「納付猶予の特例」で厚生年金保険料などの納付が1年間猶予される
企業が納付を義務付けられている厚生年金保険料などの社会保険料には、「業績が下がれば、納付額も下がる」という仕組みがない。企業業績が低下したとしても、従前と同額の保険料を納めなければならないのが原則である。そのため、社会保険料の負担は業績低下時の企業経営に、多大な影響を与える傾向にある。現在、このような負担が大きくのしかかっているのが、新型コロナウイルス感染症の影響を被っている企業・店舗である。感染症蔓延による自粛の影響で売り上げが激減するなどの企業・店舗が少なくないからである。
こうした状況を鑑みて2020年4月30日に開始されたのが、日本年金機構による「厚生年金保険料などの納付猶予の特例」という新しいルールである。この制度は、新型コロナウイルス感染症の影響で業績が低下し、厚生年金保険料などの納付が困難になった企業に対して、期限から1年間は納付を猶予しようというものである。
厚生年金保険料などの納付期限は、通常、翌月末日である。たとえば、2020年5月分の保険料であれば、納付期限は同年6月末日とされている。この保険料納付が、1年後の2021年6月末日まで猶予されることになるのが、「厚生年金保険料などの納付猶予の特例」の仕組みである。猶予の対象となるのは、「厚生年金保険料」、「健康保険料」、「子ども・子育て拠出金」とされている。
前年同期に比べておおむね“20%以上”収入が減少している企業が対象
この「厚生年金保険料などの納付猶予の特例」は、次の2つの条件の両方に該当するときに利用が可能となるのが原則である。(1)新型コロナウイルス感染症の影響により、2020年2月以降の任意の期間(1ヵ月以上)において、事業などに係る収入が前年同期に比べておおむね 20%以上減少していること。
(2)厚生年金保険料などを一時に納付することが困難であること。
たとえば、1年前の2019年5月の売上げが250万円であったのに対して、2020年5月は新型コロナウイルス感染症の影響で180万円に低下したケースがあるとする。この場合、2020年5月は前年同期に比べて売り上げが70万円ダウン(=250万円-180万円)したことになる。すると、売上げの低下率は28%(=70万円÷250万円×100)となるので、上記(1)の「前年同期に比べておおむね 20%以上減少していること」という要件を満たすことになる。
また、(2)の条件である「一時に納付が困難」とは、以下のようなケースを指している。
・保険料などを一時に納めるための手持ちの資金がない。
・手持ちの資金はあるが、それを今後6カ月間の運転資金に充てると保険料が納められない。
たとえば、先ほどの「2020年5月の売り上げが新型コロナウイルス感染症の影響で180万円に低下した」というケースで、同月の支出が200万円であったとする。この場合、今後6ヵ月間の運転資金は、200万円を6倍した1,200万円と考える。
もしも、現状の現金・預貯金の残高が1,200万円だとしたら、手持ちの資金を今後6ヵ月間の運転資金に充てた場合の残金は0円(=1,200万円-1,200万円)になり、保険料の納付できる資金はない、という状態である。このような状況であれば、納付すべき保険料の全額が猶予される可能性がある。
担保不要で延滞金も免除に
実は、厚生年金の制度には、元来、保険料の納付を特別に猶予する制度が設けられている。しかしながら、通常の納付猶予制度では原則として、猶予を受ける場合には「担保」の提供が必要となる。加えて、納付が遅れることに対し「延滞金」についても、一部納付することが求められる。しかしながら、今回設けられた「厚生年金保険料などの納付猶予の特例」では、担保の提供が不要であり、延滞金の支払いも求められない。これが、本制度の大きな特徴といえよう。
また、手続きに際しては、「収入減少を客観的に確認できる書類」の添付が“不要”とされていることも特徴的である。つまり、新型コロナウイルス感染症が事業に与えた影響を申請書に自己申告するだけで、手続き書類の準備は完了となるわけだ。ただし、申請の根拠になった「売上帳」や「資金繰り表」などの書類は、申請から2年間の保管が必要とされているので注意が必要である。
納付の猶予が許可された場合は、日本年金機構から「納付の猶予(特例)許可通知書』という通知が届くことになる。対象となる企業は。ぜひ、利用を検討していただきたい。
参考】:日本年金機構「新型コロナウイルス感染症の影響による納付の猶予(特例)」