3. 若手社員のリーダー志向を持続させるために
ここまでで紹介したきっかけを与えることで、若手社員のリーダー志向が芽生えたとします。次に取り組むべきことは、その志を維持させることです。これが、若手リーダー育成上の2つ目の課題です。結論を申し上げれば、リーダー経験をさせることです。リーダーを経験することで、リーダーとしての力が身に付くことはそうかもしれませんが、リーダー経験によってリーダー志向が強化されることがお伝えしたいことです。好循環が回るのです。
ただし、単に経験させればよいというわけではありません。好循環を回すための2つのポイントがあります。タイミングと与え方です。
3-1. タイミング:鉄は熱いうちに打て
タイミングについては簡単です。早いに越したことはありません。鉄は熱いうちに打てです。35歳でピークアウトする前に経験させる必要があります。多くの企業では、次世代リーダー育成を40歳を超えたぐらいから始めていると思います。しかし、その前にリーダー志向が減退してしまっては、育成候補が枯渇してしまいます。本格的な次世代リーダー育成の前に、前哨戦を設けてあげるべきです。3-2. 与え方:リーダーを嫌にならないリーダー経験
リーダーを経験することで、リーダーが嫌になってしまうことがあります。そうならないような経験をさせる必要があります。図表4は、若手社員が抱くリーダーに対するイメージです。棒グラフが2本あるのは、2つのデータを比較しているからです。1つは、まだリーダー経験をしていない入社間もない頃に抱いたイメージです。それが上段です。そしてもう下段が、リーダー経験をした後に抱いたイメージです。右側の折れ線は、2つのデータの差です。ちなみに、質問項目の横のアスタリスクは、ネガティブなイメージであることを意味しています。
1つ目の分類は、リーダーを経験する前にネガティブなイメージを持っており、そしてリーダー経験をした後もやっぱりネガティブなイメージだったというものです。以下の3項目が相当します。
① 責任が重くなる、矢面に立つ
② 厳しいことも言わなければならない
③ 管理業務が多くなる
この3つがリーダーとして一番辛いことなのかもしれません。こうした辛さを和らげるには、同じく苦しんでいる若手リーダーあるいは少し先にリーダーを経験した先輩と対話する機会を設定してあげることがよいでしょう。苦しいのは自分だけではないということが分かるだけでも、かなり気が楽になるはずです。
ただし、これらは事前にある程度の覚悟ができていたことなので、まだましかもしれません。むしろ心配すべきことは、事前には思ってもいなかった辛さです。
分類2:「こんなに辛いとは、思ってもいなかった」
2つ目の分類は、リーダーを経験する前には何も思っていなかったが、リーダーを経験して初めて知ったリーダーの辛さです。以下の3項目が相当します。
⑨ 多方面に配慮しなければならない、板ばさみにあう
⑫ 些細なこともきちんとメンバーに説明しなければならない
⑬ 折衝や根回しに時間が取られる
この3つは、いずれも対人関係に関するものです。リーダーになって対人関係で苦労するなどほとんど思っていなかったのに、実際にはそのことでとても悩んでいるのです。
対人関係問題は、その対処方法を知識として蓄えてもなかなか対応できません。周囲との微妙な距離感は、経験を積まなければ分かりません。自転車と同じです。右に倒れそうになったら、ハンドルを右に切ると同時にペダルを踏み込んで、遠心力で車体を起こすと同時にハンドルを戻す、という知識があったからといって、自転車には乗れません。経験を通じて少しずつ勘所を押さえられるようになるしかなく、その際には上司や先輩のアドバイスやメンタルサポートも必要です。
分類3:「期待していたのに、がっかりだ」
3つ目のカテゴリーは、リーダー経験前には期待していたけれども、実際にはそうでなく幻滅してしまったものです。以下の3項目が相当します。
④ 社内での地位、発言力が高まる
⑤ 尊敬される、周囲から注目される
⑦ 権限が大きい。ヒト・モノ・カネを使える
この3つを眺めると、どういう状況が浮かび上がってくるでしょうか。上司はリーダーを任せるといいながら、予算や決定権もあまり与えず、細かい指示をして、その結果、思うような成果を周りに認知させることができない状況が想像されます。
上の考えを押し付けてしまったら若手の良さがつぶされてしまいます。本コラムの冒頭で説明したように、若手リーダーに活躍してもらう目的は、若者ならではの創造性や能力を使って組織に新しい風を吹き込んでもらうことです。細かい指示をしてしまったらそれまでのタイプのリーダーの再生産にしかならず、何も変わりません。権限と予算を与えて、リスクはあっても思い切って任せることが大切です。
おわりに
自分よりもかなり年下の社会人や大学生と接することが、多々あります。とても能力が高く、前向きで、それでいて謙虚な、たくさんの若者にめぐりあいました。この人にはかなわないと思うことも頻繁にあります。このような人たちが活躍してくれれば、きっと活気に満ち溢れた、すばらしい会社になるだろうと思います。一方、少なからずの伝統的大企業では、バブル時代に大量採用した社員に悩んでいます。50歳前後の社員の構成比率の高さが人件費を圧迫することもそうですが、昇進や仕事機会の順番待ちを強いられる若手社員のモチベーションの低下も、大きな問題になっています。
高い志を持って入社したものの、数年で退職してしまう社員がたくさんいます。潜在性の高い若手社員も、例外ではありません。こうした状況が今後も続けば、その会社が10年後にどうなっているかは、想像に難くありません。
若手社員本人のためにも、そして何より会社のためにも、優秀な社員に活躍してもらわなければなりません。同じような問題意識を抱えている企業の方々にとって、このコラムが僅かでもヒントになれば、私にとって大いなる喜びです。
かくいう私も、バブル入社世代です。優秀な若手社員が出てきたら、潔く席を譲ろうと思うと同時に、彼ら彼女らに追い抜かれないように日々精進してまいります。
注1:日経電子版2016年5月18日「社外取締役が10年かけて社長を決める」。
注2:日経電子版2014年11月3日「大人になっても頭は良くなるの?」。本記事の中で、篠原菊紀氏(諏訪東京理科大学共通教育センター教授)は、以下の2つの論文をもとに解説。
Horn, J.L. and R.B. Cattell (1967) Age differences in fluid and crystallized intelligence, Acta Psychologica, 26(2): 107-129.
Baltes, P. B. and U. M. Staudinger (2000) Wisdom: A metaheuristic (pragmatic) to orchestrate mind and virtue toward excellence, American Psychologist, 55(1): 122-136.
注3:中野誠・高須悠介(2013)「日本企業の現金保有決定要因分析―所有構造と取締役会特性の視点から」『日本企業研究のフロンティア』、第9巻、55-67ページ。
注4:文部科学省『平成28年版科学技術白書』(2016年7月)。
注5:「私は、周り(部下に限らず様々な人)を巻き込んで、より大きなことを成し遂げるような役割を望む」という質問に対し、5段階(5:あてはまる、4:ややあてはまる、3:どちらともいえない、2:あまりあてはまらない、1:あてはまらない)で回答してもらい、肯定的回答(5と4)の回答割合を算出してグラフ化。
注6:35歳でリーダー志向がピークアウトする原因は分析していない。ただし、3つの理由が考えられる。1つ目は、この頃になると一次選抜がなされて同期との差がはっきりしてくる。それまでは自分は実力があると思っていた人が、現実を知るのがこの時期だからというものである。2つ目は、プラトー化である。プラトー化とはどこまで行っても平らな高原(プラトー:Plateau)が目の前に広がっている状況であり、山を登っていたときには歩いただけ高みに上ることができたが、目の前が草原になると、どんなに歩いても高みに上れなくなってしまう。つまり自分の能力向上が踊り場に差し掛かってしまい、努力しようとする気持ちが減退してしまう。そして3つ目は、気枯れであり、中原淳先生(立教大学経営学部教授)の仮説である。新入社員の頃は様々な研修を受け、経営層から多くのメッセージが届く。しかし、新入社員研修が終わると研修がなくなり、あまり良くない上司の下に付いた場合は仕事に対するフィードバックももらえない。そうして下を向いて仕事をしている間に、上を向く気持ちが失われてしまうというものである。
富士ゼロックス総合教育研究所では、1994年より人材開発問題の時宜を得たテーマを選択して調査・研究を行い、『人材開発白書』として発刊しています。『人材開発白書2017』は、「若手のリーダーシップの発芽」をテーマに分析をしました。本コラムはその分析結果にもとづいて書かれています。なお、『人材開発白書』のバックナンバーは、弊社のホームページよりダウンロードできます(http://www.fxli.co.jp/)。