誰と比較しての同一労働同一賃金なのか
同一労働同一賃金に取り組むうえで、一番気を付けなければならないのは、比較対象となる人は誰であるか、だ。2020年4月から施行される派遣労働者の処遇には、「派遣先均等・均衡方式」と「労使協定方式」と2種類の方法があり、それぞれ比較対象者が異なる。
「派遣先均等・均衡方式」は、基本給、賞与、手当、福利厚生など、全ての待遇について、派遣先の通常の労働者との間に不合理な待遇差がないよう処遇決定をする方式である。比較対象となるのは、派遣先の通常の労働者=正社員を念頭にしている。
「労使協定方式」は、会社と過半数従業員の代表者が、一定の要件を満たす労使協定を結んで、派遣従業員の待遇を決定する方式で、比較対象となるのは、同種の業務に従事する一般労働者である。一般労働者とは、無期雇用のフルタイム労働者=正社員を指している。
これだけだと内容が分かりにくいため、2019年7月に厚生労働省職業安定局長が「派遣先の事業所がある都道府県もしくは地域に勤める派遣従業員と、同じくらいの能力や経験がある一般的な正社員の賃金を同等以上にしなさい」といった旨の通達を出した。
ただ、「派遣先均等・均衡方式」は、派遣先が社員の処遇について派遣元に情報提供するなど派遣先の負担が大きいこと、労働者も派遣先が変わるごとに賃金が上下してしまうことなど問題も多く、ほとんどの派遣元は「労使協定方式」を選択すると考えられる。よって、以下、「労使協定方式」に絞って解説する。
職業安定局長の通達をどう解釈するか
局長通達では、一般賃金を「基本給・賞与・手当」でひとまとめにして計算するとしている。これは、現在賞与や手当などを払っていない企業も実質賞与や手当を払うことを意味する。なお、この手当とは、役職手当や職務手当など業務の内容と密接に関連して支払われる手当のことである。計算方法としては、「職種別の基準値(1)」×「能力・経験調整指数(2)」×「地域指数(3)」となる。
(1)は、局長通達の中で一覧表になって提示されているが、問題になるのは、派遣先の業務にこの表の職種に該当するものがない場合だ。その場合は力業になるが、なるべく近いものを探して選ぶことをおすすめする。
しかし、無理にこの中から選びたくないのであれば、他の公的統計や民間統計をネットで検索して当てはまりそうなものを使うという方法もある。どの統計を利用するかは、最終的に労使でしっかり話し合い、決める必要がある。
また、この基準値はその職種の経験値が全くない、つまり新入社員と同レベルを想定しているため、職業の習熟度や経験年数に応じて、これに(2)を掛け合わせる必要がある。
この指数だが、1年、2年、3年、5年、10年、20年の指数しか示されていないため、「8年目の場合はどうすればいいのか?」といった疑問を持つ人事担当者が非常に多い。注意しないといけないのは、この年数は単純な経験年数を言っているのではないということだ。
つまり、たとえ経験年数が8年であっても、能力的に3年目とあまり変わらないのであれば、3年の能力・経験指数を掛け合わせなければならない。実際8年目相当の能力がある場合はどうするかと言えば、5年と10年の中間程度の金額にするか、10年の指数にするなど、労使で話し合って決める必要がある。
最後に(3)を掛けるのだが、これは派遣先の事業所のある地域指数を使う。通達の一覧表には、大まかな都道府県別と、細分化したハローワークの所在地別の2種類があるが、このうちどちらを選ぶかは、やはり労使で話し合って決めなければならない。
さらに、通勤手当と退職手当の支給も必要となってくる。通勤手当に関しては、現在実費支給している、もしくは2020年4月から実費支給にするという企業は問題ないが、基本給と合算する、また通勤距離に関係なく一律に1時間あたり72円以上の金額を通勤手当として支給するという方法を取ると、割増賃金の算定基礎の対象となるので、その点をしっかり理解したうえで賃金規程を改訂する必要がある。
「労使協定方式」に関しては、何を基準にするか、最終的に時給をいくらにするかなど、全てにおいて労使での話し合いが重要となってくる。労働組合がある企業はよいが、ない企業は従業員代表者の選出を慎重に行わなければならない。
また、従業員の一部を他社に派遣している企業は、社内での一般従業員と派遣従業員との同一労働同一賃金の問題もあるため、より注意深く、労使で検討しなければならない。
葉名尻英一
スリープロス社会保険労務士事務所
代表者/社会保険労務士/キャリアコンサルタント