「360度評価」とは、一人の従業員に対してさまざまな関係者が評価を行う方法を指す。上司や人事担当者だけでなく、同僚も評価を行うのが特徴だ。従業員本人に関わるすべての関係者が評価を行うことで、人材育成の観点から大きなメリットを得られるのはもちろんのこと、従業員本人のモチベーションやエンゲージメントの向上が期待できる。近年、多くの企業が取り入れている「360度評価」について本記事では、その目的などの概要やメリット・デメリット、評価項目の例、運用の流れ、実際の評価方法、導入事例など詳しく解説する。
「360度評価」とは? メリットや評価項目・運用の流れを解説

「360度評価(多面評価)」とは?

「360度評価(多面評価)」とは、関係する複数の従業員が、評価対象者の評価を行う制度である。これまで、人事評価といえば上司が部下に行うのが通例だった。しかし、上司から部下への評価は一面的で、従業員本人の納得感が得られないケースがままある。

●「360度評価」の目的

「360度評価」では上司だけでなく同僚や部下からの評価も加わることから、評価の公平性が高まり、評価対象者の納得感が得られやすい。多面的なデータを得られるため、人事担当者も評価対象者の強みや課題をより深く理解し評価できるようになる。

また360度評価を通して、「さまざまな人が自分を見て理解し、評価してくれている」と従業員が思うようになる。安心感や信頼感が従業員のなかに芽生えることで、業務へのモチベーションや会社へのエンゲージメントを高める効果も期待できる。

人材育成においても360度評価は役立つ。従業員の特性が洗い出されることで、従業員本人の改善点がよくわかり、適切な指導につなげられる。

●「360度評価」が注目されている理由

近年、組織の複雑化や働き方の多様化に伴い、「360度評価」を取り入れる企業が増えている。特にコロナ禍でテレワークが進み、上司は部下を見る機会が少なくなってしまった。人事や上司から社員の姿、現場の様子が見えづらい環境下でも従業員を適切に評価できるよう、多くの社員を巻き込んだ360度評価を取り入れる企業が増加傾向にある。

実際に、株式会社シーベースが14392人の会社員・経営者を対象とした調査によれば、「360度評価」を導入している企業は2023年時点で全体の6割強で、組織規模が大きな企業ほど「360度評価」活用しているという。また同調査では、300名未満の企業でも導入が広がりつつあることが分かっている。

「360度評価」がもたらすメリットとは?

「360度評価」が企業にもたらすメリットは複数ある。ここからは、360度評価の実施によって得られるメリットを紹介する。

●評価の客観性

一人の上司が一人の部下を評価する場合、上司の主観が入った評価になる可能性がある。「360度評価」では、複数の関係者が1人の従業員を評価するため、評価結果がより公平で客観的なものになるのだ。

●評価への納得

「360度評価」の結果は評価対象者に納得されやすいのも利点だろう。上司一人が行う評価では、納得できないと感じる評価があった場合、評価対象者が不満を抱きやすく、「公平に評価されていない」と感じてしまうことがある。

しかし、複数の関係者が評価を行うため、360度評価は客観性が担保される。そのため、評価対象者は「周りからはこう見られているのか」と評価結果を納得して受け入れられるようになる。

●主体的に改善点に向き合える

「360度評価」では、評価対象者本人も自分自身に対する評価を行う。これによって、他者からの評価と自分が行った評価を比較し、これまでに気づいていなかった自分の改善点に評価対象者本人が気づき、向き合えるようになる。

360度評価の結果を見て、「自分のこれまでの行動は適切だったのか」「改善すべき点はあるのか」を従業員自身が考えるようになるのだ。

●自分の特性を客観視できる

周囲からの評価と自己評価を比較することで、評価された本人は自分が考えていたよりも多くの自分の強みや弱みを把握できる。

比較の結果、他者からの評価と自己評価に大きな開きがあれば、なぜそのような状態になってしまったのかの原因を考え、今後の行動に活かせるようになる。このように、自分で考え行動できる社員が増えれば、組織全体の活発化につながるだろう。

●上司が気づけなかった要素を評価できる

上司は部下のすべてを理解できているわけではない。上司からしか見えない部分、同僚からしか見えない部分が少なからずある。「360度評価」によって、評価対象者は新たな自分自身の特性を発見できるかもしれない。

●人間関係が把握しやすくなる

人事担当者からは見えない従業員同士の関係性も、「360度評価」から見えてくることがある。部署内で一人だけ正当性の低い評価がつけられている従業員がいたら要注意だ。人間関係がうまくいっていない、またはパワハラやいじめなどが起きている可能性もある。

●管理職の育成につながる

「360度評価」は管理職に対しても行われる。普段は部下の評価を行っている上司が、部下から評価されることで、自分の行動を客観的に振り返ることができる。今までに気がつかなかった部下の不満や自分への信頼の度合いも可視化され、自身の改善点に改めて気づける。

また、上司に対して自分も評価を行えると知った従業員は、公平性を感じるとともに自身が行った評価を受けて行動を改善しようとする上司に対し、今まで以上に信頼を寄せるようになるだろう。

「360度評価」にはデメリットも存在する

このように数多くの利点がある「360度評価」にもデメリットが存在している。ここからは、360度評価のデメリットについて見ていこう。

●主観的な評価になりやすい

普段評価をするのに慣れていない一従業員がいざ評価を行おうとすると、どうしても主観が入ってしまう。従業員が自分の感情のままに評価を行わないよう、「360度評価」を導入する前に、全従業員に具体的な方法や目的を伝える必要がある。

●評価を気にした指導や育成に陥りやすい

部下が上司を評価できるようになると、上司は部下からの評価を気にして部下への指導が中途半端になってしまう可能性がある。部下を厳しくできない管理職の増加は、組織力の低下につながるかもしれない。

このような事態を避けるために、「部下が上司を評価する場合は評価項目を限定する」、「部下とのコミュニケーションを密にして、厳しい指導を行っても指導内容が伝わるように取り組む」などの工夫が必要だ。

●評価に馴れ合いが生まれる

従業員同士による評価では、次第になれ合いが生じることがある。「あなたの評価を高くするから私の評価も高くしてほしい」といった相談や、普段から仲のいい同僚や同期に対して甘い評価をつけるなど、実態とはかけ離れた評価が生まれてしまう可能性があるのだ。

反対に、仲の悪い同僚に対して低い評価をつけたり、低い評価を付けた人に対して低い評価を付け返したりといったマイナスの影響が出てしまうこともある。人事側は、評価の前に適切な評価方法を従業員に周知する必要がある。

●お互いの不信感が生まれる可能性がある

「360度評価」では、誰もが評価する側・される側になるため、評価のためにあたりさわりのないコミュニケーションに終始してしまう可能性がある。また互いに評価しあうことが原因で、他者に対して不信感が生まれてしまうこともあるだろう。

●評価の一貫性が欠如しやすい

評価に慣れない従業員が他人を評価するのは思ったより難しい。「360度評価」について理解していない従業員が評価を行うと、評価のポイントを絞り切れず一貫性が欠如してしまうことがある。

●工数と時間が発生する

「360度評価」を実施するようになると、全従業員の負担が発生することは念頭に置きたい。従来であれば上司のみだった業務を全従業員が行うようになると、評価にかかる工数と時間が会社全体で増加してしまう。評価をチェックする人事担当者にも大きな負担がかかってしまう。

また評価を行う従業員、評価をチェックしデータ化して管理する人事担当者、どちらの業務も増加してしまい、本来取り組むべき業務に支障をきたしてしまうことも考えられる。360度評価を導入する際には、ツールも同時に活用するなどの工夫が必要になるだろう。

「360度評価」の評価項目

次に「360度評価」にはどのような項目が必要なのか、一般社員向けとリーダー向けの2パターンに分けて紹介していこう。自社に合ったものを選び、独自の評価項目を作成してほしい。

●一般社員向けの360度評価項目例

一般社員に向けては、以下のような項目が考えられる。

・勤務態度
・挨拶
・対応力
・コミュニケーション
・モチベーション
・業務遂行
・チームワーク
・知識力
・改善提案
・責任感

●管理職向けの360度評価項目例

一方で管理職に向けては、以下のような項目が挙げられる。

・課題対処
・判断力
・目標達成志向
・経営意識
・リーダーシップ
・行動力
・コミュニケーション
・人材育成
・人材活用
・戦略形成
・課題形成
・組織マネジメント
・専門性
・交渉力

「360度評価」の運用の流れ

「360度評価」をどう運用していくべきか、ポイントと併せて解説していく。

(1)導入目的を明確にする

まずは「360度評価」を導入することの目的を明確にしなければならない。組織の課題解決や人材育成、公平な評価システムの構築など、具体的に何のために実施するのかが曖昧なままだと、評価項目の選定や結果の活用方法が定まらず、評価の手間がかかるだけになってしまう。また目的を組織全体で共有することも重要だ。

(2)評価項目・実施方法を決める

次に組織の価値観や求める人材像に基づいて評価項目を設定する。上述の項目例を参考に、自社に合った項目を選ぶと良い。また、オンラインツールの活用や匿名性の確保、回答のしやすさなどを考慮して実施方法を決め、社員の業務サイクルを踏まえて評価の頻度と時期を検討していく。

(3)回答者・回答人数を設定する

回答者の選定は、被評価者との関係性や接点の多さによって異なるが、上司、同僚、部下、他部門の関係者など、多角的な視点を得られるよう工夫したい。回答人数は、統計的な信頼性と個人の特定のしにくさのバランスを取り、5〜10名程度が適切と言えるだろう。ただし、組織の規模や構造に応じて調整することが大切だ。

(4)全従業員に説明を行う

「360度評価」の実施前には、全従業員に対して制度の目的や意義、具体的な実施方法について丁寧に説明することが、効果的な運用において欠かせない。評価の匿名性や結果の活用方法、個人情報の取り扱いなどについても明確に伝え、評価する側の心構えや客観的な評価の重要性についても強調することで、制度への理解と協力を促進することができる。

(5)「360度評価」を実施する

評価の実施にあたっては、回答期間を設定し、リマインダーを送るなど、高い回答率を確保するための工夫が大切となってくる。評価中は、匿名性の確保や公平性の維持に細心の注意を払い、信頼性の高いデータ収集に努めたい。また、システムのトラブルや質問への対応など、サポート体制を整えることで円滑に実施ができる。

(6)評価を集計・フィードバックする

収集したデータはわかりやすい形で集計し、必ずフィードバックするようにしたい。得られた結果をただ返却するだけでは効果は薄いため、個人の強みや改善点を客観的に示し、具体的な行動改善につながるようにフィードバックすることが重要だ。また、組織全体の傾向分析も行い、人材育成や組織改善にも活用すると良い。

「360度評価」の評価方法

ここからは、「360度評価」を実施する前に知っておきたい評価方法について説明する。

●全ての従業員を対象にする

「360度評価」の対象は全従業員としなければならない。特定の従業員だけが評価する、特定の従業員だけを評価するのでは、公平性や客観性に欠けてしまう。せっかく実施するのなら、より公平性や客観性を追求し、全従業員を対象として評価を行うようにしよう。

●執務態度を中心にした評価項目にする

「360度評価」では、執務態度を中心とした評価項目を設定するようにしよう。従業員が日常的にどのようにして業務に取り組んでいるのかを可視化するために用いるにとどめ、処遇に関わるような評価を行うのは避けるようにする。

また、評価項目の回答には「どちらでもない」「わからない」などのあいまいな回答も設定しておきたい。「普段姿を見ないため評価できない」従業員にも配慮する必要があるからだ。

●平均化した数値を評価得点にする

人事担当者が全従業員からの評価を集計すると、大きなばらつきが出ることに気がつくだろう。「直属の上司や同じ課の同僚」と「関わりの薄い課にいる従業員」からでは、評価が大きく異なる可能性もある。より公平な評価ができるように、評価の最高値や最低値ではなく、平均値を評価得点にしよう。

●定期的にフィードバックを実施する

「360度評価」を実施しただけではその先につながらない。次の行動につながるように評価の結果を本人に伝え、評価対象者自らが自己の改善点を見つけられるようにしたい。

他者からの評価は、従業員のモチベーションの向上にも寄与してくれる。自分が気づいていなかった自分の良さ、あるいは改善点が見えることで、これまでの行動を振り返るとともに今後の業務への取り組みに活かせるようになるだろう。

●どこに評価が反映されるかを明示する

この評価がどこに反映されているのか、何のために評価を行っているのかは事前に従業員に周知しておく必要がある。「なぜ評価されるのか、評価を行うのか」があいまいなままでは、適切な評価を行えないばかりか、評価結果をどのようにして受け止めるべきかもわからない。「360度評価」を実施する前に、全従業員に評価の目的と反映先を明示しておこう。

●目的の説明、基準やルールの明確化を遵守する

全従業員が納得して「360度評価」に取り組めるように、明確な基準やルールを設け、実施する目的についてもよく説明し、それを遵守するよう努めよう。360度評価に納得できない従業員がいる状態では、不満が募るばかりで得られる効果が薄まってしまう。評価する側・される側の両者が納得してからスタートできるようにしたい。

●匿名での実施や評価内容の他言禁止など慎重に運用する

評価の内容が偏らないように、また評価対象者が評価に対して不信感を抱かないように、「360度評価」では評価内容や点数については他言禁止を徹底する必要がある。また、フィードバックを行う人事担当者は、「誰からの評価でこのような点数になっているのか」がわからないよう慎重に運用しよう。

「360度評価」の導入事例

「360度評価」はすでに多くの企業で取り入れられている。最後に、「360度評価」を実際に導入している企業の成功事例を紹介していく。

●アイリスオーヤマ

アイリスオーヤマでは、2003年から「360度評価」を導入し、その後も継続的に改良を重ねてきた。現在ではパートタイムや契約社員も含めた約6,000人の全従業員を対象に実施し、1人の社員に対して、上司、部下、同僚、関係部署の10人~30人と多く人数が評価に関わっている。また、「360度評価」における下位10%~15%の社員は等級に見合ったパフォーマンスを発揮していないとみなされ、降格候補の警告が出される「イエローカード」という制度を独自で設け、公平性と透明性の高い人事制度を実現している。

●三井住友オートサービス

住友三井オートサービスでは、2010年から、管理職が自らのマネジメントスタイルにおける「強み」と「弱み」を把握するための仕組みとして、年に1回、多面観察が実施されている。部下が上司のマネジメントなどに関する評価を匿名で行うことで、管理職が「気づき」を得ることで成長と行動変革を促すのが狙いだ。これにより上司と部下の関係強化や風通しの良さにもつながっているという。

●トラスコ中山

トラスコ中山では「オープンジャッジシステム(OJS)」と呼ばれる、電子投票による360度評価を2001年から導入している。全従業員を対象とし、一般社員向けの「人事考課OJS」、パートタイマー向けの「パートタイマーOJS」、主任以上の昇格候補者向けの「昇格OJS」、部長以上の役職者向けの「取締役・監査役・執行役員・部長OJS」、「社長OJS」と、役職や目的に応じて制度が分かれているのが特徴的だ。それぞれの結果が給与や昇格などの人事考課に反映され、社長OJSの結果は、株主総会閉会後に発送される決議通知やホームページに掲載されることになっている。こうした制度によって、良い緊張感が生まれ、全社員の努力や成果が公正に評価される環境づくりにつながっているという。

まとめ

「360度評価」の実施によって、企業は全従業員の性質や執務態度を客観的かつ公正な視点から把握できるようになる。また、部下が上司に対して評価を行えるようになることで、上司と部下の関係性の改善や管理職の育成にも役立てられる。360度評価を実施する際は、全従業員が360度評価を行う目的や方法について理解し、正しく評価できるよう、事前に研修や学習を行う必要がある。また、データを管理する人事担当者の負担が増加しすぎないように、ツールの導入を検討してみてもいいだろう。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!