日本的経営の特徴は、人材マネジメントの仕組みそのものといえるものである。だが、ロスト・ジェネレーションを生み出したバブル崩壊後の「失われた20年」はその仕組みに大きな修正を余儀なくさせた。一方で、ワークエンゲージメントの低下や人が育ちづらくなったという形で、修正による不整合の弊害は発生し続けている。こうした中で人事に求められるのは、前例主義からの脱却と日本の生態系(エコシステム)に適合したモデルを自分の頭で考え抜き作っていこうとするマインドと視座である。
『和魂洋才』人事モデルの再構築

「失われた20年」で失くしたもの

バブル経済の崩壊以降の「失われた20年」は、日本的経営の修正を企業に余儀なくさせた時代と言える。

「失われた20年」は、外部環境の急速な変化が競争力低下、ひいては経済、雇用環境の悪化を生じさせたものである。これに伴い、在庫、資産、人件費のリストラクチャリングが断続的に実施された。急速に市場が縮小する中で資産を圧縮するのは当然の策である。一方で、企業の競争力の源泉となる根源的な仕組み、日本的経営の再構築は行えてきたのだろうか。

日本的経営の特徴は、「終身雇用」「年功序列」「企業内組合」であり、人材マネジメントの特徴といっても過言ではない。またその本質は、伊丹敬之氏が『資本主義』の対比として『人本主義』と名付けたように、人の可能性を信じ、長期的な夢と希望、育成機会を与えることで能力と意欲を最大限に引き出すことで付加価値を創り出す経営だった。

一方で、「失われた20年」では、早期希望退職の実施、欧米成果主義型人事制度の導入、組合員ではない非正規雇用者の増加といった形で日本的経営の特徴には、全てメスが入った。

だが、単に修正しただけで再構築は終了したのだろうか。整合性を欠いたシステムにより価値が毀損していないか。実際、日経ビジネス調査では成果主義人事制度は7割の企業で失敗だったと報告されている。国際的な観点で見た社員のワークエンゲージメントの低さも際立っている。

人事システムを再構築する上での視座

人材マネジメントは、外部環境、事業戦略との整合性だけを配慮すれば良いものではなく、周辺システムとの接続性や実行の前提条件が揃った中で有効に機能する「エコシステム」である。外来種を気候、植生、土壌の異なるところに植え付けても、枯れてしまうのと全く同じであり、持ってくるだけでも、手入れをすればいいだけの問題ではない。こうした中、日本の人事に求められるのは、欧米方式の礼賛と批判的思考なき導入ではない。歴史、社会、労働市場、法制度の違いといった俯瞰的、かつ比較経営の視座を持った上での再構築である。

欧米のようにアウトサイドインの人事戦略により、新たな事業戦略に基づいたリソースセットの再構築を志向しても、そこには日本の労働市場が未発達であることや、旧来概念から変わっていない労働法の壁が立ちはだかる。さらに、人材が資産を生み出すという本質に照らした時に日本の労働力の特徴に着目した人事モデルの再構築を行う必要がある。

現在の日本の労働力の特徴は大きく2つである。世界第一位の高齢化の煽りを受けたミドル・シニア社員の多さ。高等教育を受けていながら就労参加が出来ない女性の存在である。人本主義の視点にたてば、この2つの人的リソースの視点に立った「夢」「希望」「育成機会」を与えることで価値を生み出す人事への転換である。そこでは組織論理と個人感情の交差点(インターセクション)に立った解への挑戦が必要になる。

YKKグループが行う『働き方“変革への挑戦“』プロジェクト

2012年度から定年延長を実施しているYKKグループ。当初は段階的な定年延長を実現するための取り組みが主眼であったため、『定年延長プロジェクト』との名称が付けられようとしていた。だが、当時のプロジェクトオーナーの声もあり、プロジェクトには、『働き方“変革への挑戦”』という名称が付けられた。この名称には、定年延長をトリガーとして、YKKグループが掲げる理念である森林集団、YKK精神である「公正」を実現するため、日本型人材マネジメントからのパラダイムシフトを図っていこうとする思いが込められている。

この名称にも現れているが、YKKグループの定年延長にかける思い、狙いは他の会社と一線を画している。それは、年齢一律で解雇を行う定年は、世界標準で見ても異質である上に、アンフェアな制度であり自社の掲げる「公正」の考えに反するから、ゆくゆくはなくしていくことに挑戦したいとする考えに端的に現れている。このため、定年の実現にあたっても役職定年や60歳以降の別制度などの仕組みは設けていない。あくまで全年齢の社員はワンユニットであり、同一の制度のもとで遇するという考えである。

その上で、YKKグループは、「公正な制度運用の実現」と「社員一人ひとりの自律」に徹底的に拘った取り組みを行っている。例えば、メリハリのある制度運用を実施するために、管理職のマインド・実践力向上を目的とした評価者訓練を数千名にも登る評価者全員に複数回受けさせる、機会均等の考えから30、40、50、58歳のキャリア研修は製造現業職を含む全社員を対象として実施していることなどである。愚直なまでに王道の取り組みを行うYKKグループの取り組みは、組織論理と個人感情の交差点に立った解への挑戦を地で行くものとして捉えられるだろう。

前例・実例主義からの転換

新たな人材マネジメントの再構築に向けたパズル。これは、社内における人件費とポスト配分ルールの変更で解決することは出来ない。また、戦略視点に立ったリソースセットのリデザイン、人生百年時代のマルチステージキャリア構築の視点で考えても、人事は外部接続されるオープンモデルを前提に構築することが必須である。

その際、留意すべきは先進諸国の中でトップを走る超高齢化社会を前提とした中で日本の人事における最適解となるモデルは欧米に存在していない点である。人事はことさら前例、実例主義の色合いが濃いが、現在の課題においては、徹底的に考えぬき解を模索する姿勢が求められる。その上で欠かせないものは、日本の特徴、強みを見据えたリデザインである。過去の歴史的経緯とエコシステムとしての俯瞰した関連性を把握した上で、欧米の真似ではない『和魂洋才』人事モデルの構築が新日本的経営の確立に向け人事には求められている。
パーソル総合研究所 コンサルティング事業本部 シニアマネジャー
石橋 誉
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