「就業規則」の定義と目的
「就業規則」とは、労働者の労働条件や職場における規律などについて、使用者が統一した規則のことを指す。具体的には、始業と終業の時刻や休憩時間、休日・休暇、賃金の決定や計算・支払い方法、退職や解雇に関する取り決め、安全衛生や職業訓練、災害時の補償などについて、それぞれの会社ごとに定めている。職場でのルールを明確にし、労使双方がしっかりと遵守することで労使間のトラブルを避けられる効果があり、職場秩序の維持につながる。●労働基準法における定め/「就業規則」が必要な企業
労働基準法第89条、90条では、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対し、「就業規則」の作成と所轄労働基準監督署への届出を義務付けている。この「10人以上」には、正社員だけでなく、パートタイム労働者やアルバイトなども含まれる。これは、「就業規則」を変更した場合においても同様となる。また、10人未満の企業であっても、労働条件の明確化や労使トラブルの予防のために、就業規則を作成することが推奨されている。●「労働条件」(労働契約)との違い
「就業規則」は、使用者と対象となる労働者全員との間に統一して定められたルールである。それとは別に、使用者は労働者一人ひとりと労働契約を締結する必要がある。その際に、明示しなくてはいけないのが「労働条件」である。具体的には、以下の6点が絶対的に明示すべき事項として提示されている。(1)労働契約の期間に関する事項
(2)有期労働契約の更新の基準に関する事項
(3)就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
(4)始業・終業時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、2交代制等に就業させる場合に関する事項
(5)賃金の決定・計算・支払い方法、賃金の締め切り、支払い時期、昇給に関する事項(退職手当及び臨時の賃金は除く)
(6)退職に関する事項(解雇を含む)
以上は、「就業規則」と連動して決定された上で、使用者と労働者が個別で合意する条件となる。この他の条件に関しては、「就業規則」に定める労働条件を提示することが一般的である。従って使用者は、労働者と労働契約を結ぶ際、「就業規則」の周知も行う必要がある。
「就業規則」の重要性
「就業規則」は健全な経営において不可欠と言える。その重要性を5つのポイントで説明しよう。●労使トラブルの予防と対応
明確な「就業規則」があることで、労働条件や職場ルールに関する誤解や解釈の相違を防ぎ、労使間のトラブルを未然に防ぐ効果がある。トラブルが発生した時についても、その対応指針として機能し、迅速に問題解決に導くことができる。●社内モラルの向上
「就業規則」に基づいて堅実な労務管理ができると、従業員の間に公正さの認識が生まれ、職場のモラル向上につながる。明確なルールの存在が従業員の自律的な行動を促すからだ。加えて、組織への帰属意識や責任感も育まれる。●従業員の意欲向上
「就業規則」によって、従業員の目標や期待される行動が明確になることで、モチベーション向上につながる。さらに、キャリアパスや昇進基準が見えやすくなるため、成長意欲を刺激し、自己啓発や能力開発も促すことができる。●優秀な人材の確保と定着
「就業規則」は企業の労務管理の質の高さを示す指標にもなる。そのため、明確なキャリア展望や福利厚生制度の提示が、求職者へのアピールとなり、優秀な人材の確保や定着につながる。●法令順守の証明
「就業規則」によって労働関連の法令遵守を明確に示し、法改正にも素早く対応し、業界特有の規制に適合することで、コンプライアンスへの姿勢を示し、社会的信頼の向上にもつながる。労働基準監督署の調査やトラブル時の法的根拠としても必要となる。「就業規則」の記載内容
「就業規則」の記載内容には、労働基準法第89条に基づき、必ず記載すべき事項(絶対的必要記載事項)と当該事業場でルールを定めた場合に記載しなければならない事項(相対的必要記載事項)、さらに任意で記載する事項(任意の記載事項)の3種類がある。それぞれを具体的に説明していこう。●絶対的必要記載事項
労働基準法第89条に基づく絶対的必要記載事項には、以下の3点が挙げられる。いずれも労働条件の根幹を成すものであり、必ず記載しなければならない。(1)労働時間関係:始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに交替制の場合には就業時転換に関する事項
(2)賃金関係:賃金の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
(3)退職関係:退職に関する事項(解雇の事由を含む)
●相対的必要記載事項
相対的必要記載事項は、企業の特性や制度に応じて記載が必要となる事項だ。具体的には以下の8点が挙げられる。(1)退職手当関係:適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
(2)臨時の賃金・最低賃金額関係:臨時の賃金等(退職手当を除きま)及び最低賃金額に関する事項
(3)費用負担関係:労働者に食費、作業用品その他の負担をさせることに関する事項
(4)安全衛生関係:安全及び衛生に関する事項
(5)職業訓練関係:職業訓練に関する事項
(6)災害補償・業務外の傷病扶助関係:災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
(7)表彰・制裁関係:表彰及び制裁の種類及び程度に関する事項
(8)その他:事業場の労働者すべてに適用されるルールに関する事項
●任意的記載事項
任意的記載事項は、法令上の記載義務はないものの、企業の実情に応じて記載することが望ましい事項である。以下のような項目を記載することで、より詳細な労働条件や職場ルールを明確化できる。ただし、記載内容が労働者の権利を不当に制限するものであってはならない。・社是、社訓、企業理念
・服務規律に関する事項
・入社、退社に関する事項
・人事異動に関する事項
・福利厚生に関する事項
・教育訓練に関する事項
・出張や転勤に関する事項
・個人情報保護に関する事項
「就業規則」に関する義務
「就業規則」に関しては、企業に対して作成義務、届出義務、周知義務が課されている。違反すれば罰則を受けるため、必ず理解しておく必要がある。●作成義務
労働基準法第89条1項に基づき、常時10人以上の労働者を使用する事業場では、「就業規則」を作成する義務がある。この「10人以上」には、正社員だけでなく、パートタイム労働者やアルバイトなども含まれる。また企業単位ではなく「事業場」単位であることにも注意を要する。なお、10人未満の場合であっても、法的な作成義務がないとはいえ、労働条件の明確化や労使トラブルの予防のために、「就業規則」を作成することを推奨したい。
●届出義務
労働基準法第89条1項では、「就業規則」を作成または変更した場合、使用者は労働基準監督署長に届け出ることも義務づけている。複数の事業場がある場合は、各事業場の所在地を管轄する労働基準監督署に届け出なければならない。なお届け出の期限は法律で定められておらず、労働基準法第49条によれば「遅滞なく」届け出ることとされている。そのため、施行日前であっても規則自体が出来上がっていれば届け出をしても構わない。
●周知義務
労働基準法第106条において、使用者は、作成した「就業規則」を労働者に周知させる義務がある。周知の方法としては、常時各作業場の見やすい場所へ掲示すること、書面を労働者に交付すること、社内のイントラネットに掲載し、従業員が自由にアクセスできるようにすること等がある。いずれの方法をとるにしても、労働者がいつでも「就業規則」を閲覧できる環境を整備することが重要だ。また、周知義務は、「就業規則」の変更時にも適用される。変更内容を確実に従業員に伝達し、理解を得るようにしなければならない。
●違反した場合の罰則
「就業規則」に関する、作成義務、届出義務、周知義務に違反した場合、労働基準法第120条により30万円以下の罰金が科せられる。もちろん罰則だけでなく、法令違反によって、社会的な信頼を損失しかねないため、必ず義務を果たさなければいけない。「就業規則」の効力
「就業規則」の効力は、法的な位置づけと実際の適用範囲に関わる重要な問題だ。詳しく説明していこう。●法令・労働協約との関係
「就業規則」は、労働基準法をはじめとする法令や労働協約に反してはならない。反する内容の規定は無効となる。労働組合との間で締結された労働協約にも反してはならず、反していた場合はその部分のみ無効となり、労働協約の規定が適用される。●労働契約との関係
労働契約は、使用者と労働者個人との間において、個別に労働条件について約したものだ。原則として、労働契約は「就業規則」に定める労働条件を下回ることはできない。ただし、労働契約で「就業規則」を上回る労働条件が合意されている場合、その労働契約が優先される。また「就業規則」の変更によって労働条件が不利益に変更される場合、その変更に合理性がない限り、個別の同意がなければ労働者に対して効力を持たない。そのため、「就業規則」の変更時には労働者の理解を得る必要がある。
●効力発生のタイミング
「就業規則」の効力発生のタイミングは、原則として使用者が定めた施行日からとなる。労働基準監督署への届出は効力発生の要件ではない。ただし、周知義務は効力発生の前提条件と考えられているため、施行日が定められていない場合は、周知日が効力発生のタイミングと判断される。確実に周知されていない場合は、労働者に対する拘束力が認められない可能性もある。「就業規則」の作成・変更、届出の流れ
では、「就業規則」の作成・変更、届出は実際にどのような手順で行うのか、流れに沿って解説していこう。●「就業規則」の作成(変更)から届け出まで
(1)就業規則案の作成上述の記載事項を踏まえ、事業場の実態に合った「就業規則」を作成する。厚生労働省のホームページでは、「就業規則」の規定例を解説とともに示した「モデル就業規則」を掲示している。これを参考に就業規則案を作成すると良いだろう。
(2)過半数組合または労働者の過半数代表者からの意見の聴取
「就業規則」の作成・変更の際は、事業場における過半数組合または労働者の過半数代表者の意見を聴き、「意見書」として添付・提出することが義務づけられている。「意見書」については後述する。
(3)労働基準監督署への「就業規則(変更)届」の届け出
「就業規則」を作成(変更)したら、必ず所轄労働基準監督署に届け出なければならない。
(4)事業所での「就業規則」の周知
労働基準法第106条では、「就業規則」は各作業所の見やすい場所への掲示、備え付け、書面の交付などによって労働者に周知しなければならないと記している。従業員が「知らなかった」という事態を避けるよう、確実に周知するようにしたい。
●「就業規則(変更)届」とは
常時10人以上の労働者を使用する使用者は、「就業規則」を作成・変更する際に、管轄の労働基準監督署に届けを提出しなければいけないと定められている。「主な変更事項」の他、「労働保険番号」や「事業場名」などの記載項目がまとめられた様式が、東京労働局のホームページでダウンロードできる。●就業規則の届出に必要な「意見書」とは
労働基準法第90条では、「就業規則の作成や変更に際しては、過半数代表者の意見を聴き、意見書を添付する必要がある」と明記している。「意見書」とは「就業規則」の内容に対して、労働者の代表から意見を聴取し書き記した書類のことを言う。使用者が労働者に不利なルールを勝手に作成・運用できないようにするほか、労働者には労働条件への興味・関心を持ってもらい、就業規則の内容を把握してもらうことが、「意見書」を作成する目的と言える。●意見書に必要な記載項目
「就業規則」の意見書に決まった様式はない。「就業規則(変更届)」同様、東京労働局のホームページで様式のダウンロードが可能だ。以下に必要な記載項目を掲げておく。・会社名および代表取締役氏名
・話し合いをした日付
・「就業規則」に対する労働者代表の意見(「特になし」などでも問題はない)
・労働組合の名称または労働者代表の職名と氏名
・労働者の過半数代表者を選出した方法(具体的には、「投票により選出」などがある)
「就業規則」の不利益変更とは
労働契約法第9条では、使用者は労働者と合意することなく、「就業規則」を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできないと明記している。不利益の具体例としては、以下の通りである。いずれも、労働者に与えられていたメリットを会社が一方的な判断でなくしてしまう変更が、「不利益変更」に該当しやすい。・給与の減額
・各種手当の廃止
・休日数の削減
・休職/復職の条件や福利厚生の変更
●「就業規則」の変更を適用するためには
「就業規則」の不利益変更が一切できないわけではない。実は、労働契約法第9条と10条において、「就業規則」の変更に合理性があり、その「就業規則」が周知されている場合に限っては、変更後の労働条件も有効なものと認められると明記されている。この2つの条件について、それぞれ詳しく見ていこう。(1)「就業規則」の変更に合理性が認められる
「就業規則」の変更に合理性があるかどうかは、以下の要素によって総合的に判断される。
・労働者が受ける不利益の程度
「就業規則」の不利益変更をするにあたって、「会社側は、できるだけ不利益の程度を減らす方法を検討しているか」という点が考慮される。
・「就業規則」を変更する必要性
どうして不利益変更を行わなければならないのか、その必要性の大きさが問われる。会社の存続に関わるなどという場合、必要性が大きいと判断できる。
・変更後の「就業規則」の内容の相当性
業界や業種、同規模の同業他社などを参考に、内容が妥当であるかなども検討する必要がある。
・労働組合等との交渉の状況
従業員との合意形成のため、時間をかけて協議を重ねていくことが必要である。
・その他、変更に関わる事情
(2)「就業規則」の周知義務が果たされている
「就業規則」の変更に合理性があったとしても、変更後の「就業規則」が周知されていなければいけない。前述のとおり、労働者が常時「就業規則」を閲覧可能な状態である必要がある。
まとめ
「就業規則」は、企業における労働条件や職場秩序を定める重要なルールだ。「就業規則」を作成・変更・運用していくうえでは、法律によって定められた手続きを確実に踏むことが重要となる。経営環境の変化や法改正、働き方の多様化などさまざまな社会の変化に伴い、定期的に自社の「就業規則」を見直すことを推奨したい。その際のポイントとしては、「必要なルールがすべて記載されているか」、「現行の法令に対応できているか」、「自社の働き方に合致しているか」などが挙げられる。もし、気になる箇所があれば関係者と協議し、「就業規則」の変更を検討するという次のステップに進むべきだろう。労使トラブルが起きてからでは遅いため、早急な対応が不可欠である。よくある質問
●「就業規則」は必須か?
労働基準法第89条、90条では、常時10人以上の労働者を使用する事業場に対し、「就業規則」の作成と所轄労働基準監督署への届出を義務付けている。この「10人以上」には、正社員だけでなく、パートタイム労働者やアルバイトなども含まれる。これは、「就業規則」を変更した場合においても同様となる。また、10人未満の企業であっても、労働条件の明確化や労使トラブルの予防のために、就業規則を作成することが推奨されている。- 1