
「ガバナンス」とは
「ガバナンス(governance)」とは、「統治」、「支配」、「管理」を意味する言葉で、企業においては、健全な経営をするための仕組みや管理体制を指す。企業が経営の透明性確保や不正行為の防止をしつつ、成長を続けていくために不可欠なものだ。ガバナンス体制を整えることで、企業は環境の変化に素早く対応できるようになり、また株主や顧客、従業員、取引先、地域社会といったステークホルダーからの信頼を得やすくなる。
●コンプライアンスとの違い
「ガバナンス」と類似した言葉として、コンプライアンス(compliance)がある。コンプライアンスは「法令遵守」を意味し、企業が法律や条例、社会規範などのルールや、企業理念や社会的責任CSR)を守ることをいう。コンプライアンスは「ガバナンス」を機能させるための重要な要素の一つと位置づけられる。一方で「ガバナンス」が適切に機能していれば、自然とコンプライアンスも強化されるという関係性がある。●内部統制との違い
内部統制は、業務の有効性と効率性、財務報告の信頼性、法令遵守、資産の保全を確保するための仕組みだ。「ガバナンス」と同様に健全な経営のための取り組みではあるが、内部統制は「ガバナンス」の枠組みの中で機能するものと言え、間違いを防止しつつ効率的に業務を進めていくことに主眼を置いている。●リスクマネジメントとの違い
リスクマネジメントは、企業が直面するリスクを把握し、その影響を最小限に抑えるための予防や対策を行うプロセスのことだ。リスクマネジメントが「リスクの予防・対策」にフォーカスしているのに対し、「ガバナンス」はより広い範囲での「管理・監督」に重点を置いている。つまりリスクマネジメントと「ガバナンス」は相互補完的な関係にあり、強固なガバナンスがあることで、企業のリスクマネジメントもより効果的に機能すると言える。●ガバメントとの違い
ガバメント(government)は主に「政府」や「行政」、「政治」意味する言葉だ。ガバナンスは「組織の統治」、ガバメントは「国の統治」を表すため、全く異なる概念と言える。知っておくべき「ガバナンス」関連用語
「ガバナンス」を理解するために、関連する重要な用語を解説していこう。●ガバナンス効果
ガバナンス効果とは、ガバナンス強化によってもたらされる効果のことをいう。ガバナンス体制が構築できれば、企業の意思決定プロセスが透明化され、株主や投資家からの信頼が高まり、企業価値の向上につながる。また、従業員のモチベーション向上や優秀な人材の確保などにも寄与する。●ガバナンス強化
ガバナンス強化とは、企業における管理体制や内部統制を充実させることを指す。具体的には、社外取締役や監査役の設置、企業理念の策定、内部通報制度の整備などが挙げられる。企業の持続的な成長のためには不可欠で、経済産業省は「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」や「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)」などの強化指針を発表している。●ITガバナンス
ITガバナンスとは、企業のITに関する戦略や投資、運用における意思決定と管理の枠組みを指す。経済産業省によれば「経営陣がステークホルダーのニーズに基づき、組織の価値を高めるために実践する行動であり、情報システム戦略の策定及び実現に必要となる組織能力」と定義されている。ITガバナンスの目的は、IT投資の最適化、情報セキュリティの確保、IT資産の効率的な活用などだ。情報システムが企業活動の中核を担う現代において、ITガバナンスの重要性はますます高まっており、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進する上でも重要となる。
●コーポレートガバナンス(企業統治)
コーポレートガバナンスとは、企業の組織的な不祥事を防ぎ、企業価値を長期的に向上させるための経営監視の仕組みである。社外取締役や社外監査役などの社外の管理者によって経営を監視し、株主やステークホルダーの利益を最大化することを目的としている。金融庁の定義によれば「会社が、株主をはじめ顧客・従業員・地域社会等の立場を踏まえた上で、透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」とされている。企業の適切な経営には、外部機関による監視や社内ルールの徹底が必要であり、「ガバナンスが効いている」状態とは、内外の統制がしっかり機能している状態を指すものだ。
●コーポレートガバナンス・コード
コーポレートガバナンス・コードとは、2015年に金融庁と東京証券取引所が策定した、上場企業向けのガバナンス指針だ。企業の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を目的としており、プリンシプルベース・アプローチ(原則主義)とコンプライ・オア・エクスプレイン(遵守か説明か)という2つの特徴がある。上場企業は「株主の権利・平等性の確保」、「株主以外のステークホルダーとの適切な協働」、「適切な情報開示と透明性の確保」、「取締役会等の責務」、「株主との対話」では、株主との建設的な対話を通じて企業価値の向上を図ることを推奨しています。という5つの原則に沿ったガバナンス体制の構築と状況開示が求められている。
●グローバルガバナンス
グローバルガバナンスとは、一国だけでは解決できない国境を越えた問題(環境問題、テロ、難民問題など)に対し、国家間の協力や国際機関の活動を通じて対処するための枠組みだ。「地球規模の諸課題を解決するための国際的な意思決定の仕組み」とも言える。企業経営の文脈では、「経営者が、経営目標達成のため、国内外のすべてのグループ会社の業務の適正を確保する仕組み」と捉えるケースが多い。コーポレートガバナンスが株主による経営者の監視・規律付けの仕組みであるのに対し、グローバルガバナンスは経営者自身が国内外のグループ会社を適切に管理するための仕組みであるという位置づけだ。
グローバル企業にとっては、各国の法制度や文化の違いを理解した上で、一貫したガバナンス体制を構築することが課題となり、また、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の拡大により、企業の社会的責任や環境への配慮も含めたグローバルな視点でのガバナンスが重視されている。
企業が「ガバナンス」を整備・強化するメリット
「ガバナンス」を整備・強化することで、企業は多くの恩恵を得ることができる。主なメリットを見ていこう。●企業価値の向上
「ガバナンス」強化によって透明性と公正性が高まることで、消費者や取引先、投資家といったステークホルダーからの評価が上がり、株価の安定的な上昇や業績向上が期待できる。さらに、ガバナンスが整備されている魅力ある企業として認知されれば、サービス利用者や株主に安心感を与えることができ、サービス価値や利用量が増加し、顧客獲得や取引拡大にもつながるだろう。●持続的な成長
「ガバナンス」体制が整備されていれば、企業は変化の激しい市場環境にも柔軟に対応し、長期的な成長を維持できる。例えば、リスク管理の仕組みが整っていることで、問題の早期発見ができ、事が大きくなる前に対処できる。経営資源である人材、資本、時間などを有効活用しながら、5年後、10年後を見据えた長期的な計画が立てやすくなるのも、ガバナンス強化のメリットだ。●不正・不祥事の防止
「ガバナンス」の整備は、企業の不正や不祥事の防止に直結する。内部統制や監視がしっかり機能することで、不正行為が発生しにくくなるからだ。仮に不正の兆候があったとしても、早期に発見し、対処しやすくなる。特に重要なのは、経営トップによる暴走や独断を防ぐことだ。社外取締役の導入や監査機能の強化により、経営陣の行動を客観的に監視・評価する仕組みを整えることで、企業の私物化や独裁的な意思決定を防止することができる。
また、内部通報の制度が整備されたり、企業倫理が浸透されたりすることで、組織全体のコンプライアンス意識が高まることも大きい。従業員個々による不祥事発生リスクの減少にもつながる。
●資金調達の円滑化
投資家や金融機関は、ガバナンス体制が整った企業に対して、より高い信頼を寄せる。「ガバナンス」により財務の健全性や経営の透明性を担保できるからだ。特に近年は、ESG投資の拡大により、投資家は投資先企業のガバナンス体制を厳しく評価する傾向にある。銀行などの金融機関も、「ガバナンス」が整備されている企業は、経営上のリスクが低く、返済能力が高いと判断する。結果として、融資条件の改善や融資枠の拡大が見込める。
「ガバナンス」が効かないとどうなる?
「ガバナンス」が機能不全に陥ると、企業は様々な悪影響を受けることになる。最悪の場合、企業の存続すら危うくなる恐れがある。以下にその悪影響を説明していこう。●企業価値の低下
「ガバナンス」が機能していないと、投資家やアナリストからの評価が下がり、株価の下落につながるばかりか、ステークホルダー(顧客、取引先、従業員など)からの信頼も失い、取引関係が破綻することにもなりかねない。不透明な経営が続けば、当然優秀な人材は離れていき、顧客も他社へ流れていくだろう。社会的な評価や信頼の低下は企業ブランドの価値を下げ、長期的な収益力の低下に発展する。一度失った信頼を取り戻すには、膨大な時間とコストがかかることを認識しなければならない。●不正・不祥事のリスク
「ガバナンス」が効いていない企業では、内部の監視体制が不十分なため、業務プロセスにおいて不正や不祥事が発生するリスクが高まる。例えば、経営者自身が内部統制を無視したり、取締役会の監督機能が働かなかったりすると、専横的な経営となる恐れがあり、各業務がブラックボックス化してしまうと、企業内の管理統制ができなくなってしまう。その結果、深刻な不祥事が発生すれば、消費者や投資家から大きな批判を受け、最悪の場合、経営不振となり倒産に至ることもある。●企業の活動・成長の妨げ
「ガバナンス」の欠如により権限と責任が不明確なままだと、組織内での意思決定の遅れや混乱が生じ、企業の活動や成長が妨げられてしまう。グローバル化が進む現代では、「ガバナンス」の機能不全は致命的だ。急速な環境変化に対応できず、国際競争で後れを取り、また海外のステークホルダーへの対応や異なる価値観・文化への適応ができず、成長の機会を逃してしまうことになる。「ガバナンス」を強化する方法
企業の「ガバナンス」を強化するためには、様々な取り組みが必要となってくる。以下にその方法を紹介していく。●経営陣の意識改革
「ガバナンス」強化の第一歩は経営陣の意識改革だ。健全な企業経営を進めていくためには、経営トップがこれまでの行動や姿勢を振り返り、内部や外部の意見を積極的に取り入れる姿勢が不可欠と言える。その上で意思決定プロセスの透明化を図り、独断専行的な決定を避けなければならない。さらに、役員を含む全従業員に対してガバナンスの重要性を伝える機会を定期的に設け、経営者が率先して企業全体の方向性を明確に示すことで、組織文化として根付かせることができるだろう。
●行動準則や倫理憲章の定義と周知
法令遵守は前提として、そのうえで、組織の価値観と期待される行動を明確に示す行動準則や倫理憲章を策定することはガバナンス強化に有効となる。取締役会は、この行動準則や倫理憲章の策定と適時の見直しに責任を持ち、全従業員への浸透を図ることで、社内全体のコンプライアンスの徹底につながる。●内部統制の強化
不正行為や不祥事を未然に防ぐために重要なのが内部統制の強化だ。具体的には、業務フローなど従業員が遵守すべき社内ルールの可視化や、監視体制の整備などの取り組みである。業務を属人化せず、プロセスの透明性を確保し、また定期的に内部監査を実施することで、課題点を洗い出していく。また、従業員の不満が不正の原因となることも多いため、日頃から声に耳を傾け、処遇や労働環境の改善にも取り組んでいきたい。
●外部からの監視の強化
第三者による客観的な監視体制を築くことは、経営陣や従業員による不正を未然に防ぐ有効な手段だ。社外取締役や社外監査役など、企業と利害関係のない人物を起用することで、より公正な視点からの監督が可能になる。外部による監視体制が整備されれば、内部だけでは見逃しがちな問題やリスクを早期に発見し、迅速かつ適切な対策を講じやすくなる。
●法規制の整備
「ガバナンス」の強化において、法令順守は不可欠だ。株主の権利と平等性の確保、適切な情報開示と透明性の確保、取締役会の責務などの原則が定められたコーポレートガバナンス・コードに形式的に対応するのではなく、実効性のある取り組みが求められている。「ガバナンス」強化の推進における注意点
社内の「ガバナンス」強化を進めるうえで、いくつかの重要な注意点がある。主な4つを紹介しよう。●目的意識を明確にする
「ガバナンス」強化の取り組みを成功させるためには、その目的を明確にすることが重要だ。単に「他社がやっているから」、「法規制で求められているから」といった受け身な理由ではなく、自社の持続的成長や企業価値向上にどのように貢献するのかという観点から目的を設定する必要がある。例えば、「経営の透明性を高め、ステークホルダーからの信頼を獲得する」、「リスク管理体制を強化し、不祥事を防止する」、「意思決定の質を向上させ、中長期的な企業価値を高める」など、自社の状況や課題に応じた明確な目標を設定することが大切だ。
●意味がわかりやすい言葉を選ぶ
そもそも「ガバナンス」、「コンプライアンス」、「内部統制」といった言葉自体が難しく感じられる場合もある。「ガバナンス」に関する取り組みを組織全体に浸透させるためには、わかりやすい言葉で説明する必要がある。自社の文脈に合わせて噛み砕き、具体的な行動や事例に落とし込んで説明することで、従業員の理解と共感を得やすくなるだろう。●継続的に取り組む
「ガバナンス」強化は一度の取り組みで完結するものではない。企業を取り巻く環境の変化に応じて、継続的に見直しと改善を行っていかなければならない。また、従業員へのコンプライアンス教育や、リスク管理に関する研修も継続して行うことで、組織全体のガバナンス意識を高めることができる。●従業員の負担にならないようにする
「ガバナンス」強化の取り組みが従業員の過度な負担となり、本来の業務を圧迫するようでは本末転倒だ。複雑すぎるルールや煩雑な手続きは、業務効率の低下や従業員のモチベーション低下につながる可能性がある。そのため、必要最小限のルールを設定し、業務フローを見直すことで、効率的なガバナンス体制の構築を目指したい。ITツールの活用や業務の自動化を検討し、作業負荷を軽減するのも有効だ。まとめ
「ガバナンス」は義務ではなく、企業の未来を切り拓く戦略的投資と言える。ガバナンス体制を構築するには、形式的な法令順守ではなく自社に応じた実効性のある仕組みが重要だ。人事担当者や経営層としては、明確な目的意識のもと、わかりやすい言葉で全社的な理解を促進し、継続的な強化に寄与していくことが求められる。●経済産業省:コーポレートガバナンスに関する各種政策について
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よくある質問
●「ガバナンス」と似た言葉は?
「ガバナンス」と似た言葉として、「コンプライアンス」がある。コンプライアンスは「法令遵守」を意味し、企業が法律や条例、社会規範などのルールや、企業理念や社会的責任CSR)を守ることをいう。コンプライアンスは「ガバナンス」を機能させるための重要な要素の一つと位置づけられる。- 1