社会環境やマーケットが大きく変わりゆく現代で、企業は生き残りを賭け、さらなる競争に立ち向かっていかないといけない。そうした中で、ますます重要性が問われているのが、「経営者」としての資質だ。状況の認識が少しでも甘ければ、誤った判断をしかねない。場合によっては、経営危機を招くケースもある。そこで本稿では、そもそも「経営者」とは何か、どんな役割を担い、どのようなスキルや知識が求められるのかを解説していく。
椅子に座る経営者

「経営者」とは

「経営者」とは、会社や組織の運営に対して最終的な決断権と責任を持って、経営方針や経営計画を立案・決定する人の総称だ。会社法においては「代表取締役」、一般的には「社長」、労働基準法では「使用者」、個人事業では「個人事業主」などと呼称される。

「経営者」の役割

「経営者」の役割はさまざまで、経営学者によってもその定義が異なってくる。ここでは、三人の考え方を紹介したい。

●ドラッカーによる「経営者」の役割

オーストリアの経営学者ピーター・ドラッカーは、「経営者」の役割を「事業」、「資金配分」、「人材配置」の「決定者」であると規定している。社会に価値を提供するために自社の事業を決定し、その事業を行うために予算を配分、そして事業の推進に向けて最適な人材を配置していく。こうした役割を遂行するためにも「経営者」は自らの仕事を明確にし、成果を導いていくことが求められる。

●バーナードによる「経営者」の役割

アメリカの経営学者チェスター・バーナードは、組織が「コミュニケーション」、「貢献意欲」、「共通の目標」によって成立していると提唱している。社員同士のコミュニケーションを促進し、モチベーションをアップさせ、お互いが共通の目的を持って業務に臨めるような組織を作ることが「経営者」の役割であると説いている。

●ミンツバーグによる「経営者」の役割

カナダのマギル大学のミンツバーグ博士は、「経営者」に必要とされる役割を三つのカテゴリーに分類した。一つ目が「対人関係」だ。組織の代表、会社や部門のリーダー、社内外を結びつける担い手などを務める。二つ目は「情報伝達」。社内外の情報収集、有益な情報提供、社外に向けた情報発信などを担う。三つ目が「意思決定」。これには、組織の変革と創造の担い手、論争や衝突の調停役、リソース配分の決定者、組織内の問題に関する交渉などが含まれる。

「経営者」の法的責任

会社の代表である経営者は、職務を通じて第三者に損害を生じさせた際には、その損害を賠償しなければいけない。また、役員等が任務を怠ったことで会社に損害をもたらした場合も同様となる。

特に会社法429条1項では、「役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときは、当該役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負う」と明確に定められている。この責任は「善管注意義務」に基づくもので、取締役は単なる従業員とは異なり、常識的かつ誠実に職務を遂行する法的責任を負っている。

中小企業においては、経営者個人が責任追及されるケースが多く見られる。会社に十分な資力がない場合、損害を受けた第三者は資力のある経営者個人に対して損害賠償を求める傾向があるためだ。また、取締役会において相互監督義務があり、不正行為を承認したり反対しなかったりした役員にも連帯して責任が生じることがある。

経営者はこうした法的リスクを理解した上で、適切な経営判断と内部統制システムの構築に努める必要がある。

「経営者」の5つの仕事

次に、「経営者」が担う仕事とは何かを説明しよう。

●経営方針の決定

経営方針とは、「経営者」が提示する会社の将来像や目指すべき方向性を指す。経営戦略や事業計画の前提であり、会社の成長や発展に大きな影響を及ぼす。それだけに、「経営者」が経営方針を決定するときには、市場や顧客のニーズ、社会的な要請などを考慮する必要がある。

●資金繰り

資金繰りは、「経営者」にとって重要な仕事だ。もし、問題が起きてしまうとキャッシュフローに窮し、事業を継続できない可能性があり得る。経営者としては、会社の将来を見据えるとともに、現時点での収入と支出のバランスにも留意し、計画的に資金を確保しておく必要がある。

●事業推進

「経営者」には、事業を拡大し会社を成長させていく役割が求められる。そのため経営者は、市場動向を見極めながら、自社の強みや弱みを踏まえた上で中長期的な事業戦略および事業計画を策定・推進していく必要がある。特に、中小企業の「経営者」にとってはより重要な役割となる。

●社員の雇用・育成・評価

社員の雇用、育成、評価などの仕組みを作ることも経営者の仕事だ。まず、経営者は採用方針を明確化しなければいけない。また、教育の機会を提供したり、社員の働きぶりを正当に評価する制度も構築したりしなければならない。

●職場環境の整備

職場環境の整備・改善も経営者に不可欠となる仕事だ。職場環境としては、設備面だけでなく、人間関係や待遇、福利厚生、働き方などさまざまな要素が含まれる。それらが万全であれば、従業員のモチベーションが向上し、生産性アップも期待できる。

「経営者」に求められるスキルや資質

「経営者」にはどのようなスキルや資質が求められるのか。ここで、整理しておきたい。


●優れた人間性

「経営者」には、社会や周囲の人々と良好な関係を構築していける優れた人間性が欠かせない。具体的には、信念の強さや前向きな姿勢、謙虚さ、誠実さ、意欲、行動力などが必要となる。

●先見性

現代においてはリスクをいち早く察知し、迅速かつ的確に戦略・戦術を修正できる先見性も必須となる。特に現代は、VUCA(不確実性、複雑性、曖昧性、不安定性)の時代と呼ばれるように先行きが見えにくくなっている。また、市場のニーズも目まぐるしく変化しているだけに、いかに柔軟に手を打てるかが経営の鍵となっている。

●コミュニケーション能力

「経営者」には優れたコミュニケーション能力も不可欠だ。社内外を問わず多くの人々と接するからだ。実際、社員とは経営方針やビジョンを共有しなければいけない。また、外部のステークホルダーに向けた説明や提案、交渉を行う機会も多い。中でも、投資家とのリレーションは資金調達に影響を及ぼすだけに重要となる。

●論理的思考力

「経営者」には、論理的思考力も求められる。入手した情報や目前の状況を踏まえ、経営方針や目標を的確に設定し、戦略の優先順位を決め、手を打っていかなければいけないからだ。特に昨今は、経営環境がダイナミックに変化し続けており、多くの選択肢の中からより良いビジネス戦略を推進する手腕が「経営者」に求められている。

●洞察力

「経営者」には、広い視野や物事の本質を見極める洞察力も求められる。このスキルが備わっていれば、会社が何か困難に遭遇したとしても、状況を沈着冷静に分析して真の課題を見出し、適切な対応を講じていける。

●決断力

「経営者」は、次々と経営判断を下していかなければいけない。経営者が判断しなければ、会社は動かないといっても良いくらいだ。状況や物事を客観的に把握し、主観も駆使しながら、最適な選択をする決断力を培うことが欠かせない。

●内部要因思考

内部要因思考とは、自分の行動や結果に関する責任は自身にあるとする考え方だ。万が一、失敗したとしても外部の環境や他人のせいには決してしない。自分の判断や能力に問題があったと反省し、次のアクションへの糧とする姿勢が問われる。

●楽観的姿勢

物事をポジティブに捉え、常に前向きに取り組んでいく姿勢も「経営者」には重要だ。問題解決へのモチベーションを高められるからである。経営者のそうしたマインドは社員にも伝わりやすい。結果的に、失敗を次の成功への糧として活かしていく組織風土が醸成される。

●自己変革能力

自己変革能力とは、現状に決して満足せず、周囲の変化に迅速かつ柔軟に対応しながら改善を続けていくスキルを言う。この能力に優れた「経営者」のもとには、成長意欲が旺盛な人材が集まりやすい。積極的な姿勢が全社レベルに浸透していくことで、企業としても事業の成功を導きやすくなる。

「経営者」に必要な知識

「経営者」になるためにはどのような知識が必要となるのであろうか。それらを解説していこう。

●経営戦略に関する知識

経営戦略に関する知識がなければ、戦略を策定することはできない。経営戦略には、どのような種類があり、どういったフレームワークを駆使して分析するのか、どんな手順で策定すべきなのかなど、経営戦略に関してさまざまな知識を理解しておく必要がある。

●会計に関する知識

「経営者」には、会計に関する知識も欠かせない。といっても、ある程度の企業規模であれば、会計担当者がいるはずだ。日々の会計実務は専門家に任せておいても良いが、少なくとも決算書を正しく読めて、自社の経営状況を客観的に理解できるレベルでなければいけない。特に、財務三表(貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書)については押さえておきたい。

●法律に関する知識

会社を経営するには、法律の基礎知識も重要だ。法律の種類も、民法や会社法、労働法、税法、中小企業基本法など多岐に及ぶ。それぞれが何に関するものなのか、何を規制・禁止しているのか、くらいは押さえておきたい。

●組織・人材マネジメントに関する知識

「経営者」には、組織や人材マネジメントに関する知識も必要になる。組織を動かすためにも、人材をマネジメントしなければならない。社員一人ひとりの性格や能力を把握し、各自がパフォーマンスを最大限に発揮できるよう最適な配置を行ったり、モチベーションを高めていく施策を講じたりする必要がある。

●マーケティングに関する知識

市場動向を把握できなければ「経営者」は務まらない。それだけに、マーケティングに関する知識もぜひとも身に付けておきたい。まずは、売上を確保しなければ事業は存続できない。どうしたら商品やサービスが売れる仕組みを作れるのか。「経営者」は常に考えていかなければならない。

「経営者」になるには

「経営者」になる方法は多岐に渡る。主なものを紹介しよう。

●起業する

最もシンプルなのが、自ら事業を立ち上げるという方法だ。法人として会社を設立する、個人事業主として開業するなど、さまざまな形態がある。自分の専門性を発揮しやすいのがメリットだが、会社として事業を始めるには資金が必要な他、所定の手続きを行わなければいけないデメリットもある。

●出世する

従業員が自らの能力を発揮し社内での職位を高めていき、「経営者」になるというパターンだ。なかには、アルバイトからスタートして「経営者」まで昇り詰めた例すらある。近年は、抜本的な改革の推進を目指して、優秀な社員を社長に抜擢する企業も見られるようになってきている。

●事業を継承する

自社あるいは他社の経営権を引き継いで経営者になるという方法だ。例えば、家族が事業を運営している場合には、事業継承で社長になることができる。また、事業の後継者を一般募集している企業もあったりする。

●経営者として雇われる

自らがビジネスを起こすのではなく、オーナーから経営スキルを評価してもらい、雇われ社長になるという方法だ。「経営者」としての責任を果たすのは当然だが、リスクはオーナーが担うことになる。最近は、外部人材をCEO(最高経営責任者)として招き、経営の立て直しに挑む事例も増えている。

●フランチャイズ制度で開業する

独立開業するとなるとリスクが伴うものだ。そのリスクを少しでも減らしたいということであれば、フランチャイズ開業は有効な方法だ。すでに実績を上げている会社の商標や経営ノウハウを利用して、自分の店舗を開くことができる。

●会社を買収して経営者になる

近年、M&Aなどによって会社の経営権や事業を引き継ぎ「経営者」になるケースが増えている。想定していた金額よりも安く買収が成立することも珍しくなかったりする。ただ、リスクがないわけではない。買収前にしっかりと相手先の業績や負債を把握しておかないと、思わぬトラブルに遭遇することになる。

「経営者」を目指すうえで役立つ資格

「経営者」を目指すうえで役立つ資格についても紹介しよう。5つの資格について、それぞれの特徴をまとめた。

●中小企業診断士

中小企業診断士は国から認められた経営コンサルタントであり、経営課題の分析や改善策の提案、資金調達のアドバイスなど、中小企業の発展・成長をサポートする専門家だ。経営学、財務諸表分析、経営戦略、マーケティング、人材マネジメントなど幅広い知識を問われる試験に合格し、実務補習を経て取得できる。「経営者」として必要な経営全般の知識を体系的に学べるため、自社の経営に直接活かせる実践的な資格と言える。

●MBA(経営学修士)


MBAは「Master of Business Administration」の略で、経営学修士と呼ばれる大学院修了者に与えられる学位だ。経営戦略論、経営組織論、マーケティング、会計学、ファイナンス、人的資源管理、技術経営など、経営に関する幅広い知識を体系的に学ぶことができる。経営に必要な知識を幅広く習得でき、課題解決を効率的に行う能力が身につくため、優秀な経営者になる近道とも言える。また、MBAホルダー同士で人脈を形成できる点も大きなメリットだ。

●経営士

経営士は一般社団法人日本経営士会の審査に合格することで取得できる資格だ。「経営」、「生産」、「販売」、「人事」、「財務」、「情報」など様々な分野の高度な知識を持ち、企業への経営指導やコンサルティング業務を行う。取得には経営管理の実務経験が5年以上必要で、筆記試験と面接試験がある。「経営者」として必要な知識を体系的に学べるだけでなく、経営コンサルタントとしての視点も身につけられるため、自社経営に役立つ。

●ビジネスマネジャー検定

ビジネスマネジャー検定は、マネージャーとして活躍が期待されるビジネスパーソンの土台づくりをサポートする検定試験である。「人と組織のマネジメント」、「業務のマネジメント」、「リスクのマネジメント」の3つのカテゴリーに分けて、管理職として必要な知識を体系的に学ぶことができる。業種や職種を問わない内容で、マネジメントの基礎知識を効率的に習得できるため、経営者として組織をまとめ、チームとして成果を出すための基礎力を養うのに適している。

●日商簿記検定

日商簿記検定は、企業の経営活動を記録・計算・整理して、経営成績と財政状態を明らかにする技能を測る検定試験だ。簿記を理解することで、財務諸表を読む力、基礎的な経営管理や分析力が身につく。また、ビジネスの基本であるコスト感覚も身につくため、経営者として財務面の意思決定を行う際に大いに役立つ。多くの企業が採用や人事制度に活用しており、経営者として会社の経営状態を正確に把握するための基礎知識として不可欠と言える。

「経営者」が孤独を感じる理由と対策

最後に「経営者」が孤独を感じやすい理由と、その時にどう対処すればよいかを解説していきたい。

●社員との価値観や立場の違い

「経営者」は会社全体の存続と成長を考える立場にあり、社員は自分の担当業務や部署の視点で物事を見がちだ。この視座の違いが、同じ出来事でもまったく異なる受け止め方を生み出すのは、ある意味致し方ない。経営者は厳しい決断を下さなければならない場面も多く、その苦悩を社員に打ち明けることは難しいものだ。この価値観や立場の違いが、社内で「誰にも本音を語れない」という孤独感を生み出す。

●交友関係が変化する

「経営者」になると、それまでの交友関係にも変化が生じる。かつての同僚や友人が「経営者」という肩書きに遠慮したり、ビジネス上の利害関係が生まれたりすることで、純粋な友情を維持することが難しくなる。また、時間的な制約から従来の交友関係を維持する余裕がなくなることも多い。新たな人間関係では「本当に自分を見ているのか、それとも経営者という立場を見ているのか」という疑念が生じることもある。

●相談相手がいない

経営上の悩みは専門性が高く、一般的な友人や家族に相談しても適切なアドバイスを得られないことが多い。また、社内の役員や幹部に相談すれば、自身の弱みをさらすことになり、リーダーシップに影響を与える恐れもある。競合他社の経営者とも本音で語り合うことは難しく、結果として「誰にも相談できない」という状況に陥りがちだ。

●一人での決断を迫られる

経営者は最終的な意思決定者として、重要な判断を一人で下さなければならない場面が数多くある。周囲の意見を聞いたとしても、最後の決断は経営者自身の責任だ。特に会社の存続に関わる重大な決断や、社員の雇用に影響する判断は精神的な重圧となる。この「誰も代わってくれない決断の重み」と「結果に対する責任の重さ」が、経営者特有の深い孤独感を生み出してしまう。

●孤独への対策

経営者の孤独に対処するには、同じ立場の経営者が集まる経営者団体や勉強会に参加し、共感できる仲間を見つけることが効果的だ。また、メンターとなる先輩経営者や、中立的な立場のビジネスコーチを持つことで、本音で相談できる環境を作ると良いだろう。家族との時間を大切にし、趣味や運動で気分転換することも有効だ。重要なのは、自分の弱さを認め、それを開示できる「強さ」を持つことで、周囲との心理的距離を縮めることができるということである。

まとめ

大企業は除くが、「経営者」になること自体は、それほど難しいことではない。今や株式会社であっても、資本金は1円でよい。その気になれば、いつでも起業して「経営者」を名乗ることは容易と言える。問題は、むしろ「経営者」になってからだ。事業を存続していくには、それ相当の覚悟を持たなければいけない。

ましてや、従業員がそれなりの人数となる場合には尚更だ。自分の経営判断が誤っていた場合、従業員の生活や人生を大きく変えてしまう可能性がある。責任が大きいだけに、プレッシャーも多大だ。しかも、「経営者」は悩みや課題を抱えていても周囲に気軽に相談ができないケースが多い。そのために、孤独感に陥る「経営者」も少なくない。人事担当者やマネージャーにできることは限られるかもしれないが、「経営者」に常日頃から寄り添う姿勢を期待したい。



よくある質問

●「経営者」とはどんな仕事?

「経営者」とは、会社や組織の運営に対して最終的な決断権と責任を持って、経営方針や経営計画を立案・決定する人の総称だ。主な仕事としては、「経営方針の決定」、「資金繰り」、「事業推進」、「社員の雇用・育成・評価」、「職場環境の整備」などがある。
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