令和2年度に約8億円の事務処理ミスを犯した年金業務受託団体
令和3年9月10日、厚生労働大臣から公的年金業務を受託実施する民間団体が、令和2年度の1年間に発生させた事務処理ミスの実態を公表した。その内容を見ると、昨年度、この団体が起こした年金手続き上の事務処理ミスは1,601件あり、当該ミスが金銭面に及ぼした影響は、合計で7億8133万1984円に上るとのことである(日本年金機構:事務処理誤り等(令和2年4月分~令和3年3月分)の年次公表について)。
つまり、私たちが苦労して納めた年金保険料や税金の取り扱いが、1年間で約8億円分も間違っていたわけである。このように、業務上のミスによって多くのステークホルダーに不利益を与える企業は、決して少なくない。
“仕組み”を変えただけでは完全に払拭できない
一般的に、業務上のミスを解消するには、原因を分析して業務プロセスの見直しなどに取り組む必要がある。ところが、業務プロセスを見直した結果として、「ミスは減少したものの、完全には撲滅しきれなかった」、「一時的に払拭された業務上のミスが、時の経過とともにまた発生しはじめた」などの現象が散見される。
このような状況に陥る典型的な原因のひとつに、「業務上のミスに対する社員の意識が変わっていないこと」がある。
業務プロセスの見直しは、いわば“仕組み”の変更である。しかしながら、どんなに優れた“仕組み”にリニューアルをしても、その“仕組み”を運用する社員の意識がリニューアルされていなければ、十分な業務改善効果を享受できない。そのため、「ミスを解消しきれない」などの状況に陥るわけである。
社員に共有できていない“トップの危機感”
前述の年金業務受託団体の例で考えてみよう。この団体は、1年間に8億円分ものミスを犯したのである。まともな経営者であれば、想像を絶する罪悪感・危機感にさいなまれてしかるべきであり、徹底した業務見直しに奔走するのが当然といえよう。
それでは、社員も経営者と同じ気持ちになるのだろうか。
もしも、全社員がトップマネジメントと同レベルで強烈な危機感を抱き、その危機感を維持したまま、1年間業務を遂行できたならば、恐らく次年度の業務上のミスは激減するはずである。
しかしながら、全ての社員が経営者と同レベルで危機感を持つことなど、残念ながら極めて稀である。この傾向は、企業規模が拡大し、組織構造が重層化・複雑化するほど顕著である。前述の年金業務受託団体の例で言えば、8億円分ものミスを犯しているにもかかわらず、多くの社員がその事実を他人事と捉えていても、何ら不思議ではない。
業務上のミスに対する社員の意識が変化していない状況下では、「ミス払拭」を目的に業務プロセスを変更したとしても、実効性を伴った“仕組み”の変更になるはずがない。
リーダーの“ダイレクトコミュニケーション”が組織に危機感を浸透させる
昨今、多くの企業が、組織内情報共有ツールとして「グループウェア」を利用している。業務ミスに関連する情報も、グループウェア上で公開することにより、社員の意識変革に繋げようと試みる企業が少なくない。しかしながら、業務上のミスに対する社員の危機意識は、情報をグループウェアで知る程度では、十分に芽生えるものではない。コンピューター画面の表示には、情報伝達機能こそ存在するものの、見ている者に当事者意識を醸成する機能までは備わっていないためである。
真に、社員一人ひとりに健全な危機意識を植え付けたいのであれば、トップマネジメントが自ら直接、社員と顔を合わせて指導することが欠かせない。また、その際は「業務上のミスへの危機感」や「ミス撲滅への決意」などについて、「トップマネジメント自身がいかに真剣に考えているか」という“温度感”をもって社員に伝えることがポイントになる。このような手法を、「ダイレクトコミュニケーション」と呼ぶことがある。
“温度感”のある言葉は、「相手の心を揺さぶる」という特徴がある。WEB会議システムの利用が一般化した現在でも、直接顔を合わせて行われるコミュニケーションほど、“温度感”を表現するのに秀でた手段はない。社員の意識を改革し、企業を「高機能組織」へと変革するには、リーダー自身による継続的なダイレクトコミュニケーションが鍵となるのである。
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