経営・事業からの要請を受け、さまざまな課題・取組テーマを抱え続ける人事部門において、戦略・企画およびタレントマネジメント業務への人材シフトや、業務繁忙による残業の削減などを目指して、多くの企業が人事業務のBPRに取り組んできたことでしょう。しかし改革に費やした労力と比較すると「思ったほど工数が削減できなかった」、もしくは「いつの間にか元に戻っていた」という声をよく聞きます。最近ではRPA/AIを活用したさまざまな施策を実行している企業を目にしますが、同様に効果創出に苦心しているようです。確実かつ持続的に効果を創出するためには何が必要なのか? 「HR BPRの本質」を考察していきたいと思います。
第27回:「HR BPR」の本質

国内企業における「HR BPR」の実態と人事業務の特徴

前回の「SSCの高度化(第26回)」でも触れた「業務改革・継続的改善」、つまり「人事業務におけるBPR」について考察していきたいと思います。

これまで、人事業務のBPRに取り組んだことのない企業はほとんどないでしょうが、「当社のHR BPRは成功した!」と胸を張って言える企業はどれだけ存在しているでしょうか? 「取り組み前に見込んだほどの効果は創出できなかった」、「当初は徐々に工数が減っていたが、気付いたら元の姿に戻っていた」という声を多く耳にします。また最近ではRPAを活用した自動化に取り組んでいる企業も多く存在しますが、中には「規程通りに細かなロジックを組んで通勤手当申請の自動審査ロボットを導入したが、運用に時間が割けず野良ロボットになってしまった……」というような、悲痛な声も聞こえてきます。なぜ日本企業では人事業務におけるBPRに苦労しているのでしょう? 言うまでもないことだとは思いますが、あえてまず人事業務の特徴について触れておきたいと思います。

少量多品種型の人事業務には、給与計算やそのインプットとなる勤怠・各種人事申請など全従業員が関わるプロセスが数多く存在しています。そしてその大半は決められたタイミング・サイクルや関連イベント発生時に従業員起点でプロセスが始まります。全従業員を対象として適切なタイミングでプロセスを始め・期限内に正しく処理を完了させなければならない、このようなプロセスを多く抱えていることは人事業務の大きな特徴でしょう。

また、これらの業務は各社の人事制度・規程や社会保険などの法規程に則って運用されなければなりません。会社によっては想定しうる全てのケースをきめ細やかに規程として定義しているケースもありますし、規程には明記しきれない例外ケースもルールを明文化して運用しているケースも多く耳にします。このように全てのケースを網羅することが難しいほどの膨大なルールに則りプロセスを運用しなければならないことも、人事業務の大きな特徴でしょう。

「BPR」においてメスを入れるべき課題

上述の人事業務の特徴も踏まえ、HR BPRの本質についてエネルギー系企業A社の事例をもとに考えていきたいと思います。

A社ではさまざまな外部環境の変化に起因し、お客様である消費者にコスト転嫁せざるを得ない状況に直面していました。「お客様への負担を増やす前に、まず自らの身を削る努力をすべき」との経営陣からの号令の下、人事部門を含む間接部門では「お客様に直接サービスを提供するフロント部門への配置転換」を目指し、BPRに着手しました。

プロセスとして。まずは、現行業務分析として、定量化可能な業務工数・パターン別処理件数などを徹底的に可視化し、メスを入れるべき課題とその原因を明確化しました。
第27回:「HR BPR」の本質
本稿では、あくまでBPRの“本質”に迫るため、これまでさまざまな文献で語られてきたペーパーレスやIT活用(RPA/AIによる自動化)についての言及は割愛しますが、A社事例で注目すべきは「人事組織構造」とパッチワーク的な追加・改善を積み重ねられてきた「複雑怪奇な制度・規程」でしょう。工数増の現象を突き詰めていくとこの2つの要素が大きく影響している構造となっていました。

A社では「従業員サービス品質の向上」というスローガンのもと、各事業所に人事担当を配置し、直接従業員をサポートする体制を整備してきましたが、この事業所人事担当は人事のプロフェッショナルではなく、異動により一定期間のみ配置されるケースが大半で、細かな社内規程や法規程の理解が十分ではありませんでした。その結果、従業員から受ける問い合わせについても、SSCや本社人事に確認しないと正しく答えられず、多重なコミュニケーションが発生する構図となっていました。

また、「公平な制度」を追求し例外ケースが発生するたびにきめ細かに規程を追加・修正することを繰り返してきたため、A社の人事規程は数百ページにもわたる膨大なものとなり、もはや全体を詳細に把握する人事担当は存在していないレベルにまで発展していました。通勤費や各種手当の規程を深掘り分析してみたところ、今では該当者が存在しない、もしくは、存在しても数名のみが対象となっているケースが多々残されており、このような極少ケースも含めた判断分岐を細かく確認していく作業に多くの時間を費やしていた、という状況でした。

そして、もうひとつの複雑な規程に起因する課題として、「申請エラーの多さ」がありました。申請者である従業員・その承認者である上長がともに人事任せになっており、「規程を読んでも良くわからないから、とりあえずこれで申請しておこう。違ったら人事が指摘・修正してくれるから……」と、問い合わせやエラーへの対応にも人事担当の相当の時間が費やされていることも浮き彫りになりました。

本質的な「打ち手」とは

これら課題・根本原因に対して、A社では4つのうち手を実施しています(ITを除くと大きく3つ)。
第27回:「HR BPR」の本質
1つ目は制度・規程の見直しです。特に申請数が多く対応に時間を取られているものから優先的に“規程の簡素化”に着手しました。具体的には、通勤費関連、異動関連(特に、転居をともなうケース)、勤務形態に関わる手当などの細かな規程を見直し、ケースの大括り化によるシンプル化を実行しました。

2つ目は人事組織構造の見直し、具体的には事業所人事の廃止とそれに伴うプロセス見直しです。A社の狙いでもあった“フロントへの人材再配置”のために最も有効な打ち手であったため、成功例を作りながら着実かつ段階的に全事業所に展開してくアプローチをとり進めていきました。

3つ目は真のセルフ化の実現です。ここで言う「真のセルフ化」とは、単純に従業員がセルフ入力し上長が承認するというシステムソリューションだけを指すのではなく、「人事任せ・人事への甘え」を排除する従業員の意識改革でもありました。入力者・承認者がその情報を入力・承認する意味・責任、つまりはこれらの情報がどのようなアウトプットにつながるのか、間違いや手戻りが起こることによってどんな悪影響があるのか、を理解してもらう地道な草の根活動から始めました。

例えば残業手当、深夜・休日勤務手当などにつながる勤務実績の入力は正しい情報をタイムリーにインプットしないと、最終的には財務諸表の間違いにつながるだけでなく、企業としてのコンプライアンス意識を疑われ風評被害にもつながりかねません。一人ひとりの情報入力が企業の財務諸表や風評を形成している、その重要性・影響を伝えることから始め、繰り返し従業員とのコミュニケーションを続けることにより、徐々に人事への甘えは解消されてきたようです。

また、これら「3つの打ち手」と並行して、従業員向けポータルサイトやFAQの見直し・充実化や、チャットボットによる問い合わせ対応も実現しています。

これまでの“従業員サービス品質”は「手取り足取り従業員をサポートして満足してもらうこと」でしたが、「従業員自らが適時適切にアクションするために、しかるべき情報・ツールを提供すること」に変わりました。A社ではBPRを通じて、従業員のみならず人事部員のマインドにも変革が起きたようです。

HR BPR=HR Transformation

近年では「DX」という言葉が浸透していることからもわかる通り、RPAやAIの活用は業務改革の大前提であり、私も活用については大賛成です。さまざまな有効なアプリケーション・AIエンジンの進化も目ざましく、これらの先進的なツールをうまく使うことは必須の取り組みでしょう。

しかし、一方でこれら「HRテクノロジーを導入すること」が目的になっていないか? という点に懸念を抱いています。これらは使い方を間違えると、効率化どころか余計な工数が増えることにもなる諸刃の剣となります。冒頭の悲痛な声は、“現行のまま細かな通勤費規程の全てを自動化することを追求しすぎた”ため、結果として野良ロボを生み出してしまったといえるでしょう。プロセス全体・それを形成する制度・規定にまで踏み込んだシンプル化を実現しないと、HRテクノロジーを使いこなすことは難しいといえます。

冒頭でも触れた特徴を持つ人事業務においては、細切れの作業ステップに着目しBPRを進めるのではなく、制度・規程の見直しや組織・文化(人事部員・従業員のマインドセット)の変革にまで踏み込んだ抜本的な改革を実行していくこと、つまり「Transformationに取り組むこと」こそが「HR BPRの本質」ではないでしょうか。
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