「レジリエンス」とは
「レジリエンス」(resilience)とは、「復元力」、「弾力性」、「再起性」、「回復力」を意味する言葉である。もともとは、物理学の分野で使われていたが、ストレス社会が広がるなか、近年ではさまざまな困難な環境や状況に対してしなやかに適応して生き延びて行く力として心理学で使われている。また、企業や行政などの組織論、社会システム論においてもリスク対応能力、危機管理能力として位置づけられている。この概念が注目されるようになったのは、1970年代だ。きっかけの一つとなったのが、第2次世界大戦にナチス・ドイツによるユダヤ人の大量虐殺行為「ホロコースト」を経験した孤児たちの研究であった。過去のトラウマから立ち直れない元孤児がいる一方、逆境を乗り越え充実した人生を送っている元孤児もおり、「適応力」、「復活力」があるかどうかが違いを生み出していることが判明した。
●「レジリエンス」が注目されている背景
「レジリエンス」が、近年注目されている背景にはビジネス環境や労働環境の変化に伴い、ストレスを抱えている人が増えていることが挙げられる。その一端が、厚生労働省が発表している「労働安全衛生調査(実態調査)の概況」からも窺える。これによると、現在の仕事や職業生活に関して強いストレスを感じている労働者の割合は、平成30年では58.0%だったのが、令和4年には82.2%と急増している。ストレスの要因としては、「仕事の量」が最も多く、以下「仕事の失敗、責任の発生等」、「仕事の質」、「対人関係(セクハラ・パワハラを含む)」の順になっている。職場では仕事の量がますます増えており、求められるクオリティーも、責任も高まっている。加えて、職場の人間関係も問題が多いとあって、ストレスを感じる労働者の割合が加速している。このような状況に適応していくためにも、いかに「レジリエンス」を高めていくかが今注目されているといえる。
引用:厚生労働省「令和4年 労働安全衛生調査(実態調査)結果の概要【個人調査】」
●「レジリエンス」と類義語との違い
(1)メンタルヘルスとの違いさらに、「レジリエンス」の考察を進めていくにあたって、ここで類する言葉との違いも整理しておきたい。まずは、メンタルヘルスとの違いだ。メンタルヘルスとは、ストレスや悩みを軽減したり、緩和し心の健康状態を維持したりするために他者が当人に行うサポートを意味する。心の健康・精神的健康・精神衛生・精神保健などと訳される。一方、レジリエンスは起きた困難にどう適応するか、いかに上手く回復できるかを意味する。問われるのは、あくまでも個人や組織となってくる。
(2)ストレス耐性との違い
ストレス耐性(stress tolerance )は、レジリエンスを構成する要素の1つとして位置づけられている。定義としては、個人が肉体的・精神的・心理的に受けたストレスにどの程度耐えられるかを表した力となる。当然ながら、ストレス耐性が高ければストレスに対する耐久性を持ち合わせていることになる。
(3)ハーディネスとの違い
ハーディネス(hardiness)も、レジリエンスを構成する能力と考えられている。ハーディネスとは、ストレスを受けて自力で跳ね返すような特性を意味する。頑健性と置き換えても良い。これに対して、レジリエンスは傷ついても回復できる、傷つきながらも進んでいける、という特性を表している。
●「レジリエンス」の言い換え
ビジネスにおける「レジリエンス」は以下の言葉に言い換えることができる・再起性
・精神回復力
・忍耐力
・ストレス対処
・頑強性
・逆境力
「組織レジリエンス」とは
「レジリエンス」は個人だけに求められる能力ではない。組織がビジネス環境の変化や自然災害などの混乱や危機を乗り越え、繁栄・存続していくためには、それらを予見、準備、対応、適応する能力が不可欠となってくる。この適応能力を「組織レジリエンス」という。例えば、2001年の米国同時多発テロ、2007年の世界金融危機(リーマンショック)、2011年の東日本大震災、さらには2020年の新型コロナウイルスの感染拡大などはいずれも、多くの企業に強力な組織レジリエンスの必要性を痛感させた。組織レジリエンスの強い企業は、ダメージからスピーディーに回復、再起し、さらに強靭な組織へと生まれ変わることができた。
不透明な時代と言われているだけに、今後も想定外の事態がいつ起こるかは分からない。そのためにも、組織レジリエンスの強化がますます求められているといえよう。
「レジリエンス」が高い人(レジリエントな人)の特徴
「レジリエンス」が高い人は、「レジリエントな人」と形容されることもある。レジリエントな人にはどんな特徴があるのだろうか。共通して見られる特徴を説明していこう。●思考が柔軟
まず一つ目は、思考に柔軟性があること。それだけに、局面がどんなに厳しくなっても、発想を転換し道を切り開いていける。また、結果の良し悪しに関わらず、事実を受け入れ、目標を柔軟に見直し、たとえベストでなくてもベターを目指す姿勢を持っている。日々劇的に変わり行く時代を耐え抜くには重要な行動といえるだろう。●感情をコントロールできる
「レジリエンス」を高めるメリット
「レジリエンス」を高めることでもたらされるメリットについて、企業側・従業員側それぞれの視点から説明しよう。●企業におけるメリット
・ダイバーシティ・マネジメントの推進グローバル企業では常識とされるダイバーシティ・マネジメント。日本も人材不足が顕著なだけに、外国人労働者の雇用や女性の活用などは喫緊の課題となっている。年齢、性別、国籍、人種が異なる人材を迎えるとなると、社員の思考や価値観は多様化がますます加速していく。それに対応する手段として有効になってくるのが、組織のレジリエンスを高めることだ。欧米ではすでに多くの企業が、レジリエンス理論に基づいた人材育成、組織開発を進めている。日本企業も積極的にレジリエンス研修の導入を図っていく必要があると考えられる。
・企業評価指標の活用
変化が激しい時代にあって、どれだけの適応力や耐久力、逆境力などがあるかは、企業の存在価値に直結してくる。投資家もこの点に着目しており、組織レジリエンスを企業評価指標のひとつとして位置づけている。言い換えれば、組織レジリエンスが高い企業は投資家からの信頼を構築しやすいというわけだ。
・不確実性への対応
日本でもベストセラーとなった『ワーク・シフト』。その企業版として、英国ロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットン氏が執筆した『未来企業』では、レジリエンスを「不確実性の増す世界において最も重要な能力」と位置づけている。先行きが不透明であるからこそ、社内・地域社会、そしてグローバルの三つの領域でレジリエンスを高めていくべきであり、そうした企業が未来に生き残れると説く。レジリエンスに向き合い、不確実性への対応ができるかどうかが、未来企業になる鍵といえそうだ。
・イノベーションの創出
レジリエンスが高い企業は、イノベーションを創出しやすい。変化に強い組織というのは、一度失敗したとしても、それを糧にする文化が醸成されているものだ。そのため過去の経験から学び、そこから新しいアイデアやソリューションを生み出せる。
・従業員満足度の向上
レジリエンスが高まるということは、従業員のストレスや不満を軽減できている証である。つまり、企業が従業員のレジリエンスをサポートする体制が整っていれば、従業員は困難な状況であっても前向きに仕事と向き合い、パフォーマンスを発揮してくれる。レジリエンスと従業員満足度は密接な関係なのである。
●従業員にとってのメリット
・ストレスが成長につながる米国スタンフォード大学教授のケリー・マクゴニガル氏は、著書「スタンフォードのストレスを力に変える教科書」のなかで、「ストレスこそが強さと成功の源。ストレスを避けるのではなく、受け入れてうまく付き合っていくことでレジリエンスが身につく」といった見解を述べている。一般的にはストレスは心身に悪い影響をもたらすと考えられがちだが、適切に向き合えば、人に力を与えてくれるばかりか、大きく成長していく糧にもなるという。
・ストレス耐性が高まる
レジリエンスが高まれば、ストレスを感じたときに即座にポジティブ思考に切り替えることができる。そのためストレス社会の中で困難な状況や逆境に陥ったとしても、それを乗り越えパフォーマンスを発揮できる。
・適応力が身につく
レジリエンスが高め、課題と向き合うことで物事を論理的に解決する能力が身につく。そのため、環境の変化や未経験の業務に対しても、成果に結びつく道筋を自ら見出し、それを実践することができる。
・人間関係の改善
ストレスに溢れる現代社会。多くの人が抱えているのが対人関係のストレスではないだろうか。レジリエンスを高めると精神的な柔軟性を持てるので、自身を取り巻く人間関係を前向きに捉えることができるようになる。何か問題があっても解決に向かわせる力が生まれやすいと言われている。
・自己評価力の強化
とかく、人間は自分を客観視することが苦手だ。過大に評価しすぎたり、過小評価してしまったりする。レジリエンスは、自分を客観視することから始まる。正しく自己評価できるようになると自分に対する自信を持てるようになるだけでなく、自分に足りない部分にも冷静に向き合うことができる。それが、自己研鑽にもつながり、成長を促してくれるとされている。
「レジリエンス」を高めるべき人材
強い組織を作り上げるには、レジリエンスを持った人材が必要といえる。ならば、どのような人材こそレジリエンスを高めていけば良いのだろうか。●ストレス耐性が低い方
まずは、仕事絡みでストレスを溜めやすい方である。具体的には、40代以降のビジネスパースンが挙げられる。課長など中間管理職的なポジションに立つケースが多いので、上や下の層の間に立ってどう立ち回っていけば良いかと日々悩みがちになるからだ。また、真面目一筋の方、頑張り屋と周囲から言われている方もストレスを溜めやすいので、レジリエンスを高める必要がある。●変化の激しい業界にいる方
変化、変革はある日、突然やってくるというわけではない。特に現代社会は日々ものすごいペースで変わりつつある。もちろん、そのスピード感は業界によって若干は異なってくる。技術革新が速い業界、顧客ニーズが劇的に変化していく業界の方には、ぜひレジリエンスを高めてもらいたいものだ。●役職者の方
人材不足や働き方改革、多様化する部下への対応に加え、昨今はリモートワークの拡大などもあって、役職者はかなりのストレス、プレッシャーを感じながら働いている。そうした厳しい状況のなかでも、グループや組織をけん引し、目標に向かってチャレンジしていかないといけないので、役職者にはレジリエンスが不可欠な能力となってくる。「レジリエンス」を高める6つのコンピテンシー
米ペンシルバニア大学のカレン・ライビッチ博士が提唱した、レジリエンスを構成する6つのコンピテンシー(要素)がある。それが「自己認識」、「自制心」、「精神的敏速性」、「楽観性」、「自己効力感」、「つながり」だ。これらを理解し、意識することがレジリエンスを高めるために重要となる。・自制心…自らの気持ちを把握し、行動を律すること
・精神的敏速性…大局的に物事を捉えて冷静かつ迅速に対処すること
・楽観性…自分の未来を良くできるという確信を持つこと
・自己効力感…自分なら逆境や難局を乗り越えられると信じること
・つながり…困難な状況にあっても、支えてくれる他者がいること
「組織レジリエンス」を高める要素
●心理的安全性
従業員の誰もが不安を感じずに発言・行動ができ、失敗を奨励する組織風土があることは組織レジリエンスにとって重要だ。それにより組織内での情報共有や意見交換が活発になり、問題を解決に導くことができる。●シナリオプランニング
シナリオプランニングは、物事で状況を長期的な視野で捉え、今後起こりうる未来の出来事を想定して、その対象法を準備しておくことだ。シナリオプランニングをしておくことで、何か問題が起きたときに迅速な対応を取ることができる。●独自のブランド力
独自のブランド力も、レジリエンス向上につながる。不確実性の時代でどんなに環境が移ろおうとも、変化に左右されない差別化された確固たるブランド力があれば、企業は存続していける。まとめ
「レジリエンス」は持って生まれた能力ではない。努力を続けていけば、その力を高めていける。まずは一人ひとりがレジリエンスを正しく理解し、日々意識していくこと。併せて、人事担当者やチームリーダーが中心となってレジリエンスを強化する施策を行っていけば必ず効果は期待できる。強い組織を作るためにも、個人のレジリエンスを強めていく必要があることを伝えたい。よくある質問
●「レジリエンス」が高い人(レジリエントな人)の特徴は?
「レジリエンス」が高い人、すなわちレジリエントな人には共通する特徴がある。それが以下である。・思考が柔軟
・感情をコントロールできる
・自尊感情が備わっている
・挑戦し続けられる
・楽天家
●企業にとって「レジリエンス」を高めるメリットは?
企業にとって「レジリエンス」を高めるメリットは、以下が挙げられる。・ダイバーシティ・マネジメントの推進
・企業評価指標の活用
・不確実性への対応
・イノベーションの創出
・従業員満足度の向上
●個人が「レジリエンス」を高めるメリットは?
個人が「レジリエンス」を高めることで以下のようなメリットを享受できる。・ストレスが成長につながる
・ストレス耐性が高まる
・適応力が身につく
・人間関係の改善
・自己評価力の強化
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