「HRDX」のロードマップ策定時にやっておくべきこと
第2回、第3回と2回にわたり「HRDX」の発展ステージと、各ステージにおいて重点的に行いたい取り組みについてご紹介してきました。しかし、どの企業、どの組織も同じ目的意識でHRDXを推進しているわけではありません。ですから実際にHRDXを推進するにあたっては、やはり各組織の置かれた状況に合致したロードマップを作る必要があります。HRDXは定義上、Transformation(トランスフォーメーション)、つまり大きな変化をともなう取り組みです。単に情報システムが変わるだけではなく、組織構造(制度や仕組み)や業務プロセス、社員の行動や意識、オフィス環境など、業務にまつわるあらゆる要素を変化させる必要が生じ得る大変革です。だからこそ、きちんと計画し、管理するチェンジマネジメントが重要となります。
ポイント1:Vision(企業理念) ─「HRDX」で何を実現したいのか
HRDXを推進するうえで最初にあたる壁がVision(ビジョン)です。評価のための評価は推奨されないように、HRDXのためにHRDXを推進するのでは本末転倒です。まずは、自組織がHRDXを通じて何を目指すのかを明確にしておく必要があります。他方で、HRDXにはいまだこれといった正解(ベストプラクティス)がないことも事実であり、そのような先行き不透明な状況下で「遅れをとってはいけない」と先走ってHRDXに取り組んでいるような組織も多く見られます。チェンジマネジメントの視点から言うと、そのような場合であってもやはりビジョンは変革を計画するうえで必要不可欠なものです。単にツールの導入や情報インフラのリプレースといった表面的な変化に終始して従来の働き方にフィットしないと、不満だけが募るような状況に陥ります。そうならないためにもしっかりとビジョン策定に時間を使うことをおすすめします。
ビジョンを考えるうえでひとつの指標となるのが他社事例でしょう。HRDXでなんらかの成果を出している企業を見ると、その方向性として大きくは「業務の効率化」、「ステータスの可視化・将来予測」、「透明性・客観性の向上」の3種類があるようです。
これらは一般的に実現難易度(As-Is・現状とTo-Be・理想のギャップの大きさ)が異なることが多いため、比較的実現しやすい「業務の効率化」から着手する企業が多いようです。とはいえ、結果的に全て狙うという結論であったとしても、ビジョン策定の段階ではその実現難易度よりも、自組織で何を実現すべきなのかについて関係者を交えて丁寧に議論を尽くすことが重要です。
ポイント2:Outcome(成果)─何をいつまでにどのくらい達成することを目指すのか
HRDXは特にリターンの定量把握が難しいため、Outcome(成果)を金額で示すことにこだわり過ぎると頓挫してしまうリスクがあります。とはいえ、膨大な労力・コストを費やして推進する以上、それによって何がどの程度変化するのか、期待する成果を評価指標として設定することが必要です。また、システム環境はアジャイルに微調整を繰り返す開発スタイルが主流になってきているので、中長期的な成果以外に短期的なマイルストーン(中間目標)も設定すべきでしょう。
目標設定のスペシャリストである人事担当の方々にとっては釈迦に説法ですが、「人事業務の高度化」というような抽象的な目標を掲げる例をしばしば目にします。そこで、敢えて述べさせていただくと、評価指標の立て方はオーソドックスでも「SMART(Specific、Measurable、Assignable、Realistic、Time-boundの頭文字)」なものにすべきです。例えば「配置の最適化」は、やりたい事は明確でも定量化が難しいと悩むケースも多いようですが、そのような場合は「現在の業務プロセス」を前提に考えてしまっていないか改めて見直してみてください。HRDXとは、単にデータを活用しましょうという話ではありません。業務プロセスもそれに合わせて変更する可能性があります。「配置満足度を取る」といったプロセス変更で対応できる例が大半です(最適配置がパフォーマンスに影響するはず、という仮説が前提にありますが、これはHRDXを通じて仮説検証するしかないものなので、それこそアジャイルに軌道修正していくべきものです)。
なお、この段階でBPRに用いられる業務分析フレームワークといったものも活用し、期待する業務変化を可能な限り定量化できるようにしておくと、同時にプロセスの見直しにもつながるため効果的です。
ポイント3:Maturity(成熟度)─本当にデータを活用すべきだと思っているか
そしてもうひとつ、HRDXのロードマップを考えるうえで外せない重要な要素が、ステークホルダー分析です。ステークホルダー分析は多くの変革で重要だといわれていますが、ほぼすべての社員・役員が変革対象となるHRDXでは特に重要です。
HRDXの話がにわかに立ち上がったような組織では、「古い人間にはわからない」、「これからは経験・勘は認めない」、「データ活用こそ正義」といった急進者をよく見かけます。HRDXを推進するうえでは心強い限りなのですが、このような見方だけをしていては、導入はできても多くの人が取り残されてしまいます。
例えば先日、「社長に話を聞くなどとんでもない。現場で考えて、結果を示せばよいのだ」と語る組織がありましたが、大きな変革であるからこそ、社長やその他の影響力をもったリーダー層が率先してデータを活用するようにしていかねばなりません。どのような変革でも賛成派と反対派はいるものですし、組織全体を変革するうえでは反対(中立)の立場をとる人たちが、なぜ反対(中立)で、どうすると賛成になるのかを明らかにし、ロードマップへと織り込んでいくことが求められます。
以上、ご紹介した3点が忘れられがちですが、HRDX推進において特に重要なポイントとなります。これらの自組織特有の現状課題、そして理想とする情報が集まれば、後はデータ項目やシステム構成、業務プロセスなどの具体論に入っていきます。前回、前々回とご紹介した発展ステージやHRDXの重要7コア要素(HRDX 7 CORE)の視点を考慮しつつ各社なりのロードマップを描いていただければと思います。
なお、Implementation(実行)に難しさを感じる方々も多いようなので、別途改めてご紹介したいと思います。
●セプテーニ
・セプテーニ・ホールディングスが挑む採用と育成の定量化(ダイヤモンド・オンライン)
・多種多様な人事データを活用し、人材育成を科学する。セプテーニグループのピープルアナリティクス活用事例(@Engagement)
●ウォルマート
・The Algorithm That Tells the Boss Who Might Quit(THE WALL STREET JOURNAL)
・Walmart 2.0(Human Resource Executive)
●メルカリ
・データ分析は、アナリストだけの仕事じゃない。メルカリの「データ民主化」の進め方(SELECK)
・データ分析を民主化して、意思決定のすべての場にデータサイエンティストを(advanced)
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