少子高齢化による労働人口の減少や介護問題など、さまざまな社会課題を抱える現代。その課題解決や新たなビジネスチャンスに向けて、AIの活用が急務となっている。では、AIを使ったサービスイノベーションによって、どのような価値を生み出すことができるのだろうか。2019年10月、日立製作所が東京国際フォーラムで開催した「Hitachi Social Innovation Forum 2019 TOKYO」において実施された対談セッション『サービスイノベーションの力~デジタル・AIの進化がもたらす新たな価値~』にそのヒントが詰まっていた。対談のゲストは一橋大学 副学長補佐 藤川佳則氏と株式会社エクサウィザーズ代表取締役社長 石山 洸氏の2人。モデレーターは株式会社日立製作所の赤津 雅晴氏が務めた。
AIを活用したサービスイノベーションで生み出せる価値とは

価値創造の構造変化。サービスマネジメントの観点から見る3つのレンズ

赤津氏 私たちは、気候変動、都市の人口集中や過疎化、高齢化に伴う介護など、さまざまな社会課題を抱えています。この社会課題の解決が我々にとって新たなイノベーションにつながるわけですが、社会課題はいくつもの問題が非常に複雑に絡み合っており、一つの専門知識やAIだけで解決できる単純なものではありません。さまざまな知恵を集積することで、新たな知恵が創造できるものだと思います。それでは、まずサービスマネジメントの研究者である藤川氏より最新動向をご紹介いただきたいと思います。

藤川氏 サービスマネジメントとはモノ主体ではなく、サービス主体で経済活動における価値づくりを考える学問領域で、経営学の中でも非常に若い先進的分野です。私は世の中の事象を捉える視点やフレームワークを「レンズ」と表現していますが、現在その「レンズ」が大きな地殻変動を起こしています。従来の価値づくりにバリューチェーン(価値連鎖)と呼ばれる経営戦略があります。ヒト・モノ・カネといった経営資源を保有する企業が商品を作りこみ、顧客が対価を支払うまでのプロセスを価値の連鎖として捉えた経済活動のことです。ここでは商品を販売した時点で価値づくりが終わり、価値を生み出すのはあくまで企業であるという認識でした。しかし、今や企業だけでなく顧客も価値創造に参加する時代になっているほか、販売が価値づくりの終点でもなくなっており、経済全体の仕組みが大きな変化を遂げています。この価値づくりの変化の背景には、3つのキーワードがあります。

1つ目は「SHIFT(シフト)」。世界経済が全体的に製造業からサービス業へ移行しています。世界各国のマクロ経済指標の変化を図で示したGapminderによると、世界的に経済に占めるサービス業の割合が増えています。今後もこの流れは例外なく続いていくでしょう。

2つ目の「MELT(メルト)」 は、業界の垣根が溶けてなくなり、業種の定義が曖昧になることを意味します。日立製作所は政府の産業統計上では製造業と分類されていますが、システムやサービスが売上全体の約7割を占めています。B to C向けのサービスやモノを提供する企業がB to CとBto Bの顧客を同時に抱えたり、モノを製造する企業がサービスも提供したり、サービスを提供する企業がモノを作るなど、同様のことが世界各地で起きています。もはや、1事業者に対して〇〇業です、と一括りで断定することが難しくなってきています。

3つ目の「TILT(ティルト)」 とは、世界経済の中心が北緯31度線を境に北半球から南半球に移行することです。今まではビジネスの中心といえば欧米でした。しかし、例えばモバイルバンキングならアフリカ、キャッシュレスなら中国といったように、北緯31度より南の国が最前線のトレンドを牽引しています。日本も今やビジネスの中心地ではなく、辺境の国です。このように、世界では価値づくりの「レンズ」が大きく変化しているのです。

では、今後どのような「レンズ」で価値づくりの変化を捉えればよいのでしょうか。ここで、サービスマネジメントの観点から押さえておきたい、3つの「レンズ」についてご紹介します。

LENS1:GDL(グッド・ドミナント・ロジック)
モノを価値創造の基本とし、企業主体で価値を作り込み、それを顧客に販売した時点で価値づくりが終了すること。価値を創造するのは企業で、顧客はその価値を消費するだけでした。

LENS2:SDL(サービス・ドミナント・ロジック)
世の中に流通するすべての経済活動をサービスとして捉え、モノを介するサービスを提供する企業とモノを介さないサービスを提供する企業があるという考え方。顧客が商品を購入し、使用する段階でも価値づくりは続き、企業と顧客が共に価値を作っていく「価値共創」が重要になります。企業も顧客も継続的な主体であると捉えます。

LENS3:MSP(マルチ・サイド・プラットフォーム)
企業と顧客に限らず、「価値共創」の相手を複数にし、「価値創造」と「価値獲得」の選択肢も複数にする考え方。

同じビジネスでも、レンズ1をかけるのとレンズ2をかけるのでは、ずいぶん違ったビジネスになります。「レンズ」のかけ替えを行うときは、ポストデジタル仕様になっているか、が重要です。ポストデジタルとはまず芸術や文学の人文系で台頭した理論で、いまビジネスの分野にも波及しつつあります。これまではリアルの中にどうデジタルを組み込むか、といった考え方が主流でしたが、毎日24時間デジタルと接しているならば、デジタルをデフォルトにその中でどうリアルを生かしていくか、という順番で考えたほうが良いのではないか、という考え方です。現在ビッグデータの急速な普及が叫ばれていますが、我々が無意識のうちに取る行動も膨大なビッグデータに蓄積されています。実は我々が意識する行動は、脳の働き全体のわずか5%でしかありません。残りの95%は無意識の行動です。この無意識の行動がデータ化され、これらがサービスイノベーションの未知の分野として発展していくことでしょう。大きな変化の中で、北緯31度線より北の辺境に住む我々が、従来の価値観の「レンズ」からどのような新しい価値観の「レンズ」をかけて挑戦していくかが現状の課題です。

超高齢化社会の課題を解決するために

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