「安全」な状況下で「タフで異質な経験」を求めてさまよう人事部
実は、大手企業同士では「他社留学」の取り組みが密かに本格化しようとしています。すでに関西方面では、大手企業発信でトライアルを始めようとしているという噂も耳にしました。なぜここまで他社留学が求められているのでしょうか。その背景には、次世代経営者候補や管理職候補不足があります。現在の日本の大手企業における経営陣は50~60代が中心となっているところがほとんどでしょう。彼らはバブル期と氷河期、「失われた20年」を過ごしています。そして、90年代以降に加速した日本企業のグローバル展開も経験しています。なかには、リーマンショック時の不況に対応するため海外拠点の閉鎖やリストラなどの修羅場をかいくぐった方もおられるでしょう。こうした多様でタフな経験をした方々が現在の経営陣になっていると考えられます。しかし、一方で現在の成熟した環境でこのような経験を再現するのはなかなか難しい状況です。
今の50~60代の経営陣のように不確実な時代を乗り越えることができる次世代経営者候補や管理職層を育成するためには、多様で、タフで、異質な経験をさせることが不可欠です。人は日常とは違う場に身を置いて初めて普段の環境と比較することができ、自分のいる状況や自分自身を客観的に振り返ることが可能になります。また、タフな経験は仕事の能力を格段に上げてくれます。
しかし人事部としては、「安全で」という枕詞をつけたいのが本音です。タフな経験をさせたいのは山々ですが、最近の若い世代は、自分の意図に関係なく環境によって鍛えられたシニア・ミドル世代とは異なり、タフな経験を受け止められず離職につながるリスクが高まってしまいます。優秀人材にはなるべく早いタイミングで経営者候補となれる経験をさせたい。でも社内にはそういった場が用意できない。そして、刺激の強すぎる環境では離職してしまう。このように、社内には「経験の場」がないと悩んだ末に人事部がたどり着いたのが「他社留学」なのです。
大企業が交換留学で「経験の場の“シェア”」を開始
大企業の人事部同士は、「経験の場」が社内にないという同じ悩みを抱えていることに気づき始めています。そこで、「交流が深く、担当者の顔を互いに知っている大手企業同士でなら、社員を出向させてもリスクはそんなに高くないのではないか」と考え、「他社への交換留学」に取り組もうとしているのです。ここには大手企業の悩みがもうひとつあります。これまでも優秀人材を留学させたり海外派遣したりしてきましたが、優秀人材が長期間不在になると社内の業務が回らなくなるという弊害が発生していました。特に、就職氷河期の影響で、会社の実働部隊であるはずの中間層が不足しています。そのため優秀な若手~中堅人材を社外へ派遣することは、場合によっては業績に影響を及ぼすほどの痛手となります。そのため、ここでも大企業同士の交換留学が有効手段となるのです。
大企業出身の優秀人材であれば、信用もありますし、大企業の組織ルールにも馴染みがあります。安心して優秀な人材を社外に出向させることができるとともに、優秀人材の不在不足を「他社からの受け入れ」という形式で補うことができます。お互いに足りないものは「経験の場」なので、「うちの優秀人材を御社に出向させるかわりに、御社も優秀人材をうちへ出向させてください。その間、こちらできちんと育てますよ」という約束が比較的容易に成り立ちます。大企業は、このような取り組みを通じて、経験の場を“シェア”しているのです。
先述のとおり、すでに大手有名企業ではトライアルが始まろうとしています。大手企業で先行事例ができれば、他社留学への取り組みは加速していくでしょう。「転職」や「副業」に次ぐ新たな働き方の選択肢として「他社留学」が当たり前になる日はそう遠くはないでしょう。
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