「退職」の原則とその種別
社員の「退職」に関しては、原則として「辞めるのは、労働者であるあなたの自由ですよ」ということになっている。法律で「退職の自由」が認められているためだ。「退職」には、労働者が自ら辞める「辞職」、使用者からの「解雇」及び労働者と使用者が合意することによって契約を解消する「合意退職」がある。その原則は民法第627条第1項に定められている。【民法第627条第1項(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)】
1 当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申し入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申し入れの日から2週間を経過することによって終了する。
ここで規定されているのは、上述の「辞職」「解雇」に関してだが、雇用期間の定めのない労働契約、いわゆる正社員の場合、各当事者は2週間の予告期間をおけば、「いつでも」「いかなる理由があっても」解約できるとされ、退職の自由が原則となっている。もっとも、「解雇」に関しては経済的・社会的に弱い立場にある労働者に与える打撃が著しく大きいために、労働法規による規制を受け、大きく修正されているが。
一方、労働者側からの解約(=辞職)は、職業選択の自由(憲法第22条)や奴隷的拘束の禁止(憲法第18条)という憲法上の権利が保障されていることの帰結として、修正を受けることなく原則どおり認められており、労働者側からの退職の意思表示が使用者に到達してから2週間を経過すると、労働契約は終了することになる。
ただし、純然たる月給制(遅刻、欠勤による賃金控除がない)の場合は、解約は翌月以降に対してのみ行うことができるとされている。しかも、当月の前半においてその予告をなすことを要する。
【民法第627条第2項(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)】
2 期間によって報酬を定めた場合には、解約の申し入れは、時期以後についてすることができる。ただし、その解約の申し入れは、当期の前半にしなければならない。
さらに、6ヵ月以上の期間によって報酬を定めた場合(年俸制など)は、3ヵ月前に予告をすることが必要とされている。
【民法第627条第3項(期間の定めのない雇用の解約の申入れ)】
3 6箇月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申し入れは、3箇月前にしなければならない。
「合意退職」とは、合理的な事由があるとの理由で、民法上の2週間の原則を1ヵ月あるいは3ヵ月という長めの解約申出期間を設定し、契約当事者が双方の合意により労働契約を解消することをいう。これについては、労働者の退職の申込の時期、使用者の承諾の有無・時期などに法的規制はないため、就業規則等で自由に定めることが可能であり、有効でもある。
ただし、数ヵ月に及ぶような長期の予告期間を設定し、その必要性が疑われるような場合は、民法第90条により公序良俗違反として、無効とされることもあり得る。何事も起こらなければノープロブレムだが、ひとたび争訟が起これば、最悪の事態は覚悟しておかなければならない。
企業としてはどのような対応が適切なのか
まず、前項で述べた労働者の退職の自由と民法上の原則を十分に理解することである。そのうえで、例外的措置として、合意退職をしっかりした事由とともに位置づける必要がある。「辞職」と「合意退職」は元来性質が異なるものであるから、就業規則に規定する際には、明確に区別しなければならない。なぜなら、両者が明確化されていない就業規則の場合、労働契約の終了つまり退職について、法律か就業規則かいずれか労働者に有利な方が適用されることになってしまうからである。労働者に有利とは、退職の意思表示後、より早期に退職できることを意味する。次は、「合意退職」の規定の内容を明確化するとともに、その趣旨を労働者に理解してもらう努力を惜しまないことである。数ヶ月前までに退職の申込をしてもらう企業経営上の趣旨、その申込には原則として使用者は承諾すること、退職願の書式を示すこと、などなどである。これは、日頃からの労務管理において労使の信頼関係を確立することと同義でもある。
最後に、企業としては、労働者が「辞職」ではなく「合意退職」を選択してくれることに人事管理上の価値を置いているわけであるから、意識して「合意退職」に誘う制度を整備することも有効かもしれない。例えば、退職金制度がある企業であれば、一定額を上乗せするとか、退職により消滅してしまう「年次有給休暇」について、「辞職」の場合は買い取らないが、「合意退職」の場合は買い取る、など両者に差をつけることも考えられよう。このようなインセンティブを付与することで「合意退職」に導く手法も、ある程度の効果はあるのではないだろうか。
株式会社WiseBrainsConsultant&アソシエイツ
社会保険労務士・CFP(R) 大曲義典