このような学習方法は、WEBでの自己学習とクラスルームの集合学習の組み合わせによる学習で学習効果をより高めるものである。
しかし、このような学習方法になれば、いくつか課題も考えられる。例えば、クラスルームの学習の在り方が変わる。講師や先生は知識や情報を伝える役割より、いかに生徒の意見を引き出し、個人学習では学べなかった学習を引き出すファシリテーションを行うかが重要になる。
また、WEBでの学習は、自分のペースで行えるメリットもある反面、つまらないと思えば、著しく学習ペースが遅くなったり、途中で止めてしまったりする事も考えられる。このようなことにならないようにするためには、コンテンツの工夫や、学習モティベーションを維持する工夫が必要となる。
このように逆転学習のようなWEBを効果的に活用した学習で、今、最も多くの人が利用している教育プラットフォーム「カーンアカデミー」というサイトがある。小学校、中学校や高校・大学で学ぶ算数(数学)、化学、物理学や生物学など数千の学習コンテンツを無料で受けることができるようになっている。このサイトは、元ヘッジファンドのアナリストだった、サルマン・カーン氏が、非営利法人として立ち上げた仕組みで、世界中で1000万人以上の子供たちが学んでいる。カーンアカデミーの重要なコンセプトが「完全取得学習」とういう考え方だ。簡単に言えば、学習者は学習内容を十分理解した上で、さらに高度な内容へ進むべきということである。当たり前すぎることだが、実際のクラス教育では、この当たり前のことが難しいのが現実。始めから授業の内容を全てわかる人はいない。頭が良くても、時にはわからないことがあれば、他の生徒より遅れる場合もある。一人で学んでいるのであれば、元に戻ったり、繰り返したりしたくなる。学ぶスピードを遅くしたくなることもあるだろう。
しかし、伝統的なクラス教育では、このように一人ひとりのレベルに合わせて全体の教育を行うことは困難だ。完全習得学習は、決して新しい学習方法ではない。1922年、シカゴ郊外のウィネトカという町の教育長が行った従来の学習を覆す方法が完全取得学習の始まりと言われている。これは、生徒が自分のペースで練習問題を行い、理解の早い生徒は先に進み、遅い生徒は個別指導を受けられる仕組みであった。その後1960年代になり、発達心理学者のベンジャミン・ブルームが、ウィネトカで行った完全習得学習の仕組みがいかに効果的かを検証した。この研究論文で「完全取得学習は全てのレベルで、伝統的な指導プログラムの生徒より学習到達度の伸びが大きい」と結論づけた。
カーンアカデミーは、既存教育の課題を完全習得学習の考え方をもとに開発されたものだ。世界で1000万人もの子供たちが学習していることを考えると、この効果は現代で実証されている事例なのかもしれない。
カーンアカデミーは、完全習得学習の考え方により、個人のペースで十分な理解をした後、次のレベルの学習を学ぶことができる。従って、ここで学んだ子供たちが、実際のクラスルームに集まれば、より高いレベルから学びを始めることができる。近い将来、学校教育であっても、企業内教育であっても、効果的な学習環境として、WEBで知識や情報、クラスルームで対話による情報共有や、知識を深める議論が主流になるかもしれない。
HR総合調査研究所 客員研究員 下山博志
(株式会社人財ラボ 代表取締役社長/ASTDグローバルネットワーク・ジャパン副会長)