裁判外紛争解決手続(ADR)とは
一般的に、労働者は企業との間でトラブルが起こった場合は、労働局や労基署などの相談コーナーに駆け込むことが多い。ひと昔前は、労働組合に話を聞いてもらい、社内で解決を図ったが、非正規雇用の増加による労組の弱体化、いじめ・嫌がらせ、パワハラ、賃金不払いといった法律違反や個別の権利に関する問題が増えたことにより、社外に相談を持ちかける件数が増加した。相談を受けた中で、深刻な問題に関しては、まずは都道府県労働局長が助言・指導を行う。これは労働局長が判例や法令、専門家の意見などを基に紛争の問題点を指摘し、当事者間での自主的な解決を促進する制度である。それでも解決しない場合に、ADR、労働審判、裁判といった別の機関で紛争解決の手続きをすることとなる。
「ADR」とは裁判外紛争解決手続のことで、これの利点としては、手続が裁判に比べ迅速かつ簡単、費用が無料で問題を早期に解決する事ができ、かつ内容は関係者以外に非公開でプライバシーが保護されるということが挙げられる。労働問題については、労働局が行う行政ADRが主になる。
具体的には、「紛争調整委員会」によるあっせんを言う。労働者か事業主のどちらか一方または双方が申請することで手続が開始され、弁護士や大学教授、社労士などの労働問題の専門家により組織された紛争調整委員会が、双方の主張を確認したうえで、当事者間での話し合いを促進し、円満な解決を図っていく。
両当事者が希望した場合は、具体的なあっせん案を提示することも出来るが、実際には話し合いにより解決する場合がほとんどだ。
なお、男女雇用機会均等法、育児・介護休業法、パートタイム労働法に関する労働問題については、あっせんではなく、調停委員会による調停を行うことになる。
具体的には、セクハラや妊娠・出産による雇い止め、同一労働同一賃金に関する問題などが該当する。あっせんと調停は、基本的には大きな違いがないが、あっせんが当事者間の話し合いを促進していくことが前提であるのに対し、調停は調停委員が調停案(解決策)を作成・提示するということを前提としている点で異なる。
弱い立場にある労働者を保護するため、労働者があっせん・調停を申請したことによる解雇、減給、契約更新の拒否、などといった事業主による不利益な取扱いは、法律で禁止されている。
労働審判とは
あっせん、調停でも解決に至らなかった場合や、解雇をめぐる対立、給料の不払いや退職金などのトラブルで請求金額が多い場合など、裁判を起こすこともあるが、いきなり裁判をするのは金銭や時間の面でハードルが高いと考える方が多いのではないだろうか。その際は、「労働審判」の手続きを行うことも出来る。労働審判とは、地方裁判所が実施機関である。労働審判官(裁判官)と労働の専門家である労働審判員2名が、労働紛争の争点の整理や証拠調べなどを行い、原則3回以内の期日で審理し、適宜話合いの解決(調停)を試み、まとまらなければ紛争の実情に応じた解決案の提示(労働審判)を行う、という制度である。
簡易的な裁判のようなものだが、裁判と異なるのは、手続は非公開で行われること、また、訴訟をした場合と比べて掛かる時間が平均して約4分の1以下と大幅に短く、その分コストも低いという点である。とは言え、裁判と同じように代理人(原則弁護士)をつけることもできる。また、話し合い(調停)による合意の成立や提示された解決策に異議がない場合は、裁判上の和解と同一の効力を有する。
前述のあっせん・調停は、話し合いが成立しなければそこで終了してしまうのに対し、労働審判に対する異議申立てがあれば、必ず訴訟手続に移行するという点が、最も大きな違いと言えよう。
なお、参考として、各手続の「解決金額」および「制度利用期間」の“中央値”を見てみると、相談・あっせんの場合は15万6400円でかかる期間は1.4ヵ月、労働審判の場合は110万円でかかる期間は2.1ヵ月、裁判で和解が成立した場合だと230万円でかかる期間は9.3ヵ月(「個別労働紛争解決制度施行状況」、「司法統計」より)となっている。
セクハラやパワハラ、未払い残業代、同一労働同一賃金など労使間のトラブルは、その種類や性質も多様化し、労働者の権利意識や法律などに関する知識も高まっている。労働者が従来よりも気軽に、ADRや労働審判制度を利用して問題の解決を図っていこうとすることも想像に難くない。
企業サイドには、今後ますます、労働者との日頃のコミュニケーションを積極的に取ることや、労基法をはじめとする法令を常に遵守することが求められるだろう。