本連載の第28回「経営改革を成功に導く要因とは?~傾向とチェンジマネジメントの重要性~」では、EY Japan ピープル・アドバイザリー・サービス(EY)が産業能率大学 経営学部 小出琢磨教授(経営学博士)の支援を受けて実施した調査をもとに、「日本で行われた多くの経営改革は、成功していない」という実態を明らかにしました。そして、改革の成功に欠かせない要因は、改革に関わる従業員が改革に賛同していることで、賛同を得るためにはチェンジマネジメントの活動が重要であることを示しました。しかし、チェンジマネジメントは、日本国内ではまだ新しい概念です。特に日本企業では、社内に経験豊富な専属のチームを有しているところは多くない状況が見受けられます。「経営改革」においてチェンジマネジメントは、誰が担うべきなのでしょうか?
今求められている「経営改革」と改革成功の要因
日本では多くの企業が「経営改革」を行ってきましたが、その多くは目的が達成できておらず、調査では、改革が完全に成功したのはわずか19%でした。変化し続ける環境に適応していくためにも、改革の成功率を上げる必要があります。どのようにすれば成功率を上げることができるのでしょうか?●経営改革は成功しているのか? 「今後」求められる改革は何か?
企業が過去に実施した経営改革の目的の多くは、「既存事業の拡大・強化」(65%)や「経営効率の向上」(59%)でした。一方、今後の5~7年で目指す改革目的の多くは、「新規事業開発・既存事業の大幅な方針転換」(78%)や「部門横断的テーマ」(76%)が挙げられます。奇しくも、今後求められている改革は、これまで行ってきた中で最も困難として挙げられたものでした(「新規事業開発・既存事業の大幅な方針転換」〈33%〉、「部門横断的テーマ」〈27%〉)。
過去に実施された改革が、比較的難易度が低いにも関わらず高い成功できなかったことを踏まえると、より複雑な改革が成功を収めるのは、なおのこと難しいと予想されます。そのため、これまでの改革の進め方を見直し、成功するための方法を考える必要があります。
●経営改革の成功要因:改革前から保有する能力や文化が、どの程度成功に寄与するか
改革以前から組織が保持している力や企業文化の強さは、ビジネスの変化への適応に影響します。「改革前から保有していた能力や文化」のうち、経営改革の成功に寄与した要因は以下のとおりです。最も多く選択された要因は「リーダーシップ」であり、特に改革の初期段階においては重要な要素であることがわかりました。上記の成功要因は、チェンジマネジメントの観点から、2つのカテゴリに分類することができます。
(A)チェンジマネジメント要因
チェンジマネジメントを通じて達成された要因、またはチェンジマネジメントを通じて特定された要因
(B)その他要因
チェンジマネジメント以外の活動によって達成される要因
調査結果によると、チェンジマネジメントを行わなかった場合の経営改革成功率は24%なのに対し、行った場合の成功率は59%であり、チェンジマネジメントの活動を行えば行うほど、改革の成功率は上昇するという結果が見られました。
ここでいう「チェンジマネジメント」とは、改革において「ヒト」と「組織」に着目した、改革をスムーズに進めるための手法を指します。経営層から一般社員に至るまで改革の受容度を測定し、改革によるヒト/組織・業務・システムへの影響を詳細に分析して、改革を成功に導き、定着させるための施策を実行していきます。
重要なのは、チェンジマネジメントの「担い手」を定めること
「チェンジマネジメント活動が経営改革の成功に寄与する」ということははっきししました。では、この活動は誰が行っているのでしょうか。本調査では、チェンジマネジメント活動を担当しているのはさまざまな部署やチームであり、特定の組織に偏る傾向は見られませんでした。チェンジマネジメントの主な担い手は経営企画部門、改革対象部門、プロジェクトチームです。そして、活動を担う部門・チームと改革の成否については、大きな差は見られませんでした。この結果からいえることは、「チェンジマネジメントとは、どの部門・チームが担当するかよりも、明確な役割を定義し、専門の部隊を任命することが重要だ」ということです。
経営改革におけるチェンジマネジメントは誰が担当すべきかを考察するため、「これまでの改革ではどの部門/チームがチェンジマネジメントの担い手であったか」、また、「将来はどの部門/チームが担うべきか」を調査しました。その結果、多くの企業において、経営企画部門(33%)と関連部門(30%)がチェンジマネジメントを担当していることがわかりました。
今後の改革で、チェンジマネジメントの担い手として期待されているのは、依然として経営企画部門(37%)と関連部門(31%)です。一方、この2部門と比較すると期待値は低いものの、将来に向けての期待が大きく伸びたのは人事部門(33%増加)でした。
「チェンジマネジメントの担い手」と「改革の成功率」の間には、明確な関係性は見られませんでしたが、重要なのは必要なチェンジマネジメント活動のすべてがプロジェクト計画に盛り込まれていることです。そして、それらを専門とする担当・役割を定義することが重要となります。
経営改革において人事部門に期待されていることとその実態
前述のとおり、経営改革において人事部門がチェンジマネジメント活動に参画することへの期待が高まっています。人事部門はそれらの期待にどう応えていくべきなのでしょうか。●現状では、改革のチェンジマネジメントに人事部門が関与する度合いは限定的
現状では、経営改革におけるチェンジマネジメント活動に対し、人事部門の関与は限定的です。人事部門が従業員の「意識・行動様式・働き方の変化」に関与している割合は41%ですが、それ以外の活動については、下記のように「関与が低い」という結果になりました。・新規オペレーション・ITの研修(20%)
・改革への抵抗のマネジメント(11%)
・組織構造又は役割の変化のマネジメント(8%)
・ステークホルダーマネジメント(7%)
従業員の「意識・行動様式・働き方の変化」に関する活動は、成果を出すことや成果を明確に評価することが難しく、チェンジマネジメント活動の中で最も難しい領域だといえます。
●人事部門の現状は「経営からの期待レベル」と「その実態」に差があり、人事部門の能力向上への投資が急務
これまで、人事部門はチェンジマネジメントの主な担い手ではありませんでしたが、今後はその担当となることを期待されています。しかし、チェンジマネジメントを担当するには、高いレベルにあることが求められます。この「レベル」を図示したものが下図です。これを見たとおり、現状、多くの企業において人事部門の機能がオペレーションやデータ管理に集中しており、そのレベルは「1~2」にとどまっています(64%)。改革を十分にサポートし、チェンジマネジメント担当として求められるレベルは「4~5」にあたるため、現時点の人事部門は理想的なレベルには程遠い状況です。理想的なレベルを達成するには、人事部門が経営戦略策定プロセスにさらに関与していく必要性があります。人事部門は、改革でチェンジマネジメントを担当しようにも、そのレベルに達成していないというジレンマを抱えています。
今後の改革では、チェンジマネジメントへの人事部門の関与を高めることが求められており、人事部門の能力向上に投資することが急務です。
(1)小出琢磨、城戸康彰、石山恒貴、須東朋広(2009)「人事部門の進化--価値の送り手としての人事部門への転換」(『産業能率大学紀要』29〈2〉、35-52.に一部加筆)
(2)小出琢磨(2017)「グローバル人材育成に向けた人事部門の役割~組織能力向上を見据えて~」(『中国学園紀要』16、273-285.に一部加筆)
まとめ
「経営改革」を成功させるのは至難の業です。さらに、企業が今後目指している経営改革とは、「複数の部門をまたがる改革(76%)」や、「大幅なビジネスの変化を伴う改革(78%)」であり、過去に実施された改革よりも複雑に、大胆になります。このことを踏まえると、改革の影響を受ける従業員の「心理的負担」も十分に考慮し、対応していく必要性があります。調査では、下記の2点が明らかになりました。・経営改革の主要な成功要因としてチェンジマネジメントが重要であること
・チェンジマネジメントを行えば行うほど、改革の成功率は高まること
チェンジマネジメントを担う部門はさまざまですが、重要なのは、改革の最初から最後までチェンジマネジメントを担当する人・部門の役割を明確に定義することです。今後期待される複雑で難易度が高い経営改革では、チェンジマネジメントの重要性はさらに高まります。チェンジマネジメントについての知見を要する専門部隊が、確実に活動を実施し、成功につなげていくことが求められています。
【追記】
(1)経営改革の成功に寄与するチェンジマネジメントの具体的な活動内容については、後日、別の記事でご紹介いたします。
(2)本稿の調査全般、改革・組織・組織能力に関する監修および学術的専門知識の提供:産業能率大学 経営学部 教授 小出琢磨(経営学博士)
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