以上。全員が同じ長期的な視点を持って価値を創出していくためには、「何を目指しているのか」、「何のために存在するのか」という共通の認識が必要であるというのが、「パーパス」策定の目的だ。その実現に向けたValues(価値観)には、以下が示されている。・夢と好奇心
夢と好奇心から、未来を拓く。
・多様性
多様な人、異なる視点がより良いものをつくる。
・高潔さと誠実さ
倫理的で責任ある行動により、ソニーブランドへの信頼に応える。
・持続可能性
規律ある事業活動で、ステークホルダーへの責任を果たす。
●日産
日産は『人々の生活を豊かに。イノベーションをドライブし続ける』というパーパスを明文化し、ステートメントとして発表している。具体的にはテクノロジーを通じて暮らしを便利にし、人とのつながりを強くするという「人」を中心としたイノベーション推進をしていくという思いが込められた。またパーパスを基にして以下のようなミッションとDNAも掲げ、企業、組織、従業員一人ひとりが共通の目的を共有することで、優れたパフォーマンスを発揮することを目指している。
・ミッション
私たち日産は信頼される企業として、独自性に溢れ、革新的なクルマやサービスを創造し、その目に見える価値を、すべてのステークホルダーに提供します。
・DNA
他のやらぬことを、やる
●ベネッセ
通信教育の他、介護、保育など人々の生活に関する事業を幅広く展開するベネッセグループは、社名の由来である「Benesse(よく生きる)」という普遍の企業哲学を掲げてきた。そして2023年には、その企業哲学の下、従業員一人ひとりが事業を通じて企業理念を具現化していくための共通価値として『誰もが一生、成長できる。自分らしく生きられる世界へ』というグループパーパスを策定した。これは人々のライフステージに応じた社会課題に対して、教育や介護を通じて解決を目指し、以下のような存在になるという思いが示されている。・教育の構造的課題を解決し、教育・学びの領域で最も信頼される存在
・学びを通じ、個人・企業の成長を支援する圧倒的No.1の存在
・“その方らしさ”の実現と構造課題の解決(人材・食)に最も貢献している存在
まとめ
カタカナ用語を聞くと、まるで初めて出会ったものであるように捉えてしまうことがないだろうか。今回取り上げた、「パーパス」や「パーパスブランディング」というキーワードもしかりだ。だが、考えて見ると、自らの存在意義を大切にする経営、仕事を通じて利益を追求するだけでなく社会課題を解決し、世の中皆で幸せになろうという考え方は、日本企業に古くから刷り込まれていたDNAであると言っていい。その意味では、「パーパス」や「パーパスブランディング」は我々にとって非常に馴染みやすい考え方である。高度経済成長時代を経て忘れ去っていたのかもしないが、これをきっかけに、「どんな会社にならなくてはいけないのか」、「何を目指すべきなのか」、「どんな役割を社会に果たすべきなのか」を経営陣はもちろん、社員全員で考え直してみてはどうだろうか。人事担当者は、その旗振り役になれるはずだ。よくある質問
●「パーパス」はなぜ必要?
「パーパス」が必要とされる背景には主に4つの要因がある。まずは「価値観の変化」。ミレニアル世代などの若手層を中心に、就職先を選ぶ理由として、売上や利益、規模以上に企業文化や社会貢献度を重視するようになっていること。二つ目は「投資家の評価基準の変化」。持続的な社会やESG(環境、社会、ガバナンス)に対する関心が高まり、社会的な課題解決に貢献しているかどうかが評価されるようになってきた。三つ目は「消費志向の変化」。モノがありふれた時代となり、消費者は魅力あるコトに対して価値を見出すようになったこと。四つ目が「DX推進の広がり」。IT技術の発展により企業は文化の見直しなど抜本的な改革が求められるようになった。以上の理由から「パーパス」の重要性が高まっている。- 1