主に大手企業が導入している「役職定年」。決められた年齢に達した段階で社員が役職を退く制度だ。組織を活性化する一面があるものの、近年は廃止に踏み切る動きも見られるようになってきた。その制度を運用することによって、ベテラン社員の士気が低下してしまうことを懸念しているようだ。そこで、本稿では改めて「役職定年」のメリットとデメリットを検証するとともに、その問題点にいかに向き合っていけば良いのかを考察してみたい。
役職定年

「役職定年」とは?

最初に「役職定年」の定義やその制度が生まれた背景を解説していこう。

「役職定年」とは、役職毎に定年を設定し、その年齢に達したら役職から自動的に退く制度である。例えば、部長職の役職定年が55歳と決まっている場合には、その後は別の職位・ポストで勤務することとなる。

●「役職定年」は何歳から?

何歳で「役職定年」になるかは、企業によって異なる。一般的には50代後半から60歳が多い。ただ、そのほとんどは60歳定年を前提に設定されたものであるだけに、今後は引き上げられる可能性が大きいと言える。

●「役職定年」が生まれた背景

「役職定年」が生まれた背景として二点指摘できる。一つが定年の延長だ。1980年半ばまでは定年を55歳とする企業が多かった。だが、1994年には60歳未満の定年が禁止されるに至った。その結果として、企業は人件費が大きく増えた上に、若手社員の活躍機会が減ってしまった。

もう一つの背景は、終身雇用や年功序列の崩壊である。これにより、人材の流動化が進むと共に、成果主義を導入する動きも高まっている。ただその一方で、企業は転職に踏み切りにくい勤続年数の長い社員を抱え込むこととなってしまったのも事実だ。それらの打開策として「役職定年」が導入された。

「役職定年制度」のメリット

次に、「役職定年制度」のメリットを取り上げたい。

●組織の新陳代謝

日本企業では降格人事はかなりレアといえる。それだけに、ポストが固定化されやすい傾向にある。だが、「役職定年制度」があることによって、特定の社員が長期に渡って役職に就くことがなくなる。その結果として、若手も役職者になれる可能性が増え、組織としての新陳代謝や若返りが促される。当然ながら、若手のモチベーションは高まるので、離職の防止にもつながると思われる。

●シニア人材のキャリアシフト促進

人手不足が経営課題となっている企業では、シニア人材の活用に取り組んでいる。一方、シニア世代となった社員自身も、人生100年時代を迎えるなか、まだまだ働かざるをえない状況下にあったりする。その意味では、「役職定年制度」によって、何歳で役職を終えるかがわかっていれば、企業としては長期的なスタンスで社員の採用・育成に取り組める。また、社員自身も役職を退いた後のキャリア設計を早い段階から検討しやすくなる。

●人件費の削減

人件費の削減も「役職定年制度」の大きなメリットだ。日本企業では長らく年功序列を前提とした昇給・昇進が行われてきた。その結果として、勤続年数が長い社員ほど給料も役職も高かった。今後、ベテラン社員の割合がますます増えていくことを考えると、「役職定年」を導入して人件費を抑える効果は大きいと言わざるを得ない。

「役職定年制度」のデメリット

当然ながら、「役職定年制度」はメリットばかりではない。デメリットも挙げられる。それらを説明していこう。

●有能な人材を退任させざるを得ない

「役職定年制度」では、能力がどれだけあっても決められた年齢に達したら役職を退かないといけない。豊富なノウハウを持っている、リーダーシップを上手く発揮し売り上げを伸ばしてきたなどの人材であってもポストを離れることとなる。

●組織のパフォーマンス低下

「役職定年制度」によって管理職が入れ替わるとなると、そのポストを引き継ぐ人材が、同等のレベルであれば何も問題はない。しかし、前任者よりも能力が低かった場合はチームや組織のパフォーマンスが低下せざるを得なくなる。業績のダウンにつながる可能性が大きい。

●シニア人材のモチベーション低下

「役職定年」はシニア人材のモチベーション低下をもたらしている。社内において活躍の場がなくなってしまったような気持ちになるからである。さらには、2021年に施行された高年齢者雇用安定法により「70歳までの就業機会の確保」が企業への努力義務に位置付けられた。今後、シニア人材のモチベーションをいかに維持していくかが企業にとって課題となってくるのは避けられないであろう。

●年齢差別と捉えられる

法律上では、定年を70歳まで引き上げることが企業の努力義務として課せられている。当然ながら、シニア社員が増えることになるが、「役職定年」を設けることで高齢であっても能力がある社員に対する差別であるという指摘が寄せられるかもしれない。いわゆる、エンジズム(年齢差別)と捉えられる可能性もあり得る。

「役職定年制度」の現状

実際のところ、「役職定年制度」を巡る現状はどうなっているのだろうか。幾つかのデータを基に探ってみたい。

独立行政法人 高齢・障害・求職者雇用支援機構の調査結果によると、約6割が「役職定年」後に仕事に対するモチベーションおよび会社への貢献意欲が「下がった」と回答している。やる気の減少が大きいようだ。その原因としては、「給与の大幅な減少」、「年下の上司との付き合いづらさ」、「今までのキャリアやスキルを活かせない」、「会社からの期待を感じられない」などが挙げられる。それを裏付けるかのように、法政大学などの調査によると「役職定年制」の前後で年収は平均23.4%も下がっているという。

こうした声が高まっている上に、昨今の状況を踏まえて「役職定年制度」そのものを疑問視する意見も見られる。例えば、日本企業では近年、職務等級・役割等級制度を導入する動きが目立っているが、年齢だけを判断材料とする「役職定年制度」は新制度の意図に反していると指摘されている。また、70歳までの就業機会確保が企業に努力義務として課される中、従来以上にシニア社員のモチベーション維持に配慮しなければいけないが、「役職定年制度」はそうした方向にマイナスに働いてしまうという意見も見られる。そのため、近年では「役職定年制度」導入する企業は減りつつある。

役職定年後の社員のモチベーション低下を防ぐ施策

それでは、「役職定年」後の社員のモチベーション低下をいかに防いでいけば良いか。幾つかの案を提示したい。

●トータルリワードの推進

人間は誰かに認められたり、自分の役割を実感できたりすることによってモチベーションが高まる。これは、何歳になっても変わらない。感謝の言葉や相手からの承認など「非金銭的な報酬」を得ることが大きな励みとなる。そうした心理的な報酬を与えることをトータルリワードという。この取り組みを推進していくことで、役職定年者の意欲を維持できる。

●社員のキャリア開発

社員のエンゲージメントやモチベーションを高めるためにも、企業には社員の自律的、かつ主体的なキャリア形成を支援していく姿勢が求められる。具体的には、ミドル期を迎えた社員を対象とする「役職定年」後を見据えたキャリアプランニングの提案や管理職の方への転職支援などの施策が挙げられる。「役職定年」をした後にもさまざまな選択肢があることを見せることで、本人も納得したセカンドステージを選択しやすくなる。

●新たなポストの設置

「役職定年」を迎えた方に、管理職以外で培ってきたキャリアや経験を活かせる新たなポストを用意するのも得策だ。モチベーションを下げずに済むからだ。例えば、新たに管理職となった社員のサポーターや若手社員のメンターを任せてみるのはどうだろうか。または、新たな肩書を用意するのも良いアイデアだ。役職を退き、肩書きもなくなると組織における自らの存在感まで失った気になるからである。それは避けなければいけない。

●働き方の柔軟化

柔軟な働き方ができるようにすることも、ぜひお勧めしたい。例えば、管理職の時よりも勤務時間や出勤日を減らしても良いようにするという方法もある。また、他社との兼業・副業を可能とするのも一つの施策だ。新たな活躍の場を見つけることが、本人のやりがいにつながっていくのは間違いない。

役職定年制度にかわる「ポストオフ制度」とは

最後に「ポストオフ制度」についても解説しておきたい。

「ポストオフ制度」とは、一定の年齢に達した際に、年齢を判断材料の一つにして役職から外れるかどうかを判断する人事制度を言う。組織の活性化や若手の登用、人件費の削減などを目的として導入するケースが増えている。

どうしても、「役職定年」だと役職を退いた後は給与や待遇が悪くなるだけに、退社する傾向が強いと言える。これに対して、「ポストオフ制度」は、事前に設定された年齢で役職を退く点は「役職定年」と同様だが、評価や役職任期、年齢などを総合的に考慮して「役職定年」者を決める、役職を退いた後も社内に残って業務を行える、しかも給与や待遇が変わらないことが多いなどの点で違いがある。ジョブ型雇用を導入する企業で多く見かける。ただ、「ポストオフ制度」であっても企業によっては、その内容が異なってくるので注意を要する。

まとめ

少子高齢化が加速する日本では、シニア人材の活用は人材不足を解消する有効な手立てとなってくる。ただ、年功序列がまだまだ温存されている状況下では、人件費とのバランスをいかに図っていくかがポイントとなってくる。その点、「役職定年」はメリットがあるが、半面デメリットも存在する。具体的には、モチベーションの低下や年下上司との関係の難しさなどだ。

そうした問題を解決するためにも、社員に早い時期から人生100年時代を見据えた長期的、自律的なキャリア形成を意識づける必要がある。また、「役職定年」後の社員には企業として何も支援しないというのは良くない。さまざまな選択肢を用意し、モチベーションを維持できる環境を作り上げるようにしたい。

よくある質問

●「役職定年」のメリットは?

「役職定年制度」のメリットとしては、組織の新陳代謝が図れる、シニア人材のキャリアシフトを促進できる、人件費の削減につながるといった点が挙がる。

●「役職定年」のデメリットは?

「役職定年」はメリットばかりではない。デメリットとして、有能な人材を退任させざるを得ない、組織のパフォーマンス低下やシニア人材のモチベーション低下につながる恐れがある、年齢差別と捉えられる可能性があるなどがある。
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