少子高齢化の大波が日本の産業界に押し寄せている。生保業界も例外ではない。生命保険は将来に備えるものだから、若者が減り高齢人口が増えれば、生保市場は縮小していく。環境は厳しくなるのだから、これまでと同じやり方は通用しない。そこで企業は体質を筋肉質に強化しようとしている。
第39回 第一生命が挑んだ、一般職女性の意識改革
中でも第一生命保険(以下、第一生命)の組織変革は興味深い。変革の軸に据えているのは「ダイバーシティ」である。企業の置かれた環境が不連続に変化するので、多様性を取り込もうとしているのだ。特に力を入れているのが女性の戦力化であり、ワーク・ライフ・バランスの推進でも成果を上げている。

そこで皇居に面した第一生命本社ビルを訪ね、吉田久子・ダイバーシティ推進室部長に取り組みの経緯と成果を聞いた。

――ビル内への立ち入りがセキュリティの強化や個人情報保護法の影響で難しくなるなど、生命保険業界の営業スタイルは変革を求められていると思います。そういった環境変化が人材育成に与えた影響について教えてください。

 少子高齢化によって国内の生保マーケットは縮小している。また営業スタイルについても、ご指摘のとおり職域への訪問は難しくなってきている。バブル期までの生保業界と比べ、様変わりしているといえるだろう。

 そんな環境変化の中で人材育成の考え方も変わった。従来の生保会社は、他生保のベンチマークが中心であり、育成法も業界内で似たり寄ったりだったのではと思う。しかし現在は広い視点に立ち、生保やほかの金融業界に止まらず、製造業やサービス業等の人事制度も参考にしている。

 そして研究をしてみると生保業界はまさにサービス業だと気づき、ほかのサービス業が行っている人材育成の方法も参考にしている。そして人事制度を一新したのが2009年7月だった。

意識改革が進む仕組み

――どのような人事制度に移行したのでしょうか?

 第一生命の職種は営業職員と内勤職員に分かれているが、このうち内勤職員は2009年6月まではさらに総合職と一般職に分かれ、一般職の大部分は女性だった。7月にこれらの職掌を統合して基幹職とした。基幹職はグローバル職とエリア職に分けたが、付与する職務範囲は同一とした。

 この人事制度は職掌を統合するだけでなく、評価制度と給与制度の改定も含む大掛かりなもので、準備は2007年から始まり、労働組合との調整は2008年8月から始まった。

 職掌統合を行った理由は、ともすれば一般職の女性は「今のままでいい」と現状の維持・是認の風潮が強かったからだ。しかし先ほど話したように生保業界を取り巻く環境は厳しく、一人ひとりの職員の能力が高まっていかないと強い企業になれない。そのために職員の意識改革が進む仕組みを作ったのだ。

――営業職員と内勤職員の数、その女性比率を教えてください。また意識改革の方法もお話しください。

 2012年3月期の営業職員は4万3948人であり、その97.0%が女性だ。グローバル職は3755人、エリア職は5085人であり、その60.3%が女性だ。女性の大半は従来一般職として、事務・サポート業務に就いていたので、職掌を統合して職務範囲を同一にするとなれば、女性に対する施策が決定的に重要になる。

 意識改革の方法はいくつもある。まず制度面から話すと、各部署の管理職の代表を「ダイバーシティ推進責任者」、各部署の女性役付の代表を「ダイバーシティ推進者」として任命した。

 そして、ほとんどが女性であるエリア職員本人に対する意識改革を、人事制度とリンクした形で導入した。具体的には、期初の人事面談でエリア職員と上司が、ダイバーシティ推進の取り組み方針に基づいたビジネス価値の創造につながる職務課題を設定する。そしてエリア職員は自分の人事調査表に入力する。その後の中間面談、期末面談で上司はエリア職員をフォローし、人事評価・給与などに反映させるという仕組みだ。

 しかし、それぞれの部署に閉じこもったビジネス価値は内向き目線に陥りがちだ。そこで新人事制度がスタートする1年前の2008年から「社内トレーニー制度」を導入した。これは他部署の業務を体験する1週間ほどの短期留学制度だ。

 どの企業でも支店の事務職は「本社はどうしてわかってくれないのか」などと文句を言うことが多い。そこで他部署を経験させて、スキル・視野を広げることで自部署業務の改善ポイントに気づくこともある。この社内トレーニー制度は定着しており、2011年度は1200人が経験した。

 「社内トレーニー制度」をさらに発展させ、2010年度からは「社外トレーニー制度」をスタートさせた。他企業の女性社員の働き方をじかに見て経験し、気づきを得る。これまで大手百貨店、輸送業、サービス業など親しい企業に協力してもらって実施してきた。

 2011年度の「社外トレーニー制度」経験者は104人で、公募したうえで選抜し、協力企業に迷惑をかけることがないように気をつけている。

――ダイバーシティという考え方は1980年代までの企業には存在せず、往々にして年配の管理職が浸透への障害になっています。第一生命ではどのようにして障害をクリアされましたか?

 社長以下の全役員と、84支社および本社の82部署からダイバーシティ推進責任者とダイバーシティ推進者が参加し、半日かけて成果を報告するダイバーシティ推進大会を2010年から開いている。2010年の参加者は400人、2011年と2012年の参加者は450人。大規模な大会だ。

 ダイバーシティのような施策はトップが旗を振らないとマネジャークラスに浸透しない。第一生命ではトップがダイバーシティを経営の基幹に据えており、これがマネジャークラスへの浸透のうえでカギとなった。

――いかなる人事施策も実践するだけでは意味がありません。ダイバーシティ施策の具体的な効果をお聞かせください。

 先ほど話したように、期初にエリア職は業務目標を設定する。目標の設定レベルを「点検・フォローのレベル1」「改善・品質向上のレベル2」「コスト効率・生産性向上のレベル3」に区分すると、新制度を導入した2009年度の目標レベルは低く、レベル1が82.6%と大部分を占め、レベル2は14.7%、レベル3は2.7%と、皆無に近かった。

 ところが2012年度のレベル1は28.5%、レベル2が45.2%、レベル3は26.3%と非常に高いレベルに変わった。エリア職の戦力化が着実に進んでいることがわかる。

 また、「上位職位登用を希望する」と回答した女性職員比率も上がっており、2008年度は28.7%だったが、2011年度は42.7%になった。意識が変わったのだ。弊社にはキャリアチャレンジ制度があるが、実際に社内トレーニー経験先へのキャリア変更事例も増えている。

 エリア職員でお客さまと直接接点を持つ者(営業担当者)も増えており、2008年度の238人から2012年度には710人になった。

労働総時間短縮に取り組む

第39回 第一生命が挑んだ、一般職女性の意識改革
――女性が働き続けるためにはワーク・ライフ・バランス施策が欠かせません。取り組みについて教えてください。

 まず全社目標として、業務効率化による総労働時間短縮に取り組んでいる。2011年度実績で言えば、第一生命の月間平均残業時間は5.0時間であり、金融・保険業の平均15.0時間の3分の1だ。

 また2012年4月からは育児・介護を行っている職員、長い通勤時間の職員が柔軟に在宅勤務できる制度も導入した。

 妊娠から出産までの期間、子育て支援、介護への支援は「ファミリー・フレンドリー制度」として充実させており、産前・産後休暇期間中の給与を全額支払い、育児休業については最長25カ月まで取得可能だ。

 男性育児休業の取得も奨励している。子どもが生後25カ月までの男性は例年約100人程度だが、2012年度の育児休業取得率は6割程度になる。また全体の有給休暇消化率も上がっており、2011年度は67.7%に達した。

 このような施策が功を奏し、エリア職員の離職率は2005年度の3.7%から2011年度は2.3%に低下した。

 ダイバーシティでは女性管理職比率を指標とされることが多いが、現在の比率は17.6%で649名。2016年4月に20%以上にする方針だ。そのための階層別研修、管理職登用の仕組みも作ってある。

――最後に採用について教えてください。何か新しい施策を始めていますか?

 第一生命の内勤職員の新卒採用数は例年200人程度だが、うち100人がグローバル職員だ。新卒採用ではリクルーターが活躍するが、ともすれば「自分が一緒に仕事をしたい学生」という視点になりがちで、たとえば突破力がある学生や、変革意識に富んだ学生は選ばれづらくなってしまう。そこでリクルーター教育を徹底し、目線を変えさせ、会社が求める人材像に沿った多様な人材を探してもらうように切り替えた。

 もうひとつは外国人学生の採用だ。2011年4月入社から毎年5人ほど採用している。アジア系の人材が中心だ。新入社員に自己紹介をさせると、日本人は「大学のサークルで副部長をしていました」と学生時代のことを話す者が多い。

 ところが外国人は「5年後にはこういうスキルを身に付けてこういうキャリアになりたい」と将来を話す。日本人と違い、未来志向だと感じる。彼らの意識の高さが、日本人新入社員にはいい刺激になっていると思う。
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