「『ジョブ型』人事制度」は、求める人材マネジメントを実現するための手段であるべき
近頃、「ジョブ型」の解説だけではなく、「『ジョブ型』人事制度」の導入ノウハウを説く書籍やセミナーも増えてきた。ここで筆者が気になるのが、「『ジョブ型』というのは〇〇というものなので〇〇せねばならない」という考え方である。例えば、「『ジョブ型』人事制度」の導入目的が「グローバルで人事制度を共通化したい」、「外資系企業出身者含め多様な人材を受け入れられるようグローバルスタンダードに合わせた人事制度にしたい」という場合、「ジョブ型」の導入はあくまで手段であり目的化していないため、「『ジョブ型』とは〇〇なのだから〇〇する」という考え方で問題ない。
あるいは、全社的に事業ポートフォリオの解体的再構築が求められており、近い将来現在いる社員の大勢が、このままでは企業にとってリソースではなく負債となってしまう、それほど大きな変化を求められている場合。これは純粋に「ジョブ型」の発想で組織全体、人材マネジメント全体も解体的再構築することを避けられない。
しかし、そうでないならば、本来目的達成のための“手段”であるはず「ジョブ型」導入が“目的”となってしまわないよう注意し、自社が人事制度改革により解決したい現状の問題や、実現させたい状態を明確にする必要がある。常に「これが『ジョブ型』だから」ではなく「これが当社の改革目的に合致するから」という理由付けで意思決定を行っているかという視点で、制度設計を行ってみてほしい。
例えば貴社で、年功的に昇格したものの、処遇にふさわしい役割を担ったり成果を出したりできていない、いわゆる“ぶらさがり管理職”の処遇見直しを複数ある目的の一つとして「ジョブ型」導入の検討を開始するかもしれない。
確かめていただきたいのが、全社員に占める“ぶらさがり管理職”の人数割合はどれくらいだろうか。貴社の管理職層の中で、“ぶらさがり管理職”はあくまで例外であり、少数派ではないだろうか。つまり“ぶらさがり管理職”の問題は、全社員のうちごく一部の社員の問題のはずだ。しかし、様々なステークホルダーの声を聞きプロジェクトを進めるうちに、「ジョブ型」導入が自己目的化していく。その結果として、“ぶらさがり管理職”の処遇見直しが目的だったはずが、社員の大勢を占める“問題ない社員”、“問題ない管理職”の育成や昇進の機会を奪う以下のような意見が通ってしまう。そのようなことが起きないよう注意したい。
・ジョブ型なのだから、いくら人材育成のために意味があってもゼネラリスト育成型のローテーションはすべきでない。
・ジョブ型なのだから、抜擢人事を行えばポストに従い報酬水準が跳ね上がる、ならば抜擢はやめてしまおう。
・ジョブ型なのだから、どんなに優秀で成果を上げている人材も、上位ポストが空かない限り昇進させられないし処遇も上げるべきではない。
貴社の求める「ジョブ型」は100%「『ジョブ型』雇用システム」なのか
それではどのように「ジョブ型人事制度」の検討を進めればよいのか。検討には「雇用システム」の観点を持ち込む必要がある。本連載第3回で述べたが、「ジョブ型」というのは本来「『ジョブ型』雇用システム」を指す。
再掲すると、「雇⽤システム」とは、「採⽤、育成、業務プロセス・職務設計、⼈材配置・業務アサイン、等級・評価・報酬を含む⼈事制度の設計と運⽤」、「これらを通じた⼈材の調達、リテンションとアウトフロー」、これらすべてを運営する⼈事機能の在り⽅が総体として取り得る形をパターン化したものである。
企業内に閉じて存在するものではなく、企業統治(資本市場との関係性)、企業間の外部労働市場や、企業外の教育制度・資格制度、そして働く⼈々のキャリア形成等の在り⽅をも前提として成⽴している。このため、本質的に、⼀企業の意思で選択したり実現したりできるものではなく、現実的には国家レベルで議論される。例えば⽇本においては、⽇本の⼤企業では例外的に、職種を特定しない新卒⼀括採⽤と期間を定めない雇⽤、企業内労働市場中⼼の⼈材調達、ゼネラリスト型⼈材育成・配置等を特徴とするいわゆる「⽇本型雇⽤システム」が存在している。
つまり、雇用システムはそこに包含される各種人事機能間の一貫性を本質としており、異なる複数の雇用システムから自社にとって都合の良いつまみ食いでは、人事機能間が矛盾をきたしてしまうため許されないのである。したがって、「『ジョブ型』人事制度」の導入を検討する貴社では、ほんとうに、「⽇本型雇⽤システム」の下で100%「『ジョブ型』雇用システム」を前提とした人材マネジメントを行いたいのか、という点を考える必要がある。
下表(連載第3回から再掲)を使って、貴社がどのような人材マネジメントを行いたいのか、一考いただきたい。人事異能別に分解して、貴社の目指す人材マネジメントは日本型(モデルとしてはメンバーシップ型ともいわれる)またはジョブ型か、選んでいただきたい。選択したい項目に丸印をしていただいてもよい。サイト表示の関係で、表の右端列にテキストで書込みをしたが、多くの日本企業の意向は概ね以下のようなものではないだろうか。
「『ジョブ型』人事制度」導入企業の実現したい人材マネジメントイメージ検討例(1)
「『ジョブ型』人事制度」導入企業の実現したい人材マネジメントイメージ検討例(2)
現実路線を歩くための「『ジョブ型』人事制度」のオルタナティブ
正直なところ、筆者は、「ジョブ型」解説の先の、日本企業への現実解の提案の手前で悩んだ。しかし、過去20年を超える人事コンサルタントとしての経験、自ら外資系ファームに勤務した経験を踏まえて、勇気を持って以下ご提言したい。人材マネジメントは、会社の求める人材を確保するために行うものであり、求める人材を内部育成するために「ジョブ型」が必要ならば、固定的なジョブ(職務定義)にとらわれず、柔軟に、より難しい仕事、より幅広い仕事、と人に合わせて役割を与えるやり方を守るべきだ。
極端な報酬のアップダウンはさせたくないが優秀な人材にはチャンスを与え、さらに伸ばしたいならば、ポスト枠数管理さえすれば必要なポストは作ってもよい。これは、「ジョブ型」リテラシーがないことによって起こしてしまう間違いではなく、会社運営にとって必要なことだからやるのだ。
“ぶらさがり管理職”のような一部社員の問題に対処するために、貴社事業にとって必要なこうした人材育成・処遇の選択肢が失われてしまうのは本末転倒だ。こうした問題への対処は、処遇軸を転換するような人事制度の大改革を行わずともできる。一部の資格や役職に関する運用ルールを変更し、人事部がルールに従い組織やポストを管理し、事業へのガバナンスを効かせることで解決できる部分が大きい。「部下なし管理職や組織長でない管理職を管理職としないのか」、「マネジメントではなくスペシャリストとして管理職待遇とするならば、管理職とするに相応の専門性を見極めるために昇格基準を厳格化するか」。課長以上にならないサラリーマンが半数を超え多数派となっても立ち行くルールを策定・浸透していけば、日本型雇用システム全体を失う必要はないのではないか。
それでも人事部の発想として、「これまでの人事制度運用が誤っていました」、「本当はあなたの仕事・役割は処遇に見合っておりません」とは言えないのだからジョブ型が必要、という理屈はあるだろう。「当社はジョブ型人事制度に転換しました」という説明は確かに人事部にとっては非常に有用だろう。しかしそのために日本型雇用システムの持つメリットを何もかも手放すということで本当に良いのだろうか。
さらに言わせていただけるなら、「人を軸にして組織を運営する」、「人に合わせて仕事を与える」、「少しずつ少しずつ横に上にと大きな業務機会を付与しながらより多くの人材にチャンスを与える」といったことを通じて組織の柔軟性を維持しつつ、人材を育成したり長期雇用を可能にしたりする日本型雇用システムは、労働者にとって恩典であるのみならず、諸外国の目から見ても、日本の労働市場にとってかけがえのないサンクチュアリである。働きぶりと処遇の不均衡な長期雇用や年功序列は手放すべきだが、この人材育成機能は違う。日本企業が守ってきた日本型雇用システムの中の人材育成機能が全て失われてしまうならば、その代わりを何がどのように担いうるのだろう。
この日本型雇用システムの下で、処遇とバランスしない働きしかできていない人材、この恩典を毀損する働き方をしてしまっている人材は全体の何割なのか。日本型雇用システムを全面的に放棄するほどの問題なのか。他に方法はないのか。企業経営者が、変化の激しい時代の中で生き残りを考え、これを手放さざるを得ないかと悩むことも致し方ないと認識しつつ、あえてご提言申し上げたい。
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