今回のリーダー:株式会社メディカルハンプ 代表取締役社長 内田 玉實 氏
新型コロナウイルスの感染が拡大し、「医療崩壊」を指摘する声がある。その影響は感染者を受け入れる病院だけではない。在宅診療最前線の「365日、24時間態勢」のクリニックにも及ぶ。様々な事情で自宅での診療を希望する患者やその家族が増えており、「365日、24時間態勢」の在宅診療クリニックは25年程前から増加している。だが、特に看護師にとっては労働時間が長く、しかも不規則な勤務になりがちだ。大学病院などに比べると辞めていく看護師が多い。今回取り上げる企業は、「365日24時間態勢」の訪問診療・看護業の株式会社メディカルハンプ。創業の1998年から看護師の採用や配置、定着に力を注いできた。この5年間で辞めた看護師はたった1人。施策によって、ほとんどの看護師が5年以上定着するようになっている。本記事では、代表取締役社長の内田玉實氏に伺った採用や配置、定着などについてのお話を紹介する。リーダープロフィール
内田玉實(うちだ たまみ)
看護師として都内の病院に勤務し、1995年に現在の恵泉クリニックの前身のクリニックを八幡山(東京都世田谷区)に開院。1998年に、同クリニックを千歳烏山(東京都世田谷区)に移転する。法人化し、恵泉クリニックと改称。そして1998年に株式会社メディカルハンプを創業する。その後、恵泉クリニックとメディカルハンプの創業経営者として双方の橋渡し的業務(管理監督など)を中心に行い、現在に至る。
創業時から看護師の「採用」や「配置」、「定着」を重要な問題と位置付けた
「医師や看護師をはじめ、スタッフ全員のチームワークがあってこそ、365日24時間訪問診療・看護の体制が成り立ちます。最近は在宅診療が定着し、自宅で看取る方が増えました。患者宅の家族から発熱などの連絡が入ると、私たち医師や看護師の中に緊張が走ります。昨年からの新型コロナウイルス感染拡大で医療現場はますます忙しくなりましたが、それでも、現時点まで私たちの24時間訪問診療・看護のチームがスムーズに対応できているのは、チームワークが機能しているからだと思います」(内田代表取締役社長)株式会社メディカルハンプ(正社員15人)の代表取締役社長を務める内田玉實氏がそう語る。社内には、訪問看護ステーション部門、デイサービス部門、居宅介護支援事業所などがある。中核になる訪問看護ステーション部門には常勤の看護師が10人(嚥下機能認定看護師1人を含む)、非常勤の看護師は3人、PT(理学療法士)が2人、OT(作業療法士)1人、管理栄養士1人、事務員が1人いる。
内田社長は同じビルにある医療法人社団親樹会・恵泉クリニック(院長 太田 祥一)の創立者でもあり、現在は事務長だ。内田社長は恵泉クリニックの前身である「沖田ビルクリニック」の設立時から現在に至るまでに25年以上、看護師や事務長として関わってきた。
「介護保険が2000年に始まる前の1995年にクリニックを開院しました。当時は、都内に365日24時間態勢の在宅医療クリックはほとんどなかったと言われています。当初は院長の下に私のほか、10人前後の看護師がいて、ローテーションで対応していました。深夜に患者宅に駆け付けるなど激務ですから、看護師たちは疲れてしまうのです。当時は、辞めていく看護師が少なくなくありませんでした。特に採用や定着、育成は重要な問題だったのです」(内田社長)
内田社長は医師や看護師らと話し合い、患者やその家族を支える態勢や看護師たちの就労環境を一層に整備するため、1998年にメディカルハンプと恵泉クリニックをそれぞれ別に設立することにした。メディカルハンプには訪問看護ステーション部門を設け、10人の常勤の看護師をそろえた。365日24時間態勢で訪問看護をする。
内田社長は「採用の時点で、本人の希望も取り入れながらも、適性をもとに、メディカルハンプと恵泉クリニックに分けるようにしました。在宅での看護に適性が向いている看護師を優先的にメディカルハンプに受け入れるようにすることで、定着を促進しようとしたのです」と配置の重要性についてそう語る。
人材紹介会社を活用し、面接で定着のポイントであるチームワークなどを徹底して確認
メディカルハンプの看護師は通常勤務の場合、所定労働時間の午前8時50分から午後5時30分の間に平均6軒の患者宅を自ら運転する車で訪問する。午後5時30分以降の所定時間外の勤務を担当しているのは、40~60代のベテランの看護師5人が中心だ。20~30代の看護師は、子どもがいる場合を考慮し、所定時間外の勤務は基本的には避けている。看護師の平均年齢は、40代半ば。20代後半以降の看護師を採用することが多い。定着率を高めるために、看護学校や大学の看護学部を卒業した新卒者よりは病院で一定の臨床経験を積んできた看護師の採用に重きを置く。これも離職を防ぐためだ。10年以上前は大学病院で場数を踏んできた人でも、いざ働くと「訪問看護は難しい」、「仕事がきつい」といった理由で、わずか数ヵ月で退職することがあった。
このような雇用のミスマッチがあり、同社は7年程前から採用の方法を変えた。それ以前は求人サイトや求人誌が多かったが、大手の人材紹介会社を通して採用するようにした。
「大手の人材紹介会社の方が紹介料などのコストは高くなるが、人材の質が上がり、定着する傾向になります。定着者が増えると、チームとしてスムーズに診療・看護をすることが可能になるのです」(内田社長)
大手の人材紹介会社から紹介を受けた後の面接では、内田社長と訪問看護ステーションの責任者である所長(看護師)の2人が 1時間以上に及ぶ面接を1~2回実施する。 2人は25年近くにわたり、看護師の採用や定着、育成について支え合ってきた。そのため、採用したい人材の認識は共有できている。認識を確実に共有することが、離職を防ぐことになると内田社長は考えている。実際、内田社長は所長が採否をためらった時には内定は出さない。現場の責任者の考えを最大限に尊重する方針なのだという。
「病院の看護師と訪問看護ステーションの看護師は役割が違うのですが、まずは病院で一定の臨床経験を積んだ人を優先して採用しています。例えば、大学の看護学部の学生は、365日24時間の在宅診療・看護クリニックを憧れで捉えている場合があります。その思いは大切なのですが、憧れだけではこの仕事は続かないのです。面接では、所長を中心としたチームワークを守ることができるか否かを再三、確認します。チームワークを乱す人は、ここでは長く働けません。現在はともかく、将来も夜の勤務ができない人は採用していません。いつかは、夜勤をしてほしいのです。そして、この仕事が好きであるかも徹底して確認します」(内田社長)
労働環境を整備し、チームワークをより強力にする
離職を防ぐためにも、特にこの15年程は労働環境の整備には熱心に取り組んだ。現在は看護師全員がローテーションを組んで、週休2日制のもと、夏季休暇や5月の大型連休、年末年始の休暇を消化できるようになっている。可能な限り、柔軟に働くことができるようにしているのだ。例えば、子どもの体の具合が悪いときは、1週間以上休む人もいる。ほとんどの看護師に残業はないが、仮にある場合はローテーションを組んで当番制としている。チームワークを守る観点から、特定の看護師の働き方に他の看護師から例えば、「あの人の休暇は多い」などと疑問や不満の声がある場合、早急に話し合いの場を設ける。その場で社長や所長が、疑問や不満の対象となった本人にヒアリングをして解決を図るように努める。
加えて、労働条件を整えることも重視してきた。同社の看護師の賃金は、都内の大学病院よりもやや高くしている。そして毎年、人事評価に基づき、昇給する。この取り組みによって、5年程にわたって退職者はいなくなった。内田社長によると「労働条件や就労環境を整え、看護師たちで思いを共有し、互いに支え合い、助け合う関係を作ることが、定着する職場を作るうえでのコツ」という。
新型コロナウイルスの感染拡大が懸念され始めた2020年2~3月、同社は訪問診療の自粛の提案を患者や家族にした。だが、高齢の患者からは「(自宅に)どうしても来てほしい」、「(医師や看護師と)話がしたい」との依頼が多かった。2021年1月現在も、看護師は患者宅への診療を継続している。患者や家族から強い要望があることに加え、「今こそ続けなければいけない」という声が看護師に多いという。
「入浴や食事の介助は患者さんひとりではできない場合があります。ご自宅へ伺い、患者さんの診療をするのは対面でないと、なかなかできなません。医師や看護師は視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感を生かして診察します。私たちはオンラインを通じての診療も考えましたが、パソコンの画面での診療だけで患者さんのことを正確に把握するのは、現在は難しい。まして患者さんの大半が、高齢者。昼間は家族が仕事で家にいないためにひとりになっているケースが多い。家族と離れ、独居の高齢者も増えています。私たちはリスクがあろうとも、対面での診療を重視せざるを得ません。医師はもちろんですが、看護師たちが支え合い、患者や家族を守ろうとしています。その根幹になるのが、創業期から取り組んできた看護師のチームワークなのです」(内田社長)
今回の事例は、慢性的に人手不足であり、労働時間が不規則である職場で、どのようにして人を採用し、定着させるかを考えるうえでのヒントになりうるのではないか。採用の時点で適性を見極めて、面接では「入社の意志」や特に「入社後のチームワーク」を繰り返し確認する。そして、実際に働く時にチーム内から働き方や仕事への姿勢について疑問や不満が出たら、現場の責任者が早急に聞き取りをして解決に向けて話し合う。また、これらの取り組みと並行し、労働環境を整備する。この一連の施策は基本的なことではあるが、いざ取り組むとなるとぶつかる課題は多く、難しいはずだ。「働き方の改善」と「定着を見据えた採用や配置」の施策をセットで実行したからこそ、離職率を改善することができたのではないだろうか。
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