全社改革に伴う人材ポートフォリオ再構築には「ジョブ型」が必要
本連載の第3回(※1)で、変革のスピードを求められるときには、日本型よりジョブ型雇用に軍配が上がるだろうと書いた。この話とつながるのだが、職能型からジョブ型へ、「人材マネジメントの軸を人から仕事に切り替えます」という理論的枠組みが、抜本的な改革を実現するためには有効だろうと考えられる場面というのは確かにある。※1:【第3回】「『ジョブ型』人事制度」が合う企業と合わない企業、その違いとは
典型的なのは、筆者の肌感覚では最近増えている、事業ポートフォリオ再編に伴い人材ポートフォリオ再構築が急務となっている場面である。事業環境変化により、現在の主力事業の縮小を迫られており、かつこの主力事業に従事している多数の社員について、配置転換やリスキルで活躍の場を提供する方策が見えないといったケースだ。
この場面では、単純化して言えば、中長期事業戦略を必要な機能に、そして必要な機能を求める職務と人員数に落とし込み、ここで明らかとなった将来求められる職務・要員と現存人員のギャップ分析から必要な人事施策を明らかにするという手順を踏む。ここで、日本的な雇用システムの発想から離れられないために、人と仕事を切り離して検討を進めることができず、現在いる社員の多くが近い将来、新しい事業ポートフォリオにマッチしなくなることは明らかであっても、そのために何をすればよいかわからないまま立ち止まってしまう例が散見される。多くの日本企業では、ジョブ型人事制度を導入する場合も、職務記述書を、現職の人材の仕事内容を棚卸して作成するのが普通である。そのため、どうしても人と切り離した職務の概念が、理論的には理解できても現実的に存在していないという状況があり、これもやむなしと言える。戦略はあってもそれを担当する人材のいない将来を構想して職務を想定するということが非現実的に見え、現在いる人材をどこに持っていくか、というところから思考を開始してしまうのだ。
結果として、中長期事業戦略が既存人材構成に引きずられ、主力事業の延命を模索しながら、あと一年、あと一年と改革に踏み出すことができぬまま時間が過ぎていく。人材戦略は事業戦略と連携せねばならないと言われるが、“既存人材が現在保有するスキルの延長線上でできることしか発想されない”、“非連続的な中長期成長戦略の具体化を躊躇し改革のスピードが落ちてしまう”、といったことが生じるのは本末転倒だろう。
こうした理由で、“人基準の発想を払拭したい”、“企画管理部門、事業部門を問わず全社的に抜本的な意識改革を行いたい”という場合、また改革にスピードが求められる際は、ジョブ型を選択する必要があるだろう。
事例ありきではなく、まずは自社の組織が抱える課題を洗い出す
合理的な理由でジョブ型を選択した場合にも、忘れてならないのが、「『ジョブ型』人事制度」導入によって、職能型のときに発生していた問題が自然と自動的に解決されることはないという点だ。連載1回目(※2)で書いた最近の日本企業の、「『ジョブ型』人事制度」導入理由(そして「『ジョブ型』人事制度」のみでは解決できない注意ポイント)4点セットは以下である。
・社員の処遇と職務をバランスさせる、年功序列を廃する
・事業戦略に基づき求められる職務に適切な人材を配置する(人材配置最適化)
・高度専門人材の獲得を容易にする
・リモート・オンライン環境で成果に基づく業務管理、人材管理を実現する
※2:【第1回】「『ジョブ型』人事制度」の課題やメリットをめぐる誤解をときほぐす
それ以外にも、「『ジョブ型』人事制度」がうまくいかなくなる要注意ポイントは存在する。下表に、特に人事制度に直接関連する中で、日本企業で生じがちな問題と、対応例をあげてみた。これらは網羅的でなく、あくまで例示列挙であることを予め述べておく。
問題として掲げたものの中には「そこを修正しなければジョブ型でないのでは」というものも含まれる。ただ、連載第4回(※3)で書いた通り、実際のところ日本企業は雇用システムを100%ジョブ型に展開しているわけではないケースが多いため、これはよくある問題といえる。
※3:【第4回】貴社が求めるのは「100%ジョブ型雇用」なのか――「『ジョブ型』人事制度」導入を検討する企業への問い
【図表1】
【図表2】
社員側だけでなく、マネジメント(経営層)側の意識改革もセットでジョブ型を導入する
「『ジョブ型』人事制度」導入に際し、ほとんどセットのように求められているのは社員の自律性向上であり、社員の意識改革が必要とされているのは間違いではない。しかし、人事改革支援の現場で感じることを述べるならば、「『ジョブ型』人事制度」導入成功のためのミッシングピースは社員側だけではなく、マネジメント(経営)側にもあるのではないか。「ジョブ型」雇用システムの中では、誤解を恐れずあえて単純化して言えば、その組織において必要な職務やポジションの種類と数(定員)は、ミドルアップダウンというよりはトップダウンの方針として定められている。この決められた職務・ポジションに対し、職務要件に従い必要な評価・選考を経た人材を貼りつけたり剝がしたりするプロセスをラインマネジメントの関与を得て実行するという理屈になる。この組織・人事運営の考え方に従うならば、コロナ禍を契機に盛んに言われるようになった「職責・求められる成果のはっきりしない社員がいる」という問題は、現場の社員の職務遂行上の自律性の問題という側面もあるが、あまり指摘されてはいないものの、マネジメント(経営)から明確な方針・戦略が降りてこないという側面もある。
例えば中期経営計画の策定プロセスについても、日本企業においては、いきなりトップダウンで進めるケースよりも、実態としては、中間管理職層から上がってきた目標や施策を経営企画部等が務める事務局を介して、経営層と共に検討する。そして、縦に横に調整しながら上下左右の整合性を取りながら固めていく。そのようなミドルアップダウンのようなかたちで進めるケースが多い。実効的な中期経営計画を策定するうえでは、こうしたプロセスは有意義なものである。
しかし、組織再編や組織定員数の確定も、同様のプロセスの中で揉まれて進む場合、「『ジョブ型』人事制度」下では問題を生じる。処遇に直結する職務定義内容が、特に年度ごとに求められる成果まで反映しようとする場合、実質的には本人によって決まっていくというガバナンスの効かない構造になってしまう。予め人と切り離して定められた職務に、要件を充足する人材を適切な選定・評価プロセスを経て貼り付けるというジョブ型の設計思想とは相いれない。「『ジョブ型』人事制度」がうまくいかないのならば、純粋な職務型ではなく役割型にすればよいというような議論も世間的に見受けられるが、こうした事業運営プロセスを考慮し現場の目線で考えれば、何も解決されないか、ある意味では問題が深まってしまうことを考慮すべきだ。
直接的に日本企業の経営者のリーダーシップについて調査したデータではないが、コーンフェリー社が2018年にグローバルで実施したリーダーシップに関する調査では、日本人の管理職のうち、ビジョン型のリーダーシップを発揮できている人は19%にとどまっている。比較した10ヵ国で最も低いことから、ビジョン型リーダーの育成には必ずしも成功していると言えないという。また、職位・役職が上がっても、リーダーシップの開発が進まず、発揮度が大きくは変わらないという(コーンフェリー「日本人が目指すべきリーダーシップスタイル、正しいリーダーシップスタイル開発の順序とは? 8,600人以上の日本人管理職のリーダーシップスタイル診断データから見えるもの」 2018年調査)。
社員が上を見て大方針や戦略が降りてくるのを待っているが、叶わないことのある現状とつながりのある調査結果ではないかと感じる。
「『ジョブ型』人事制度」をよりよく機能させようとするならば、また人と切り離した仕事基準の処遇に矛盾をきたさないようにするならば、より強いトップダウン型のリーダーシップが求められている。
前回、日本型雇用システムを全面的に捨て去ることの人材育成への影響を指摘させていただいたが、人を最大限育てるのはフォーマルな教育研修と業務機会付与である。そして魅力的な機会を創出できるか、また魅力的な戦略を描き実行できるかは、経営のリーダーシップにかかっている。ジョブ型というのは、社員が魅力ある組織を選び取るしくみでもある。社員のキャリア自立性が高まっても、社内に自らのスキルを伸ばす魅力ある業務機会が存在しなければ自律性が人材育成につながってはいかない。ジョブ型は経営と社員が互いに選び合うしくみであり、新しい関係構築を迫るものだということを改めて強調しておきたい。
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