ビジョン・ミッションと組織のアンマッチ
各部門や事業所などに散在する人事業務、グループ会社個別に実施している人事業務を集約化した「人事シェアードサービスセンター(以下、SSC)」を設立した企業は少なくないでしょう。多くのケースではSSC設立時に「業務品質の向上」や「業務効率の向上・コスト削減」をビジョン・ミッションとして掲げています。このビジョン・ミッションについてまったく異論はありませんが、実際のSSC内組織と配置する人材に課題があるケースが多く存在します。業務品質・効率を向上させるということは、すなわち「業務改革」を実行することです。そのため、下の「図表1」で示すように、現行業務分析から実際の新プロセス導入、およびその後のモニタリングまでをミッションとした組織・人材を備えることが必要です。しかし、現実としてはSSC内に業務改革をミッションとする専門組織を配置しているケースは少なく、また、業務改革の専門組織があったとしても十分な経験・ノウハウを有した人材を配置できていないケースが多く見受けられます。つまり、業務担当者に改革・改善を任せっきりにしてしまっており、慣れ親しんだ業務を変えることへの抵抗のために改善すらもなかなか進まない、というケースが多々発生しています。
また、このような改革人材がSSCではなく本社人事やIT部門などの他部署に存在していることもありますが、それらの部署と十分に連携し、そのケイパビリティがSSCに活かされることは稀でしょう。多くのSSCは、「ビジョン・ミッション達成に向けて戦うだけの武器を持てていない」というのが現状です。
つまみ食い的に移管したSSC業務
もうひとつの業務改革推進の阻害要因として、「SSCで担う業務スコープ」の課題があげられます。SSC設立時には、「より多くの業務をSSCへ移管し効果を最大化する」という前提のもとに検討を始めたことと思います。しかし、各業務担当者と検討を重ねていくと、「この業務は判断業務なのでSSCへの移管は難しい」や、「この業務は専門性が必要だから本社に残すべき」といった理由から、つまみ食いしたような、細切れの、限定的な“作業”だけがSSCに移管された、という事例も多数存在しています。一連の業務プロセスが本社人事/部門・事業所人事とSSC間で分断されることにより、業務プロセスの責任の所在が曖昧になるだけでなく、SSCが主体的に改革できるスコープは限定的になってしまいます。つまり改革対象となる業務がSSCには存在せず、SSCができることは担当する“作業”に対する改善レベルに留まってしまいます。これではビジョン・ミッションで掲げた業務品質・業務効率を大きく向上させることは難しいでしょう。
ビジョン・ミッションを実現するSSCに向けて
それでは、SSCのビジョン・ミッションの実現に向けて、何をすべきなのでしょうか? まずは「SSCの業務スコープを見直す」ことから始めるべきでしょう。基本的にはEnd To Endでプロセス全体をSSCへ移管することをおすすめします。組織間を行ったり来たりするプロセスを極力排除し、プロセス全体の責任をSSCに移管することにより改革のオーナーシップ自体をSSCに移管することが必要でしょう。
もちろん採用・人材育成や評価・昇格といった業務はプロセス全体をSSCに移管することは難しいでしょう。このようなプロセスはなるべく一塊にした“タスク群”をSSCに移管することにより、組織間での往来を極力減らしたプロセスとして設計することが有効です。
同時に、「SSC内の組織・機能強化を進める」ことが必要となります。改革推進を実現するためにSSCとして具備・強化すべき機能として、大きくは「SSCマネジメント機能」と「業務改革推進機能」があります。
これらの機能は、専門組織として業務執行の現場とは切り離した組織として設置することを推奨します。SSCマネジメント機能については、すでに取り組まれているSSCが多いとは思いますが、今後の高度化のポイントとしては、「徹底的な可視化」と「PDCAサイクルの構築・実践」があげられます。業務ボリューム・工数やミス・エラー件数など、定量化が可能な要素について可視化を行い、定量データに基づいた業務課題の抽出を行うことによって、業務改革推進機能へと連携することが可能となります。
また、業務改革推進機能においては、現場担当者とは異なる経験・ノウハウを有する人材を登用・配置することにより、全体最適の視点から改革を推進できるような組織を構築する必要があります。本社・グループ会社から幅広く人材を探し、SSC内に配置することが望ましいですが、「図表2」に示すような経験・ノウハウを有する人材が豊富に存在しているケースは稀でしょう。人事単体で人材を探すのではなく、財務経理や総務などの他管理部門と連携すること、またIT部門とも協業しSSC運営・改革推進機能強化を図ることも有効な手立てだと考えています。
社内人材では充足が難しい場合は、うまく外部の経験・ノウハウを活用することも一案となります。各社の状況・カルチャーも考慮しつつ、どのようにしてSSC内に業務改革経験・ノウハウを蓄積するかを、最適な具体的手段を検討すべきでしょう。
A社におけるシェアードサービス成功事例
トップマネジメント自らが本気で取り組んだA社におけるシェアードサービスは、数少ない成功事例だということができるかもしれません。当時のA社では管理部門に限らず各部署に間接業務が散在しており、ほとんどの社員が企画系業務と間接業務の両方を実施している状況でした。この状況を打破し個人・組織のパフォーマンス向上を目指すため、SSCの新設を通して業務の清流化・住み分けを図る取り組みが開始されました。
まず初めに、取り組みの本気度を示すため、社長直轄組織として「改革推進部」との名称でSSC組織を設立し、この取り組みをやり抜くことにコミットした上級役員を組織の長としてアサインしました。同時に改革には欠かせないIT部門の人材をアサインし、社内に不足するノウハウの保管として外部コンサルタントを活用して新設SSCが歩みを始めました。
次に改革推進部への業務移管が実施されましたが、SSCへ移管できる業務を識別することはせず、「まず業務・人ごとSSCへ移管し、不都合がある業務を元部署に戻す」という考え方の下で業務移管を断行しました。もちろん一筋縄では進まないことも多々ありましたが、丁寧な対話の中で業務改革実現後の姿を共有することにより各部署の理解を得ていきました。
ここからが業務改革本番となりますが、はじめの一歩として「徹底的な可視化」に着手しました。可視化した業務フローを、業務担当者とIT人材・外部コンサルタントがともに検証することにより、現実的な施策へと落とし込み着実に業務を変えていく、この作業をSSC内各所で実直に実行することで効果を積み重ねていきます。目に見えるプロセス・ステップの見直しだけでなく、ポリシー・ルールや承認権限のあり方などにも踏み込み、改善ではなく改革を推進しています。同時にこの検証・実行を通して、業務改革ノウハウが各業務担当者にも蓄積されていきますが、この人材を元部署に戻すことにより、SSC以外での業務改革推進にもつながります。つまり、「SSCが人材輩出組織となり、全社にそのノウハウを提供していく」という好循環ができあがりつつあるという点も、A社のSSCが成功事例であることのひとつの要素でしょう。
SSCがさらなる高度化をとげる余地
A社の事例でもご紹介したように、SSCは業務改革を実行する組織であるべきです。しかしこれまでの主流であった業務改革に主眼を置いたSSCだけでなく、「経営・事業への貢献」をビジョン・ミッションとしてSSC強化を目指す取り組みも始まりつつあります。SSCにはさまざまな業務をEnd To Endで執行することで、様々なデータが蓄積されます。特に人事業務を通して蓄積される人材に関連するデータは宝の山である一方、十分に使いこなせていないのが実情でしょう。例えば、ハイパフォーマー分析による共通要素の抽出・育成要件の検討や、採用時の最適チャネルの識別と候補者のパフォーマンスの見通し、社員エンゲージメントへの影響因子・打つべき人事施策の検討など、蓄積されたデータを活用して経営・事業に新しい提言を行うこと、そして企業に貢献することが、人事に期待される大きな役割です。SSCこそがそのデータの源となります。
SSCに人材データ分析機能を具備することにより、効率的にインサイトを抽出することが可能となり、人的側面から経営・事業に貢献していくことができるでしょう。これまでは一般的に「シェアードサービスセンター」と呼ばれてきましたが、今後は「ビジネスサービスセンター」として強化・高度化に取り組んでいくことが必要であると考えています。
これまでの歴史的背景もある中で、一足飛びにSSCの位置づけを変えていくには大きなハードルがたちはだかることと思いますが、SSCを含めた人事全体の組織・機能配置を最適化し、新たな人事機能を確立することこそが、SSCのさらなる高度化へつながるでしょう。
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