「戦略人事」―デイビット・ウルリッチ教授らにより1990年代に定義されて20年ほど経った。旧来型の「人事」から、経営に資するための戦略的な「人事」を考えるため、機能転換が議論されてきている。だが、真の「戦略人事」とは何かを理解し、実践している企業は少ないのではないだろうか。経営に資する「戦略人事」の姿、これからの「人事」の姿を考えたい。
人事が変革を起こすには

今までの人事とこれからの人事

昨今は加速するグローバル化、テクノロジーの進展によって、これまでのビジネスモデルを大きく転換し、常に変わっていかなくてはならない環境にある。そのような環境下でも、人事の役割は以前と大きくは変わらない。それは経営に貢献するために個人や組織が最高のパフォーマンスを出せる状態を作り出すことだろう。ただし、この状況下でその役割を果たすためには、人材力や組織能力により差別化した「人材戦略」を人事主導で作り上げ、実践していくことが必要だと考える。

旧来型の人事は、特に製造業においては、3種の神器といわれる「終身雇用」「労働組合」「年功序列」や新卒一括採用など、一定のシステムを機能させるため、制度の番人としての役割が主だった。当時は、従業員の情報を人事に集約し一元管理すること、そして、ルールや権限に基づき、社員の評価や配置転換の施策を継続し、公平性を保っていればよかったのだ。しかし、冒頭述べた通り、変化が激しく、社内外の状況も刻一刻と変わる現在、雇用形態の多様化、働き方の多様化が進み、今までのようなシステムを継続することが困難になっている。その結果、従来のように制度を守るだけの人事に対して、弱体化も問われるようになった。人事は、過去につくった仕組みや型のとおりに仕事をし、それらを温存することに捉われるのではなく、現状を見て変化に対応し、自ら変革を起こす戦略性が求められるようになっているのである。

戦略人事とは

デイブ・ウルリッチ教授が戦略人事として定義する役割は、事業戦略と連動した人材戦略を実践し、社員のやる気を引き出しながら「人と組織を活性化」させること。 (※1)

また、GEの人事役割には、「Change Leader」として変革を率先して引っ張っていく役割が設定されている(※2)。人事は「Change Leader」として、業績向上の成長のための大きな絵を描き、そして世の中の変化にあわせ会社におこすべき変革の道筋を社員に真摯に語りかけ、会社が目指す方向に共に巻き込む役割が求められているのだ。

それは、事業成果はよい戦略を描くだけでなく、その戦略を実行する人・組織によって変わるからこそ、だろう。「戦略は組織に従う」(※3)、そして「文化が戦略を食う」(※4)といわれているとおり、経営が掲げた戦略がいかに完璧であっても、会社・事業は成長しない。人・組織による強い基盤があってこそ、会社・事業は勝てる戦略を描くことができ、成長できるのだろう。

だからこそ、人事は事業戦略を実行支援するサポート役としての認識ではいけないのではないだろうか。人・組織で勝つための「人材戦略」を主体的に講じ、強い人・組織を作り、事業成長に導いていくべきだ。

戦略人事の実践

日本においては、この「戦略人事」の重要性を理解しつつも、その機能を果たせている企業は約3割に留まっている。またその理由としてさまざまな問題が指摘されている一方で、「経営陣の戦略人事に対する理解不足」という問題が目立つ結果となった。

もちろん、戦略人事の実践には、経営者自身のマインドセットも重要だろう。だが、経営者も変化の激しいなかで、あらゆる意思決定を並行して行うことが求められるようになり、世界を見据えた広い視野で事業ドメインのあり方、事業における戦略を構想し、それを実現する人・組織を作る必要がある。だからこそ人事は、経営者の意思決定を手助けする、というサポーターとしての意識ではなく、ビジネス視点を持ち、人・組織をいかにつくっていくかを主体的かつ戦略的に考え、経営者に危機意識をもってもらうように動いていくべきではないだろうか。一方で、人事が今まで専門的に行ってきた業務の一部を手放すことも必要だ。たとえば、欧米のように人事管理をラインマネジャーに委譲するため、ラインマネジャーの人事管理機能を向上させ、評価や異動などの一部の人事権限を事業ライン側へ委譲する。または、アウトソーシングやシェアードサービス、テクノロジーを活用するなど、従来の人事管理業務に割く時間を戦略的な人事業務へシフトできるようにしたい。

今まで行ってきた人事としての役割を変革させ、経営者とともに会社・事業の変革者として動いていくことが求められているのではないだろうか。


※1『MBAの人材戦略』(デイブ・ウルリッチ 日本能率協会マネジメントセンター)
※2『戦略人事のビジョン』(八木洋介 金井嘉宏 光文社新書)
※3『STRATEGIC MANAGEMENT』(イゴール・アンゾフ 産業能率大学出版部)
※4『Culture eats strategy for breakfast』(ピーター・ドラッカー)

パーソル総合研究所 コンサルティング事業本部 シニアコンサルタント
脇山 加里那
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