ビジネス環境をグローバルに展開する企業が増えていく中で、ダイバーシティやインクルージョンは単なる倫理的義務の域を越え、企業の持続可能な成長や革新につながる要素として位置づけられています。障害者雇用率などの障害者雇用割当施策は日本の制度ではあるものの、ダイバーシティの一つとして捉えられることから、組織としてどのように取り組むのかは重要な意味を持つことになります。そのため、企業や人事担当者は障がいに対する考え方を理解しておくことが肝要です。国際社会においては現在、障がいに対して「社会モデル」の考え方が取られていますが、この「社会モデル」とはどのような考え方なのかを解説していきます。
企業が知っておくべき、グローバル視点からみた障がい者の考え方【社会モデルとは】

「社会モデル」の考え方とは? 障がい者雇用との関係

国際的な流れの中で、最近の障がいに対する考え方として「社会モデル」が一般化しています。この「社会モデル」の考え方が反映されているのが、2006年に国連で採択された『障害者の権利に関する条約』(日本の批准は2014年)です。その後、日本では『障害者差別解消法』(2016年施行)が成立し、これにより国や行政に差別の禁止や合理的配慮の提供の義務が課されるようになりました。また、2024年度からは「障害者差別解消法」改正により、民間企業の「合理的配慮」が法的義務化されています。

「社会モデル(Social Model of Disability)」は、障がいに関する理解と対応を根本的に変える考え方で、主に1970年代のイギリスで障害者権利運動の中から生まれました。イギリスの研究者であるマイケル・オリバー(Michael Oliver)が1983年に「社会モデル」という用語を用い、障がい者の経験を社会構造の観点から分析し、障がい者が直面する問題は社会が障がい者に適合することに失敗していることに起因することを示しました。つまり障がいを個人の医学的な問題ではなく、社会が作り出した障壁によるものと定義し直す必要があるとしたのです。

社会モデルでは、障がいは個人の特性ではなく「社会が作り出した障壁によって引き起こされるもの」と考えます。この社会で作り出した障壁には、モノ、環境、人的環境等などが含まれます。障がい者が直面する問題を、不適切な社会的構造や制度、アクセスの欠如などの環境要因に起因するものと捉え、これらの障壁を取り除くことに焦点を当てるという考え方をします。そして、障がい者が社会に参加できるように環境を改善することを目指し、障がい者自身の声を政策や実践に反映させることを重視するのです。

例えば、足の不自由な人が駅の中の移動で、長い階段を前に立っていることを想像してみてください。階段をのぼってプラットホームへ移動するのはとても困難だったり、移動できなかったりするかもしれません。しかし、その横にエレベーターがあれば、その人は問題なくプラットホームへ移動できます。社会モデルの考え方では、足の不自由な人が問題なのではなく、エレベーターがなくて移動できないことを問題と捉えます。

それでは、社会モデル的な考え方で障がい者雇用や職場環境を考えてみるとどうなるでしょうか。職場における物理的なアクセスの改善、技術の導入、柔軟な労働条件の提供などのニーズに合わせた環境整備などが考えられます。例えば、車椅子を使用する従業員のためにオフィス内に階段に代わるスロープを設置したり、発達障がいの従業員が快適に働けるよう静かな作業スペースを提供したりするなどの対応ができるかもしれません。

社会モデルは、障がい者一人ひとりのニーズに対応するための環境を整えることにより、すべての従業員が最大限に能力を発揮できるよう支援します。そして、障がい者を組織の一員として受け入れ、働くための体制を整えていくことで、その能力を仕事に活かしていきます。

これは、人的資本経営の考え方とも共通する部分があります。人的資本経営では人材を企業の「資本」と捉え、その価値を最大限に引き出すことで経営に活かしていきますが、同様に障がい者も人的資本と捉え、社会モデルで言う「障壁」を取り除くことで組織に貢献できる体制が作れます。

「社会モデル」と対比される「医学モデル」とは?

「社会モデル」とともに対比されるのが「医学モデル」の考え方です。医学モデルでは、障がいを個人の問題として捉えます。また、障がいを「治療」や「修正」が必要な状態と見なし、主に医療的な介入を通じて個人の「正常化」を目指すものと考えます。障がいの原因は個人にあり、社会や環境の改善よりも個人の調整に重点が置かれるのです。そのため、医学モデルに基づく障がい者雇用のアプローチでは、職場での障がい者のサポートが主に医療的な対応や個人の能力向上に限定されます。例えば、聴覚障がいの従業員がいる場合、補聴器の提供や発話訓練を通じて個人の「問題」を解決するなどです。

医学モデルは、障がいを具体的に特定しやすく、個別の医療的支援を通じて障がい者の職場での機能を向上させることができるという点でメリットがあります。障がいの診断と治療に焦点を置くことで、個人が必要とする具体的な支援を迅速に提供することができます。一方で、社会的、環境的障壁が無視されがちで、障がい者が直面する実際の問題の多くが見過ごされることがあります。そのため障がい者を「依存的」な存在として扱う傾向があり、自己決定や社会参加の機会を制限してしまうことがあります。

とは言え「医学モデル」が「社会モデル」よりも良くないという意味ではありません。両方の視点が必要でありつつも、医学モデルの有効性とその限界を理解することが、障がい者雇用においてより包括的で公平な職場環境を構築するための第一歩になると認識することが大切です。

国際生活機能分類(ICF)と社会モデルの共通点

国際生活機能分類(ICF)は、世界保健機関(WHO)によって2001年に公表された健康と障がいに関する国際的な分類システムです。ICFは、障がいを単なる健康問題としてではなく、個人とその環境との相互作用として捉えることを目的としています。そのため障がいの身体や精神の機能的な面だけでなく、日常生活における社会的な役割や活動への参加活動や環境要因も含めてみていきます。
国際生活機能分類(ICF)

出典:ICF(国際生活機能分類)-「生きることの全体像」についての「共通言語」-(厚生労働省)

この国際生活機能分類(ICF)と社会モデルは、障がいに関する理解で同じような考え方をしています。どちらも障がいを個人の問題としてだけではなく、社会的・環境的要因が大きく影響するものと捉えているからです。

障がい者雇用を進めるときには、障がい者が直面する障壁の一つとして、物理的アクセシビリティ、態度、社会的な支援といった社会的・環境要因が課題になることが少なくありません。そのため障がい者の社会参加の障壁を取り除くために、一緒に働く組織の考え方や態度、仕組みを変化させる必要があるかもしれません。

多くの企業がグローバルに事業を展開する中で、国際基準であるこのような考え方を取り入れていくことはコンプライアンスやリスク管理の対応とともに、人材活用という面からも企業価値の向上に関係することになります。障がい者雇用をダイバーシティや人材戦略の一つとして捉え、どのように活躍できる場を作っていくのかを考えていくことが、今まで以上に求められています。



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