事業部門や役職を問わず、「世界で通用するHRM」を学べる
500ページ以上ある本の中身は、巻頭の「著者からのメッセージ」以降、どこを開いても左ページは英語、右ページは日本語というレイアウトで統一されている。しかし、なぜグローバルHRMについて書かれた本を日英対訳で読む必要があるのか?「本書の構想」の中で両著者は、「グローバルな舞台におけるHRMの理論や概念が日英両言語でどのように表現されるかを比較しながら理解を深めることができる」「本書の内容について自然に英語でコミュニケーションをとる方法を、楽しみながら理解してもらう」という2つの学習目的が本書によって達成できるとしている。
では、本書はどのような読者をターゲットにしているのか?「著者からのメッセージ」を見ると、具体的に下記のような人が対象として挙げられている。
(1)グローバルHRMに関する基本的知識を身に付けたいビジネスパーソン、学生など
(2)英語でグローバルHRMの実践を迫られている海外赴任中のラインマネージャー
(3)これから海外赴任をする予定のビジネスパーソン
(4)グローバルHRMの政策制度を企画・策定しなくてはならないコーポレート本社の人事担当者
(5)グローバルな場面でHRの会議を持つ必要のある人事担当者
従来のグローバルHRM関連の書籍では、入門書なら(1)、実践書なら(4)や(5)にターゲットを絞ったものが一般的だったが、本書ではグローバルHRMを実際の現場で実施する(2)(3)のような立場にある人にとって有用な、人事部門以外で起こり得るグローバルHRMの諸問題も多く扱っている。つまりは国内外を問わず、事業部門も役職も問わず、「世界で通用するHRM」を学べる一冊になっているのだ。
グローバルHRMの理論と実践が有機的かつ効率的に紐づいている
「Section II」は前のケース・スタディをさらに発展させたような、架空の会社におけるサンプル・カンバセーション(企業で交わされる実際的な会話の用例集)を取り上げており、「Section Ⅰ」で提示された10のチャプターに対応した10の用例で構成されている。端的に言えば「Section Ⅰ」が理論編、「Section Ⅱ」が実践編ということになるが、両者が分断されることなく有機的かつ効率的に紐づいているのが本書の最大の特徴である。
チャプター3の「パフォーマンス・マネジメント」を例にして、流れを見てみよう。最初に「パフォーマンス・マネジメントは、すべての社員に対して期待された成果を出させるための人事プロセスであり、マネジメントと社員が継続的なコミュニケーションを行うのが特徴である」という定義が明示され、次にその「継続的なコミュニケーション」に含まれる5つのやり取り
●企業の理念、戦略、中間目標
●部・課、チーム、社員各自の仕事に対して期待されること
●具体的な短期的目標、および開発すべき行動特性(コンピテンシー)
●継続的なレビュー(観察)とフィードバック
●評価
についての詳説が続く。そしてその後には、別枠のコラムとして著者のひとりであるシャーマン氏による日本のパフォーマンス・マネジメントの現状についての論考が掲載されている。
全文を日英対訳で読めることを除けば、ここまでの内容は一般的なHRM理論書と大きな違いはない。そう思われる方が多いと思うが、本書の個性は何と言ってもこのあとに続くケース・スタディと、それに紐づく「Section II」のサンプル・カンバセーションにある。まずケース・スタディは、このチャプター3では「現地採用管理者とともに年度目標の設定を行う」と「結果が良かったというだけでは満足のいくパフォーマンス評価にはならない」という2つの事例が取り上げられている。それぞれパフォーマンス・マネジメントのプロセスにおける目標設定と評価について、マネジメントと社員の具体的なやり取りが記されているのだが、それが模範解答的な当たり障りのないものではなく、とにかくリアルで実用的なのだ。人事担当にとって有用なのはもちろん、他の事業部でも起こり得るトラブルへの対応策として、大いに参考になるはずだ。
同じことが、このチャプター3に対応する「Section II」のサンプル・カンバセーション3「フィードバックの効果的な伝達方法」にも言える。日系企業のフィリピン支社に赴任する生産管理マネージャーが、不良品比率が上昇傾向にある生産ラインを管理する現地のスーパーバイザーとのコミュニケーションに苦戦する様子が描かれているのだが、言葉のチョイスによって相手に本意が伝わらなくなることはマネジメントと社員という関係でなくとも、我々の日常生活に溢れている。ここではそんな言葉選びのコツを解説するとともに、代替案を提示する。「期待しているよ(I expect that you~)」という表現はきわめて権威主義的で単刀直入であるから、より客観的な「~する必要がある(There is a need to~)」という言い回しが望ましい、といった実用的なコミュニケーション術を日本語と英語で学べるわけだ。
公式サイトにはオンライン・ラーニング・ラウンジもあり
なお、本書の内容をさらに深く学びたいという人のために、「英語de人事」の公式サイトにはオンライン・ラーニング・ラウンジも開設されている。eラーニング、研修・ウェビナー、個別コーチングレッスンという3つのコンポーネントを使った、より幅広い学びが得られるという。無料版も用意されているので、興味を持った方はお試しいただきたい。最後に、著者の白木三秀氏とブライアン・シャーマン氏について触れておきたい。白木氏は、労働政策や国際人的資源管理を専門とし、現在は早稲田大学トランスナショナルHRM研究所の所長。HRMに関する単著『国際人的資源管理の比較分析』を2006年に刊行しているほか、この分野に様々な研究成果を残している。かたやシャーマン氏は、米NYで日系企業の人事コンサルタントを務めたのちに米国SCSK株式会社の人事総務部長に就任。長年に渡って在米日系企業の人事を内外から支えてきた人である。白木氏の研究値とシャーマン氏の経験値がこれ以上ないバランスでアウトプットされた本書が、グローバルHRMに留まらない学びを得られる一冊として幅広い読者に受け入れられることを願いたい。
■『英語de人事』公式サイト
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