人事異動は会社によって時期は異なりますが,定期異動としてはやはり4 月に実施しているところが半数以上ある状況です。
「人事異動」とひとことでいってもいくつかのケースがあります。「人事異動」とは労働者が会社の命令によって従来の従事する業務や勤務場所,地位等とは異なる別の業務,勤務場所,地位などに移行して従事し,勤務することをいいます。
● 配置転換:同一企業内において労働者の勤務地や勤務内容を変更する担当業務の異動
● 転勤:配置転換のうち勤務地の変更を伴う所属部門の異動
● 職種変更:職種に関する異動
● 海外異動:日本国外への異動
● 在籍出向:現在の会社と雇用関係を維持したまま,他社の指揮下で勤務し他社との間においても雇用関係を生じさせる一定期間の出向異動
● 転籍:現会社と労働契約を終了させたうえで,他社の従業員としての地位,身分を取得する異動
以上のように人事異動といっても様々なものがありますが,毎年多くのトラブルが発生しています。問い合わせの多い典型的な事例には次のようなものがあります。
「転勤の内示があったが家庭の事情があって難しい」
「関連会社に出向との辞令だが,一方的に言われても困る」
「子会社に移ってくれと言われたが,従う必要があるのか」
人事異動にはトラブルがつきものですが,その中でもやはり「転勤」「出向」「転籍」に集中しています。いずれの人事異動も基本的には「企業の人事権の発動であり配置転換命令,転勤命令などのように業務命令で行われるもの」です。しかし,人事異動に法律的な定義がないため,逆に様々な法律の制約に違反していないかどうか注意が必要です(注1 )。つまり,業務命令としての人事異動に関して違法性があるかないかをチェックして運用することが大切です。そのよりどころが「人事異動規定」です。ここでは人事異動に関するトラブルを少なくするために,人事異動の基本ルールを規定化し,スムーズな人事異動を行えるようにします。
■検討内容
まず,大前提として必要な人事異動の文言があります。すなわち,人事異動の命令に対し,社員は「正当な理由がない限り,これを拒むことができない」旨を規定化します。この文言がないと,社員が人事異動を拒否した場合にトラブルになりかねません。配転命令に対して,社員が異を唱えても,会社の経営判断で行われる命令ですから,社員は拒むことができないという原則を強調します。その原則の前提が就業規則や労働協約ですので,ここは何としても外せません。これらの規定によって,労働契約上の包括的な同意が得られていると判断できれば,社員の個別の同意は必要ないとされます。また,人事異動の種類についても詳しく規定化します。これによって社員は採用時にこの会社にはどのような人事異動があるのかが分かり,社員自身も今後どのような人事異動が発生するのかおよそ想定できます。
しかし,配置転換に関する判例で注意すべき点があります。
①業務上の必要性がないもの
②不当な動機や目的があるもの
③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるもの(注2 )
などに該当すると,配置転換命令の乱用と解され,命令が無効となる可能性があるということは留意が必要です。
次に重要なことは,異動に伴う業務の引き継ぎについてです。業務の引き継ぎを完結させる義務を課しておくことが不可欠です。いつまでに引き継ぎを完了させるのか,また,不完全な引き継ぎを行った場合の対応などについても規定に盛り込んでおくとよいでしょう。
在籍出向を命ずる場合は,原則,社員の同意が必要とされますが,必ずしも個別同意まで求められているわけではありません。裁判例では,就業規則や労働協約で出向についての具体的な規定が置かれ,周知されている場合は包括的な同意があったとされています。 転籍については,配置転換や在籍出向とは全く異なる考え方になりますので要注意です。民法625条第1 項に「使用者は労働者の承諾がなければ,その権利を第三者に譲渡できない」とある通り,たとえ根拠規定があったとしても,転籍命令を発する場合は,その都度個別同意が必要となります。今は小さな規模で転勤や出向などが発生しないような会社も,将来を想定してぜひ異動規定に組み込んでおきたいものです。
最後に,出向規定や転籍規定を人事異動規定に明記するか,別の規定で定めるかを明確化することが必要です。
(注1 )
労基法第3 条「差別的取り扱いの禁止」労働組合法「労働組合活動を理由とした不利益取り扱いの禁止」男女雇用機会均等法「男女による差別的取り扱いの禁止」育児・介護休業法「育児・介護を行う労働者に対する転勤の配慮義務」
(注2 )
社員本人が面倒を見なければならない重病人や介護を必要としている人がいて,しかも生計を支えている場合などが該当。「単身赴任により家族と別居生活になる」「新婚の時期に別居生活を強いられる」などでは配転命令が有効とされる。
人事異動規定
第○条 会社は,業務の都合により,社員に異動を命じることがある。この場合社員は,会社が認める正当な理由がない限りこれを拒むことができない。異動を命ぜられた場合は指定した日から直ちに新たな勤務につくものとする。2 前項の異動につき指定された前日までに,後任者に業務の引き継ぎを業務の支障が出ないように十分な状態で完了しなければならないものとする。異動後も,必要により前職務の対応を行うものとする。
3 第1 項で定める異動とは,次の通りとする。
(1)配置転換 同一事業場内での担当業務の異動
(2)昇格・降格・役職任免
(3)転勤 勤務地の変更を伴う所属部門間の異動
(4)職種異動 異なる職種への異動
(5)海外異動 日本国外への転勤
(6)在籍出向 在籍のままで出向先業務への異動
4 会社は,前項各号の異動を命じる場合には,子供の養育や家族の介護を行うことが著しく困難となる従業員がいる場合には,当該従業員の子供の養育や家族の介護の状況に配慮しなければならず,できる限り不利益が少なくなるように努めるものとする。
5 会社は業務上の都合により,職種や勤務地を限定している社員であっても事前に理由を明示し,協議することによって,職種変更,限定の勤務地以外への配置転換を命ずることがある。この場合には社員と協議のうえ雇用形態や雇用条件の変更を行うことができるものとする。
第○条 会社は業務上の都合により,社員に転籍を命ずることがある。会社が社員に転籍を命ずる場合には,転籍条件や内容の明示を行うほか,前条の規定にかかわらず本人の同意を得て命令を発するものとする。
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