東京都が全国初の「カスハラ防止条例」の制定を目指すことが報道されるなど、カスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題化している。クレーム対応において、企業は、3つの「守る」を実践することが肝要だ。守るべきものとは、「(1)企業のブランド価値」、「(2)顧客や取引先との信頼関係」、「(3)従業員の健康」をいう。この3つの価値を守るため、組織全体の意識醸成とカスハラ防止体制の整備が喫緊の課題となる。
【判例に見るカスハラ事例集】クレームから守るべき「3つの価値」とは。組織の意識改革と防止体制の整備を(第3回/全3回)

クレーム発生後、どこで対応を誤ったのか

社会福祉法人Y会事件・長崎地裁令和3年1月19日判決は、40代女性の保育士が、保育園内での虐待騒動(虐待疑惑について保護者からの追及、テレビ報道、特別行政指導監査)後に発病した軽症うつ病エピソードが重症化して自殺した事案につき、法人に対して約3,512万円の賠償命令を言い渡した。

虐待騒動後に複数の保育士の体調不良や退職が続く中で、保育園は理事長や主任保育士による定期的な個人面談や、自殺約1ヵ月前から臨床心理士によるカウンセリング等を行った。業務の廃止や簡略化も実施された。これだけを見ると、保育園はそれなりの対応をしているようにも見受けられる。しかし、長崎地裁判決は使用者の損害賠償責任を認めた。それはなぜか。

判決は、「主任らによる個人面談は、その前後を通じて定期的に実施していたものの、当該保育士が、そのときどきで同僚の保育士に訴えたり、主任らも認識していた当該保育士の心身の不調や、保育業務に関する負担等については、さほど面談記録には残されておらず、同個人面談が、当該保育士の心身の状況や業務負担を把握し、改善するために十分に機能していなかった」と認定した。

心身の不調とは、食欲不振、不眠、元気がない、動作が遅い、反応が薄い等の精神症状である。また、保育業務に関する負担とは、当該保育士が虐待を追及したり同調したりした保護者の子や、その他苦情の多い保護者の子のクラスを担当することの負担である。それにもかかわらず、自殺した保育士は臨床心理士によるカウンセリングを受けていなかった。保育士の退職が続く中で勤務シフト作成業務に苦労したことから、一定の業務量削減がなされたとしても、それによる心理的負荷軽減の効果が大きくなかった。

そのため、判決は、当該保育士の「業務負担の程度や健康状態を正確に把握し、心理的負荷を軽減して、健康を維持するための適切な措置をとっていたということはできない」と判断して安全配慮義務違反を認めたのである。

面談やカウンセリングを実施しただけでは、そもそも従業員が相談に訪れることはなく、話を聞いても実態を申告するとは限らない。形式的に体制整備をしたとしても、それにより企業が免責されるわけではないということだ。

カスタマーハラスメントを予防管理するには

顧客や取引先からのクレームが増加する状況を受け、「企業の実情に応じて職場をサポートする体制を整備すること」が求められるようになってきた。

その「体制づくり」に当たっては、まず、経営者が、カスハラを許さず、経営者自ら防止に取り組むとともに、組織全体の意識を向上させて、「カスハラを行わせない」、「放置しない」などの方針を表明することが重要だ。トップマネジメントが「顧客第一主義」にも例外があることを示すと、“カスハラ防止に予算と人員を使ってよいこと”が組織全体に理解されるようになる。

「クレーム自体の発生予防」については、リスクの洗い出しをし、クレームの影響度や発生頻度から優先順位づけをした上で、クレーム予防の具体策を検討する。自社の製品やサービスの知識を習得することは比較的実行が容易な予防策だ。また、サービスの成功または失敗の原因や理由を明確にし、会議や文書などで共有した上で、成功・失敗の教訓を今後のサービスに活かす。特に過去の失敗事例を検証し、改善策や再発防止策を策定した上で、研修において水平展開しておく。

リスクアセスメントや研修において明らかにされたクレームごとに、個々の従業員が持つ属人的なノウハウをマニュアル化しておくと、クレーム対応の質的負担を平準化することに繋がり、従業員の心理的負荷が軽減される。

また、クレームは必ず発生するとの意識を組織全体に醸成しておくと、発生したクレームを迅速に関係者に連絡できるようになる。

それとともに、相談窓口を設けて、これを従業員に周知する。従業員に対しては「悩んだら、一人で抱え込まず、相談窓口に限らず、上司や同僚に相談すること」を徹底するとともに、相談しやすい環境づくりも肝要である。そして、相談を受けたら、その相談内容や状況に応じて適時適切に対応することが望ましい。カスハラ相談を「サービス」として捉え、マーケティングの手法を使った「顧客」目線の相談窓口の運用が必要である。

そして、クレーム対応を適切に行って顧客との信頼を維持したこと、クレーマーの悪質な要求を受け入れずに適切に解決したことを人事考課の評価項目に入れると、従業員が前向きに取り組む動機付けとなる。逆にクレームを受けたこと自体をマイナス評価することは禁物だ。

従業員のニーズに把握し、これに適合する体制整備をしなければ、安全配慮義務違反を問われることになる。逆にカスハラ防止体制が有効に機能すると、相乗効果により3つの価値が向上することになるだろう。
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