戦略人事になるには、「空間軸」と「時間軸」の2軸で、現在起きている事象を俯瞰する力が不可欠である。今回は、前回の「時間軸(横軸)」に続き、「空間軸(縦軸)」で、ジョブ型雇用移行に関する考察をしていく。
日本型雇用の先にある人事の姿とは?【第3回】戦略人事となるために

人事の存在価値とは

1991年のバブル崩壊後、のちに「失われた30年」と呼ばれる低成長時代に入り、企業の人事を取り巻く環境は大きく変わった。低成長に加えて「グローバル化」、「成果主義」、「ダイバーシティ」などが一気に複雑に絡んできて、90年以降、従来どおりの人事ではコントロールが利かなくなってしまった。その反動として、「本社の人事部主導ではなく、顧客や市場に近い部門人事がコントロールすべきだ」という考え方が広がり、現場主義人事がこれからの主役になるべきとの議論が沸いた時期があった。

しかし、人事の現場主義も、組織や業務の複雑化、人材の多様化、現場マネジャーの負荷の増大などが重なって、その限界が見えはじめた。
そこで改めて「人事の存在価値とは何か?」が問い直されている。

「働き方改革」でも遅々として進まなかった働き方の変化が、コロナ禍をきっかけとしたテレワークの急速な広まりなど、ここにきて一気に押し寄せてきた。未曾有の地殻変動に、人事が揺れている。実際に、当社にも、クライアントからの戸惑いの相談が後を絶たない。中には、「コロナ後に控えるビジネス環境を踏まえ、人事として考え、手を打っておかなくてはいけないこととは何か。戦略人事として何をどう取り組めばいいのか」など、アフターコロナを見越して人事部を「戦略人事」として再スタートさせたい旨の相談もある。

昨今、「戦略人事」というワードは頻繁に使われるようになり、人事が戦略的になっていくことを意味する解釈も散見される。その文意はある意味では正しいが、「事業戦略を推進するための人事」というのが戦略人事の本質的な意味である。あくまでも「事業をサポートすること」が人事の役割ということだ。

「人材戦略」と「人事戦略」の違い

具体的に、人事が何をすればいいのかといえば、以下のフローで進めていくのが常道である(図6)。

自社の経営戦略(例えば3ヵ年経営計画)を推進していくために、「どのような組織につくり直し方がいいのか」といった「組織戦略」を立て、「どのような人材を採用・配置・評価・育成・処遇していけばいいのか」といった「人材ポリシー」を決める。その上で、「戦略実現のために、どのような人材がどれくらい必要なのか」という「人材ポートフォリオ」を組み、「人材ポリシー、人材ポートフォリオをどのような時間軸で、どのように実現するのか」という「人材ロードマップ」を描く。

図6.人材戦略と人事戦略におけるフロー

人材戦略と人事戦略におけるフロー
ここまでが「人材戦略」という人事の上流カテゴリーとなる。つまり、経営戦略を実現するために、どのような人材をどのように活用していくか。「ヒト」の切り口で描く戦略のことである。ジョブ型がいいのか、メンバーシップ型がいいのかという問いは、上記でいうところの「人材ポリシーを検討する」という段階で意味を成してくる。

具体的には次のような例である。

「我が社は国内の売上が近年は頭打ち状態にあり、海外での売上をこれまで以上に増やしていかなければ今後の成長はない。海外拠点数も増やして、現地スタッフをこれまで以上に多く雇用し、マネジメントしなければいけなくなる。
しかし、海外現地法人の雇用形態は日本の制度をそのまま持ち込んでおり、米国や欧州企業のようなジョブ型雇用にはなっていないので、年功重視で仕事の定義が曖昧な日本型雇用では現地スタッフから理解を得ることが難しい。実際に、赴任している日本人マネジャーも、『職務等級を基盤としたジョブ型に制度を変えてもらわないと、優秀な人材が欧米企業に転職してしまう』と困惑している」

この例の場合、これから先の「自社のグローバル強化」という経営方針を受けて、海外拠点の組織を整えることを目的に、現地スタッフを雇用するための「人材ポリシー」としてジョブ型を選択した。その上で、「海外人材のポートフォリオ」を考えて、実現に向けた「ロードマップ」を描いていく。

このように、まずは「人材戦略」を明確にし、次にそれを実現させていくための仕組みとして、現地法人の人事制度を構築していく。等級は日本型の「ヒトにつく資格」ではなく、「仕事につく制度」にしなければならない。まずは、職務分析をしてジョブの定義を決め、「ジョブ・ディスクリプション(職務定義書)」に落とし込む。

その上で、その職務を評価できるように「評価軸」を決め、人事考課として実践できる状態にする。そこが決まったら、次に評価結果を報酬にひもづけた処遇の仕組みを整える「報酬制度」を決める。この「等級制度」、「評価制度」、「報酬制度」という人事制度の主要3制度が確定したところで、その他の人事機能となる採用・配置・育成・代謝の仕組みを整えていく......。

ここまでが先の人材戦略を実現するために、人事施策がどうあるべきか、人事機能はどうあるべきかを描く「人事戦略」である。気づいた方もあると思うが、「人材戦略」と「人事戦略」とでは、その範囲・機能が異なる、似ていて非なるものなのである。

「本社人事」は心臓、「HRBP」はヒラメ筋としての役割を担う

重要なことは、戦略に組織と人を合わせていくことである。「組織は戦略に従う」とアルフレッド・チャンドラーが唱えたのは1962年であり、現在にも息づいている。経営戦略から始まり、組織戦略、人材戦略、人事戦略という「縦軸のライン」に一貫性をもたせる。ここがチグハグで整合性がとれなければ、血管が詰まるのと同じで血流が悪くなり、優秀な人材や優れた組織を保有していても、最終的に脳である経営戦略に血液がたどり着かなくなる。人事には、血流がよくなるように体幹を鍛えて、常に心臓からの血流に気を配ることが求められているのだ。しかし、体のすべてに目を行き渡らせることは不可能である。

そこで、「新たな人事のフォーメーション」が必要となる。そこで、注目されるのが、本社人事=COE(Center of Excellence)と部門人事=HRBP(HRビジネスパートナー)の、それぞれが連携していく重要性を説く、ウルリッチ教授らによる「HR Transformation」である(図7)。

図7.HR Transformation

HR Transformation
身体の比喩を再び用いれば、「本社人事」は、胸や背中といった体幹を鍛えて、心臓から身体中の血液循環が良くなるように姿勢を整え、現場の毛細血管にまで血液を巡らせるポンプ圧を心臓で調整していく。しかし、体全部の毛細血管にまで血を巡らせるには限界がある。そこで、「第2の心臓」といわれている足のふくらはぎ、いわゆるヒラメ筋が重要な役割を果たす。この役割を担うのが「HRBP」という部門人事であり、その存在が戦略人事の要となってくる。

戦略を推進するために部門の人事が「第2の心臓」としての役割を担い、心臓から送り出される血液を全身くまなく循環させるのだ。一方で、HRBPは単なる本社人事の推進役だけではなく、部門経営者の参謀となって組織や人材の課題解決に取り組み、必要に応じて本社人事を動かすこともある。「部門長のブレイン」、「従業員のチャンピオン」といった表現をされるのがHRBPであるが、「縦軸のアライメントをする」という意味では本社人事との相似形である。

ジョブ型雇用に転換しようとする企業人事の落とし穴

しかし、最新かつ戦略的である「HR Transformation」は、そんなにしなやかには実現できない。その要因として考えられるのが「最強の戦略人事(※)」で解き明かされている。

(1)組織図の箱いじり
(2)ありものの選択肢で満足する(自前主義)
(3)秘密会議
(4)人の名前から始める(適材適所)
(5)目先の仕事を優先する
(6)売上成長かコスト削減か
(7)「シンプルさ」という複雑さ
(8)一度きりの実行


(1)~(8)まででは、欧米企業にも起こりうる阻害要因であるが、ジョブ型雇用に転換しようとする企業人事が陥るのは、(2)の「ありもので済ます自前主義」、と(4)の「人の名前ありきの適材適所」である。

戦後から今日に至るまでに形成された日本型雇用は「三種の神器」と喩えられる《終身雇用・年功序列・企業内組合》という、世界に類を見ない独自の雇用慣行である。そして、それを主導してきたのが日本の人事部なのである。

その特性ゆえに、海外とは異なり、「ジョブにヒトが就く」のではなく、「ヒトにジョブをあてる」人事をおこなってきた。分かりやすく喩えれば、あるポストで急に離職する人が発生し、そのポストを埋めるために誰がよいかを人名から探そうとする。

ジョブ型であれば、人名から始める前に、そのポストがどんな要件を満たす人材であるべきなのかを定義して、その要件にかなう人材を内部で探し、見つからなければ外部から探してくる。日本型雇用の場合、どうしても内部調達を前提とするために、本当にそのポストに求められるレベルの人材を、十分に検証せずに「ありものの選択」で満たす。

もちろん、ヒト起点で、その人材の強みを生かせる仕事の機会を見つけ出し、機会によって成長させることは日欧関係なく大事な人材マネジメントである。それは上司と部下という1対1の関係性や職場という小さなユニットにおいては有効であるが、人事部が担う全社レベルや、部門を超えた人事異動では難しい。だが、そのレベルでも日本の人事部は、新卒一括採用の利点から人事担当者が従業員一人ひとりの顔と名前を知っているがゆえに、どうしても「名前」から人選してしまう。これでは人材の競争力はいつまでたっても向上しない。

※:「最強の戦略人事」リード・デシュラー、クレイグ・スミス、アリソン・フォン・フェルト

終わりに

以上、3回にわたり、「日本型雇用の限界」と「ジョブ型雇用への転換」が問われる、大きな地殻変動の渦中にある日本企業のあり方について、戦略的人的資源管理というメタファーを通じて考察してきた。戦略的資源管理の根幹をなす戦略と組織、人材のアライアンスをおこなう「空間軸(縦軸)」、激変する環境変化を「時間軸(横軸)」で冷静に状況をとらえ、縦軸と横軸との接点を見つけ出し、それを人材戦略、人事戦略というシナリオに描き、現場に血を通わせるためにHRBPと連携して実現していく。これが戦略的資源管理の要諦であり、戦略人事そのものである。

その実現の先に、ジョブ型雇用なのかメンバーシップ型雇用なのか、あるいは両者のハイブリッド型なのか、真実の解が見えてくる。


※本記事は、2021年01月18日に公開したコラムの転載です。
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