日本人がケアすべき法律
――日本ではなじみが薄い、気をつけなくてはならない法律はありますか?町田 まず、外国人は人事労務を担当する役職に就けないことになっています。インドネシア人しか人事労務に関連する書類にサインしてはいけないのです。違反していると、最悪は強制退去です。
他にも、病欠は医師の診断書が出れば何日でも公傷扱いになることや、退職金の支払いが労働法で義務づけられていることも、日本ではなじみが薄いといえるでしょうか。また、退職金についてはかなり手厚いルールになっており、基準を下回ると違反になります。さらにこれは、労働法関連とは関係ないですが、黒魔術に関する規定が刑法等(※2)で言及されていたりもしますので、自分たちの常識を当てはめようとするのではなく、この国独自の考えを知ることが大事だと思います。
(※2)
・刑法545条:生計の手段として占いを行う者は禁固又は罰金。
・刑法546条:自然を超越した力を持つものとしてお守りや護符を所有、販売、購入した者は禁固又は罰金。
・刑法547条:法廷で証人がお守りや護符を身に着けていた場合は禁固又は罰金。
・改正刑法案271条:他人を病気、死亡、心身障害に陥らせる超自然力を有すると宣伝する者は禁固又は罰金。
日系企業・日本人が努力すべきこと
――日系企業・日本人がこの国で活躍するために気をつけるべきことは何でしょうか? 先生のご意見やアドバイスをお願いします。町田 インドネシアに限ったことではありませんが、外国で事業を行うことはリスクがあるということをまず認識しておくべきです。問題が起きた場合、外国人である我々にできる手段は限られています。インドネシアは親日的な国と言われていますが、その言葉を鵜呑みにしてはいけません。確かに、インドネシアの独立戦争を助けた日本兵に感謝してくれていたり、J-popや日本のアニメが大好きな若者がいたり、日本に好意を持ってくれている方々はたくさんいます。ですが、歴史や人の感情はそんなに単純ではありません。いろいろな事実や意見のある人がいることを知るべきです。ただ、法律も慣習も、まだまだ未発達な部分はありながら、インドネシア人は根本的に“人がいい方”が多いと思います。当たり前のことかもしれませんが、お互いを尊重しあって信頼関係を作っていけば、従業員も愛着を持って働いてくれると思います。
インタビューを終えて
町田先生からは一般的な法律論だけでなく、外国で働く日本人の心構えともいえる、大切なことを教えていただいたように思う。町田先生がおっしゃっていた独立戦争に参加した日本兵27名は、カリバタ英雄墓地という場所に埋葬されている。私はインドネシアにきて間もない頃に、ここを訪れた。日本人だけでなく独立戦争で戦績をあげたすべての方々が埋葬されているため、かなり大きな墓地で、私ははじめ、どこに日本人が埋葬されているのかわからず途方に暮れていた。すると、掃除をしているインドネシア人のおじさんから「オランジュパン(日本人)?」と聞かれ、ウンと頷くと、日本人が眠るお墓に案内してもらえた。当時私はインドネシア語がさっぱり理解できなかったが、この時のおじさんの温かい笑顔が印象的だった。
後日、この経験をあるインドネシア人の友人に伝えた。「インドネシアと日本は強い信頼関係があるんだな」と。しかしなぜか彼は複雑な表情をしていた。後からわかったことだが、彼はオランダ側(インドネシアは独立前、オランダ統治下にあった)についていた元王族の子孫であった。そのため、彼自身は日本が大好きだが、「おじいちゃん・おばあちゃんの代は日本にあまりいい思いを持っていない」ということだった。
このような繊細な議論は度々経験がある。西パプアで裸族たちの家に泊まった夜、暗闇の中で彼らと歴史の話になった時は、お互い白熱した議論となった。これはまた、機会があれば書こうと思う。いずれにしても、黒魔術の話しかり、労働法の話しかり、自分の常識を振りかざさず、しっかりした情報を集められるよう、今後もいろいろな人と話をしようと思う。
過去は変えられないが未来は自分たちで創ることができる。いまを熱く生きて、日本とインドネシアをもっといい関係にしていきたい。
▼カリバタ英雄墓地にある日本人兵のお墓
町田憲昭(まちだ のりあき)さん
日本法弁護士。東京大学法学部卒業。2003年より西村あさひ法律事務所所属。2010年よりジャカルタの現地法律事務所に駐在し、合弁組成、企業買収、労務問題、不祥事対応など企業法全般についてアドバイスを提供している。
※2018年3月29日、インドネシアでの解雇のルールに関して追記しました