人工知能が「働く」を変える
株式会社ワークスアプリケーションズ
代表取締役最高経営責任者 牧野正幸氏
ProFuture株式会社 代表取締役社長
中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授
寺澤康介
スマホの入力サポートなど、人工知能が身近なところで活用されるようになりました。企業内で使われる様々なシステムも例外ではありません。とはいえ本格活用はまだまだこれから。そこで、世界初の人工知能搭載業務アプリケーションを発売したワークスアプリケーションズ代表取締役最高経営責任者の牧野正幸氏に、人工知能によって我々の仕事がどう変わるのかお話ししていただきました。
機械学習の実用化が始まった
当社は昨年、人工知能を搭載した基幹業務システムをリリースしました。
話題の人工知能ですが、実はこれが3回目のブームです。日本でも以前から研究自体は活発に行われていましたが、そこから商用に至る谷が深く、猛烈な勢いでアメリカ──特にグーグルに追い上げられてしまいました。今ではフェイスブックなども含めたシリコンバレーの会社が抱える人工知能系開発者の数が圧倒的に多くなっています。また、アメリカと同じくらい人工知能系のエンジニアを抱えているのが中国とインドです。中国とインドは世界でもトップクラスの学生が大量にいますから、今後、彼等がこの分野の主軸になっていくのは間違いありません。
日本にも立派な研究者が大勢いるのですが、それに続く学生の数が圧倒的に少ないのが現状です。我々は人工知能を扱えるエンジニアの採用を積極的に行っていますが、日本は払底状態です。そこで、今弊社が力を入れているのが中国とインドからの採用です。人工知能系エンジニアの半数は海外からの採用になっています。
さて、今は第3次人工知能ブームといわれています。第1次はエキスパートシステム、第2次は機械学習、現在の第3次はディープラーニングという技術に注目が集まっています。ただし、実用化という意味ではディープラーニングはまだまだ先で、現在は機械学習の技術がようやく実用化されつつあるという状況なのです。
ただし、機械学習でもいろいろなことができます。みなさんもそれは実感されているはずです。たとえば、スマートフォンがこれだけ普及した一因は、機械学習の技術によって文字入力が楽になったからです。よく使われる単語が自動的に学習され、使えば使うほど語彙が増えていきます。なおかつ自分が入力した単語の優先順位がどんどん高まっていく。非常に便利です。
では、そんな便利な人工知能の存在をみなさんの職場で感じるかというと、残念ながら感じることはほとんどないと思います。なぜかというと、人工知能を使ってシステムを作るには、莫大なコストがかかるからです。そのため、これまで企業内のシステムに人工知能を導入することはほとんどありませんでした。しかし、これからは変わっていきます。
人工知能の導入で人は単純作業から解放される
では、今後、企業内のシステムのどこに人工知能を使うと良いのでしょうか。
まず入力業務です。企業内では繰り返しの情報入力がたくさんあります。人工知能にとって、入力は得意分野です。過去に入力したデータや、そのときに行われた操作を学習しますので、必要なデータを予測して表示し、後は承認するだけという形にすることができます。
ほかに企業内で人工知能が使えるものとして、パーソナルアシスタントといわれるものもあります。「そろそろ新入社員の受け入れ時期ですので社会保険の手続きを完了した方がいいと思います」など、人、部門、会社の動きを学習して、いろいろなサジェストをしてくれます。
作表業務でも人工知能は役立ちます。過去にユーザーがやった操作、あるいは部門のほかの人達がやった操作を人工知能は覚えます。そして、この処理の時にはこうすればいいということをサジェストしてくれるようなります。ボタン一つで表を作ることができるようになるわけです。
当然、入力業務は激減します。当社では人工知能を入れることで、人事や財務のデータの作表時間が7割くらい、単なる入力に関しては8割くらい減りました。
人工知能を活用できるシーンは、もちろんこれだけではありません。人工知能はすべてのユーザーの操作を、「やっぱりこれじゃない」と取り消した操作も含めて学習することができます。いわゆるオペレーションログと呼ばれるもので、それが人工知能の経験値として蓄積されていくわけです。これを活用すれば人事業務にイノベーションが起きます。
たとえば採用の時、このクラスの大学で、面接の評点がこのくらいの学生は不採用にしようといった判断をみなさんしていると思います。毎回、同じレベルの人材が同じ人数、応募してくるのなら話は簡単です。しかし、人材のレベル、応募者数、採用人数は毎年違います。人事担当の方はいろいろなことを考えながら、微妙な判断を下しているわけです。
昇格の判断も同様です。その時々の会社を取り巻く状況や昇格対象者の人数、レベルなど、いろいろなことを考えて判断しているはずです。
これらは、一見、長年の経験に基づく「勘」で行っているように思われます。しかし、頭の中に自分でも気付かないような一種のルールができていて、それに基づいて判断を下しているのです。
人工知能は、あなたが候補者を選んだり、落としたりするのを見て、どのような条件で選んでいるのか、どのような条件で落としているのか学習します。つまり人事担当者の「経験値」や「勘」と呼ばれるものをコンピュータに蓄えることができるわけです。これを使えば、採用や昇格がより適切にできるようになるはずです。
ただし、人事業務を全部コンピュータに任せられるかというと、そうではありません。人工知能といっても考える能力はありません。人間がやることを学習するだけです。新しい制度や新しい採用方針を考えるといったことはできません。ほかに、人間でなければできないのがコミュニケーションです。これはコンピュータがどれほど進化してもできないと思います。相手の反応を見て話し方を変える、理解させるといったことは人間だけにできることです。
人工知能の導入で人事業務にイノベーションが
話を戻して、もう一つ人事業務にイノベーションをもたらす可能性があるものとして、バイラルな情報の収集があげられます。これまで人事部門が集める情報といえば、自己申告とか、上長の評価などでした。
人工知能は、業務で使っているSNSやメッセンジャーのやり取りを自動で収集・分析することができます。これにより、これまでの自己申告や上司の評価に加えて、その部門のコミュニケーションの中心は誰なのか、みんながどう思っているのかといった情報を集めて、タレントマネジメントに活かすことができるのです。
今、IoTと人工知能を組み合わせて情報の収集・分析をし、経営に活かそうという研究が進んでいます。実は当社でも試験的にやっていまして、社員はICカードのようなタグをぶら下げています。これによって、その人の声のトーンや発言量をずっと記録するわけです。たとえば会議で、発言内容までは記録できませんが、誰かの発言に対して、肯定的なイントネーションで答えている、否定的なイントネーションで答えているといった情報を取ることができます。
アメリカのある大学の研究では、同様のことをして組織を活性化しているキーパーソンを割り出すことに成功しています。
その人が異動してくると、コミュニケーションが活性化されて、その部門の業績があがる。ところが、その人自身は業績が良くなくて、評価されていない。そういう人がたくさんいることが分かったのです。
以上、人工知能を活用することで、何が変わるのかいろいろとお話してきました。
人工知能を活用することで、人間は単純作業から解放されます。人間は、今まで「知識」ベースでやっていた仕事を、「知恵」ベースのものに変えていかなくてはなりません。経験値では対応できない新しいものを考えることが仕事になります。つまり、人の仕事は知識から知恵に向かっていく──人工知能が普及すれば、人事に限らずあらゆる業務でそうなっていくと思います。
以上で私のお話を終わりたいと思います。御静聴、ありがとうございました。
[トークセッション]
寺澤 |
牧野さんありがとうございます。お話の冒頭に御社の製品の話が出てきましたがERPに人工知能を搭載したのは世界初ですか。 |
牧野 |
そうですね。昨年、ラスベガスで日本に先駆けて発表したんですが、向こうでも世界初だと報道されていました。 |
寺澤 |
最近、1000人くらい、人材を採用されたと伺いましたが。 |
牧野 |
そうですね。今春に約1000人が入社しています。今後、順次海外の学生も入ってきますから、さらに増えますよ。 |
寺澤 |
すごいですね。つまり、人工知能がスタンダードになっていくということですね。世界でも、人工知能が扱える人材の獲得競争になっています。トップクラスのエンジニアはお金だけで動かなくて、世の中を変えていこうという夢を持っているなんて話を聞きます。 |
牧野 |
そこまで考えているかはともかく、海外のトップクラスのエンジニアは最先端の仕事をやらせないと辞めてしまいます。日本ではよく、2か月間工場の現場を見てこい、なんてことをしますが、海外のトップエンジニアは耐えられません。 |
寺澤 |
人工知能がどんどん使いやすいものになっていくと、働き方、仕事の仕方にも影響が出てくるのでしょうか。 |
牧野 |
先程お話したSNSやメッセンジャーに人工知能を組み合わせると、いろいろな情報が集まるようになります。この人は、こんな仕事がしたくて入社したんだとか、この部署に異動したいと思っているんだといった情報ですね。それをもとに人材の配置を考えるといったこともできるようになると思います。 |
寺澤 |
なるほど、これから人工知能が人事業務にも大きな変化をもたらしそうですね。本日はありがとうございました。 |
協賛:サムトータル・システムズ株式会社
牧野 正幸 氏
株式会社ワークスアプリケーションズ
代表取締役最高経営責任者
大手建設会社を経て、ソフト会社に入社。その後、大手コンピュータメーカーに出向、システムコンサルタントに。1996年にワークスアプリケーションズを設立。「20万人の学生があこがれる経営者アワード PERSONALITY部門」第1位 (LEADERS’AWARD)や「理想の経営者No.1」に選ばれるなど、今最も注目を集めるIT企業の経営者である。主な著書に『君の会社は五年後あるか? 最も優秀な 人材が興奮する組織とは』(角川書店)、『「働きがい」なんて求めるな。』 (日経BP社)など。
寺澤 康介
ProFuture株式会社 代表取締役社長 /
中央大学大学院戦略経営研究科 客員教授
1986年慶應義塾大学文学部卒業。同年文化放送ブレーン入社。2001年文化放送キャリアパートナーズを共同設立。常務取締役等を経て、07年採用プロドットコム株式会社(10年にHRプロ株式会社、2015年4月ProFuture株式会社に社名変更)設立、代表取締役社長に就任。約6 万人以上の会員を持つ日本最大級の人事ポータルサイト「HRプロ」、約1万5千人が参加する日本最大級の人事フォーラム「HRサミット」を運営する。 約25年間、大企業から中堅中小企業まで幅広く採用、人事関連のコンサルティングを行う。週刊東洋経済、労政時報、企業と人材、NHK、朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、アエラ、文春などに執筆、出演、取材記事掲載多数。企業、大学等での講演を年間数十回行っている。