齊藤:微妙な言い回しになりますが、男性の理解を得ることです。PBのヒット作に「寝ながらできるナイトスチーマー」という商品があります。これを市場投入する時、営業の男性陣にはその価値がまったく分かってもらえず、悔しい思いをしました。男性には女性と同じような感覚がないからです。
この商品の売りは「寝ながら」エステができることなのですが「なんで寝ながらする必要があるの」とか「ナノイー発生器とどこが違うの」とか見当違いのやり取りに時間を取られるのです。寝ていても使える、熱くならないスチームの工夫とかがまったく理解されない。当然、販売計画も低く見積もられました。それを聞いて、私たち女性陣は「すごく画期的な商品なのに、なんで?」と疑問に思いました。
――美容に対する女性の思いに対する想像力がいささか足りなかったようですね。
齊藤:忙しい毎日を送る女性が優雅に美容に使う時間なんてなかなかありません。だからこそ、寝ている間にエステができるなんてスゴイ!助かる! という女性の声で生まれた商品です。でも、男性にはその価値が分からない。結局、女性の意見をしっかり集めてちゃんと伝えました。
結果は空前の大ヒット。女性の実感に根ざしたものづくりは信頼していいんだと思ってもらえたのではないでしょうか。この経験から、潜在ニーズや女性の生活実態を男性が理解できるように伝えることの大切さを学びました。そのためには客観的なデータによる地道な説得がモノを言うようです。
■ものとブランドのビジョンをぶらさぬ
――商品力とブランド力はどちらか一方が秀でるのではなく、両者の兼ね合いが大切だと思うのですが、実際どうなのでしょう。齊藤:禅問答のようですが「商品がブランドに見合わないことが起こりにくい」ブランドの作り方をすれば良いと思います。例えば「忙しいひとを、美しいひとへ。」は、効率的に美しくなれる点にフォーカスしています。このように、ものづくりのビジョンも目指す商品もはっきりしていれば商品開発上のロスが少なくて済みます。
ビジョンがぶれれば開発は遅れます。半面、パワーが集中できれば開発スピードも技術力も上がるので、結果的に良質の商品に仕上がるはずです。要するに、ものづくりとブランドづくりのビジョンがぶれないで、みんなが同じ方向を向いて作っていれば、見合わない商品にはなりづらいと思います。
――片方の力が微妙なら、他方の力で補えるとも言えますね。
齊藤:商品が大きく進化しないタイミングであっても、商品そのものを見直して、それにどう価値づけしていくかでフォローできると思います。例えば、技術はこの水準までしかいけなかったけど、この商品のこの価値をこう伝えたらお客様に役立つんじゃないかなといった提案ができるはずです。美容家電として上の世代には微妙だけど、若い世代には受け入れられそうみたいなフィードバックもできます。
一般論として、商品とブランドがフォローし合っていることはあります。しかし、ブランドが育っていないから、良いものが売れないという場合には、やはり、ブランドづくりをちゃんと考えるしかありませんね。
■商品力とニュース性に頼るのはつらい
――松下幸之助翁は「知らせないと商品は存在しない」から宣伝事業部を設けたとされています。“末裔”の思いはいかがですか。齊藤:ブランド作りはその一環だと思います。お客様とのコミュニケーションを深め、信頼関係を築かないと商品の価値は正しく伝わりません。だから、どんなに良い商品であってもブランドを作っていかないと……。事実、たとえ第一弾の商品が売れても第二弾がつまらなければ勝負になりません。
しかし、確かなブランドができていれば、商品の進化がそれほど大きくなくても、別の面にフォーカスすることでフォローできます。経験上、商品力とニュース性だけに頼る売り方を毎年続けるのは、正直難しい。だからこそ、ブランドをしっかり作り込む必要があると思います。
――この先のブランディングについてはどのような展望をお持ちですか。
齊藤:前編でお話しした「ターゲットと同じ方向を向いていく」というスタンスは変えたくありません。歩みは遅くても前に進めば、昨日と今日、今日と明日、今年と来年はそれぞれ見える景色が違います。
ですから、この先もターゲットの隣で足並みを揃えていきたいですね。その上で、ターゲットが関心を持つ美容の方向性や時間の使い方という大きなトレンドをつかみたい。
■親子の時間をほんの少し長くする知恵
――働き方改革が進展すれば、ターゲットはこれまでとは異なる忙しさを味わうでしょう。ブランディングはそれをどう支えますか。齊藤:世の中の女性たちには、美容なんて効率よく終わらせて、そのぶん、自分のやりたいことに時間と労力を使えるようにしてあげたい。食洗器を担当していたころ、それまでの訴求点だった除菌力や節水性ではなく「親子の一日をほんの少し長くします」というコピーを掲げたらお客様の反応が変わりました。
時間の創出できる商品と位置づけ、親子の一日の時間を延ばすことができるということを強調したことで食器乾燥機に新しい価値が生まれたのです。根底には、社会の課題に対する解決策を提供することで世の中を変えられるのでないかという思いがありました。
――パナソニック流のCSRですね。
齊藤:働きながら子育てしている人は年々増え続けています。それにつれて仕事上の制度が改善され、福利厚生が充実したとしても、家庭生活まで面倒を見てくれるわけではありません。そういう実情を踏まえていろんな会社がサポートしてあげれば、子どもを産んで育てていこうという自信を持てる人が増えるかもしれません。
つまり、ただ少子化対策と言ってるだけではだめで、さまざまな恩恵や制度を使えるような土壌を作らなければ始まりません。そういう環境で働ける普段の生活をサポートすることも大切だと思います。女性だけが忙しいのは不公平です。そこに美容家電の存在価値があります。PBの商品群ができるのは、忙しくて自分を構えないまま人前に出ていかなきゃいけない煩わしさやそれに伴う負担を軽くすることです。そうすれば、女性の社会進出はスムーズにできるはず。そういう応援をしたいと切に願っています。
■互いを理解し足並みを揃えて前に進む
――齊藤さんと同じようにブランディングを担当されている方への助言をお願いします。齊藤:初めに押さえておきたいのは、私は商品企画とは立場が異なることです。一番大事なのは彼らとのコミュニケーションをきちんととること。そうでないと、商品の進み方と私たちの手がけるブランドの見え方が合わない方向に行ってしまう恐れがあります。
彼らのものづくりに対する考え方や性格を把握した上で、任せるのか任せてもらうのか判断する。そういうアナログ的な手法が決め手になることもあります。
――異なる部署相互のチームワークが大切だということですね。
齊藤:しっかりとしたチームを作って連携したり、役割分担したりすれば無駄もなくなります。互いを理解して足並みを揃えること。結果的に手間はかかるけれども、最も効率の良い方法だと思います。
- 1