デジタルデータが整備されていない状況ではAI活用は進まない
組織づくりのプラットフォーム「sonar HRテクノロジー」などを展開するThinkings株式会社はこの度、「HR領域における『AI活用』最新トレンドと展望の発表会」を開催した。まずは、AI専門メディア『AINOW』の編集長で、書籍執筆や講演なども行うAI領域のオピニオンリーダーとも言える小澤 健祐 氏が、日本企業において生成AI活用が進まない現状と、進めるための課題を解説した。
小澤氏いわく「日本でHR領域だけで大きな動きがあるかといえば、まだまだ」だそうだ。ただし、これはHR領域に限ったことではない。帝国データバンクの調査によれば、日本企業での生成AI活用率は、2023年6月時点で「9.1%」、同年10月では「10.7%」と低く、4カ月が経っても、わずか1.6%しか増えていない。またAIツールを導入済みの企業は18%だが、すべての社員が使っているわけではなく、社内で独自のAIツールを導入している大企業でも、それを使用している社員はせいぜい20~30%だという。
小澤氏はこうしたAI活用がなかなか進まない一因について以下のように語る。
「ChatGPTの存在感の大きさから、みなさん対話型のシステムだと思っていて、HR領域で事例が増えていない。AIは膨大なデータを学習し、その汎用性の高いモデルから、プロンプトを入力すると良い出力を推定してくれるもの。これを、何か質問をすると答えを教えてくれるチャットボットであると勘違いしてしまっている。生成AIを検索ツールの延長で考えてしまうと、HR領域での活用はまず進まない」
生成AIは画像、テキスト、動画、音声までさまざまな物を生み出せるのだが、処理できるのはデジタル化されたデータだけである。つまりデジタルデータの蓄積がなければ、そもそもAIは機能しない。そのことを理解していない現場が多く、生成AIの活用が進んでいないのだと小澤氏は指摘した。
AINOW編集長の小澤健祐氏
「デジタイゼーション」とは、アナログなデータをデジタルに変換し、活用できるようにまとめることである。例えば、以下が挙がる。
・マーケティングオートメーションの活用(DMの開封率などをデジタルデータに)
・会計クラウドシステムを導入(取引先をデジタルデータに)
・チャットボットの活用(お客様の声をデジタルデータに)
一方で「デジタライゼーション」とは、データとデジタル技術を使って企業の競争優位性を高めることだ。例えば、以下が挙がる。
・自動化/プロセス最適化(データを自動的に処理することで、業務効率化につなげる)
・意思決定のスピード向上(データを可視化し、自社のユーザ情報などをリアルタイムに把握。迅速な意思決定に)
・サービス付加価値向上(ユーザ体験を向上し、サービスの付加価値を向上させる)
「デジタイゼーション」と「デジタライゼーション」の両方を行って業務効率化を図るのがDXであり、生成AIはデジタライゼーションのほうに大きなインパクトをもたらす技術である。そのため小澤氏は「生成AI活用するためには今後、人事の領域でもデジタルデータを管理する必要がある」とデジタルデータ蓄積の重要性を説いた。
採用環境の変化に応じて、AI活用の領域も広がっていく
その後、Thinkingsの執行役員CHROである佐藤 邦彦 氏が人手不足や人材不足という課題に対して、AIをいかに活用するかを解説した。同社が展開する採用管理システム「sonar ATS」が目指す「次世代HRプラットフォーム」という構想に照らしながら、企業と応募者双方における採用の質を向上するためのAI活用の方法と今後の展望を語った。佐藤氏はまず人手不足の課題感の大きさを説明。「経営課題として人材不足は避けて通れない。応募者の価値観の多様化、売り手市場により採用の難易度が非常に上がっている」と現状の問題を話した。2040年には1100万人の労働力不足になるという試算まであるという。
資料:Thinkings株式会社
AIツールを活用した:81.4%が「達成した」
AIツールを活用していない:47.7%が「達成した」
AIツールを活用した:74.4%が「達成した」
AIツールを活用していない:46.7%が「達成した」
AIツールを活用した:73.3%が「足りていた」か「まあまあ足りていた」
AIツールを活用していない:49.5%が「足りていた」か「まあまあ足りていた」
以上のように、いずれもAIツールを活用した人事や採用担当者のほうが優れたスコアだったそうだ。そうした調査結果を踏まえ、佐藤氏は「次世代HRプラットフォームが目指す未来」として、採用環境の変遷に応じたAI活用の変化を展望した。
Thinkingsの執行役員CHRO 佐藤邦彦氏
また1~2年後には、「人手不足がより顕著に」なる。2024年問題と言われる労働規制の影響が顕在化し、また各職種での人手不足が顕著になるという。そうした環境においては、個別最適化をAIが支援・向上することになると佐藤氏は予測する。例えば、応募者のステータスに合ったメールを制作・自動で送信、応募者に合う採用プロセスの制作支援などだ。
さらに2~3年後には、「人事担当者不足も顕著に」なる。採用を行う人事担当者の人手不足も深刻化する。そこでは、あらゆる採用フェーズにAI活用の必要性が増し、様々な要素が絡む複雑なAIが支援・向上すると推測。例えば、応募者の特徴に合わせた面接官を自動的にマッチングしたり、入社後のオンボーディングプランを立案したりすることが可能になる可能性があるそうだ。
そして3年後以降は、「採用の複雑化、多様化が強まる」。求職者個別に最適化された採用フロー運用が必要となり、人事担当者だけでは対応するのが困難な状況になるのだという。そこで、戦略や施策プランをAIが立案・実施支援するようになると佐藤氏は展望する。例えば、目標に沿った採用計画の立案と実行の支援、求人の掲載媒体選定や掲載内容にもAIが踏み込んでいけることになるようだ。
資料:Thinkings株式会社
またThinkingsはこの度、「sonar ATS」に「AI求人作成アシスタント(β)」という、AIが求人作成プロセスに伴走する機能が追加されることも発表した。発表会では同社のProduct management Teamマネージャーの後藤 耕大 氏が、実際にAIと対話をしながら人材要件をすり合わせて効率的な求人票の企画制作する過程を実演してみせた。
ThinkingsのProduct management Teamマネージャー 後藤耕大氏
資料:Thinkings株式会社
人手不足が深刻化する中、AIの活用は今後の人事戦略において不可欠と言える。今回の発表会では、生成AIの活用を進めるためには、まずはデジタルデータの整備が必要であること、またAI活用が進むにつれて、採用プロセスの精度向上や効率化が図れるだけでなく、人事担当者のリソース不足の解消にもつながるという予測が示された。人手不足の課題を抱える企業や、生成AIをどう活用すればいいか悩んでいる人事担当者は多いだろう。このThinkingsが発表したトレンドや展望を参考にして、急速な進化を続ける生成AIの具体的な導入策を検討してみてはいかがだろうか。
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