2015年に50人以上の事業場においてストレスチェック制度が義務化され、ほぼ10年になります。厚生労働省(以下、厚労省)の労働安全調査によると、「仕事や職業生活に関することで強いストレス等がある」と答えた人の割合は、ストレスチェック制度導入後もずっと50~60%程度と変わっていません。ではストレスチェック制度は無効なのでしょうか? そうではありません。ストレスチェックを生かすキーワードは「職場環境改善」です。今回はストレスチェックの活用についてお話します。

「ストレスチェック」はただ実施するだけでは意味がない。「職場環境改善」を軸に解説

ストレスチェックは“実施して個人結果を本人に渡している”だけ? もったいない!

2021(令和3)年度の厚労省委託事業「ストレスチェック制度の効果検証に係る調査等事業」によると、受検者の7割が「ストレスチェックの個人結果をもらったことが有効であった」、5割が「個人結果とともにストレスマネジメントの提供を受けたことが有効であった」と答えています。また4~5割の労働者が自身のストレスを意識するようになった、と答えています。

その一方で、厚労省の労働安全調査によると仕事や職業生活に関することで強いストレス等があると答えた人の割合は、ストレスチェック制度導入後もずっと50~60%程度と変わっていないどころか、2022(令和4年)度にはおそらくコロナ禍の影響でしょう、82%と大きく増えており、2023(令和5)年度にはさらに増加しています。精神障害に関する労働災害に関しても、請求件数、支給決定件数とも年ごとに増加し、2023年度にはそれぞれ3,575件、883件となっています。

ストレスチェックの効果を感じる人が多いにもかかわらず、ストレスが相変わらず働く人の問題となっていることは何故なのでしょうか。

その答えは、ストレスチェック導入後に行われた各種の医学研究からほぼ明らかになっています。それは、「ストレスチェックを実施するだけでは効果が高くないが、ストレスチェックの実施後に、『集団分析』と『職場環境改善』を行うと、労働者の心理的ストレス反応の低下やメンタルヘルス不調者の減少、労働生産性の向上などきわめて有意義な結果が出る」、すなわち重要なのは「集団分析とそれに伴う職場環境改善」だということです。にもかかわらず、職場環境改善まで実施する事業場は多くありません。

ストレスチェックの本来の目的は、「メンタルヘルス不調者を出さないようにする」ことです。よくある勘違いは「ストレスチェックによりメンタルヘルス不調者を早めに見つけて産業医につなげて不調の改善や休職の予防を行う」という考えです。

これは専門的には「二次予防」と言って、簡単に言うと早期発見・早期治療です。例えば一般の定期健康診断はこれに近いです。高血圧や、コレステロールの異常を早期に発見して、生活習慣の改善指導を行ったり、医療機関で治療してもらおうというものです。

しかしストレスチェックは一次予防、すなわち「メンタルヘルス不調者をそもそも出さないようにする」というのが目的なのです。メンタルヘルス不調者を出さない職場環境づくりこそが重要で、極端に言うと質問紙によるチェックはそのきっかけを作る道具にすぎません。個人のデータは本人の振り返りには大切ですが、もっと大切なのは職場環境改善です。

あなたの会社はこんな感じではありませんか。「ストレスチェック委託業者に依頼してストレスチェックを実施し個人結果を本人に渡す。高ストレス者に産業医面談を希望するか確認する。最後に定められた様式で労働基準監督署に提出する。職場環境改善はやっていない」。

これでは正直に申し上げて委託料の無駄遣いです。

「職場改善」の3つの方法

職場環境改善は誰が主体となって行うかによって、以下の3つの方法があげられます。いずれの方法においてもあくまで主役は会社と労働者です。それぞれ簡単に説明します。

(1)経営者が主体となって行う方法

経営者が集団分析の結果を見て対策を決め、全社に周知して実行に移します。例えば「水曜日はノー残業デイ」と決めるなどです。この方法の利点は「トップダウンで対策が決まるため末端まで浸透しやすいこと」で、欠点は「経営者の独りよがりな対策になる危険があるところ」です。

(2)現場監督者が主体となって行う方法

集団分析の結果を各部署の課長や部長クラスが確認し、自分の部署の問題点を改善する方針をその部署のトップが決めます。管理職同士で意見を交換するのも良いでしょう。欠点としては「管理職自身がパワハラ気質な上司だと、逆効果になる可能性があること」です。職場環境改善に興味がない管理職の部署も効果は望めません。上層部が管理職の部下管理能力についてある程度把握しておくことが重要になります。

(3)従業員が主体となって職場環境を改善する方法

こちらが最も効果的な方法と言われています。厚労省の「【2018改訂版】いきいき職場づくりのための参加型職場環境改善の手引き」を参照するといいでしょう。概略は以下の通りです。

まず、職場環境を良好にする事例集の中から従業員各人が有効だと思うものを選びます。そして「現在の職場のいい点」を、次に「改善すべきと思う点」を挙げます。その後5~6人のグループに分かれて話し合い、全体討議に移り今年の改善方針を決めます。ポイントは、現在の職場のいいところにまず目を向けるところです。また自由な意見交換となるよう、管理職はグループの話し合いには参加しません。

どのやり方が一番その職場に適しているかは、産業医等と相談しながら衛生委員会で決めるのがいいでしょう。

「第14次労働災害防止計画」では、50人未満の事業場におけるストレスチェック実施の割合を2027年末までに50%以上にすることが目標とされ、現在厚労省で行われている「ストレスチェック等のメンタル対策検討会」では、ストレスチェックの義務のある職場の大きさを50人より引き下げることを半ば前提に、コストやプライバシーの問題等が議論されています。ますます重要性が増すストレスチェック制度、存分に生かすとともに今後に注目していきましょう。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!