ざっくりした感覚でとらえていては見えてこない「自律」の奥深さ
「自律的に働く社員を増やしたい」「従業員に対しキャリア自律を促したい」……経営者や人事担当者はこのように自律、自律とよく口にします。それに合わせてキャリア研修を行う事業者も自律、自律と研修内で連発します。ですが、「自律」がはたしてどういう状態をいうのか、自律をどう定義しているのかについて、発信側はくわしく触れていないのが現状です。せいぜい自律とは、「能動的・主体的に動くこと」くらいのニュアンスで使っている場合がほとんどではないでしょうか。自律とはこの後くわしくみていくとおり、「みずからの律を持ち、それによって判断・行動をする状態」です。律とは、規範やルール、さらにはその基底にある理念や信条、価値観といったものです。したがって真に自律的な社員は、会社のやり方や考え方が自分の律に照らし合わせて違和が生じたとき、どうしても批判的にならざるをえません。場合によっては強く反発の主張もするでしょう。
そうした従業員が現れたときに会社側(経営者、人事担当者、上司)はどう思うでしょう。「反発をする面倒な社員だな」と思うのであれば、それは「自律的に働く社員を増やしたい」という要求と矛盾しています。会社は往々にして、能動的に動くけれど組織に従順な従業員を欲します。しかし、組織に従順というのはむしろ他律的傾向なのです。
いずれにしても、会社も従業員も、そして研修事業者も、自律がどういう状態であるのか、ましてや自律を育むことがどういうことなのかを明解にとらえようとしてきませんでした。今回から数回にわたり、この自律をいろいろな角度からながめていきたいと思います。きょうはまず、自律を「羅針盤」というメタファーでとらえます。私が研修・ワークショップで使っている講義スライドとともにみていきましょう。
自己内に「律=羅針盤」を堅固に持っている人はぶれない判断ができる
自律的/他律的というときの「律」とは何でしょうか? 律とは、規範やルールのことです。さらに言えば、規範やルールを定めるためには、その基底に理念や信条、価値観をしっかり持っていなくてはなりません。「自律的」とは、自分の内にそうした律を設け、それに従って判断・行動する状態をいいます。逆に「他律的」とは、自分の律というものがなく、他者が設けた律に依って行動する状態といえます。
逆にみずからの律が強く醸成されておらず曖昧な人は、接する情報や状況によって判断がまちまちで行動が安定しません。そしてそうした不安定さに耐えきれず、ついつい判断を人に頼ってしまいがちになります。つまり他律的な姿勢です。
理念や価値観が判断・行動に方向性を帯びさせる
「自律による仕事」と「他律による仕事」をさらに発展的にとらえていきましょう。両者をイメージ化したのが下のスライドです。それに対し、他律による仕事の典型はマニュアルで定められた仕事です。マニュアルには他者(=会社)が決めた業務ルール・業務手順がきっちり記述されています。業務を行う者はこれに則って行動することが求められます。
マニュアルで指示されていれば「やる」。指示されているやり方でやる。指示がないことは「やらない」。そのように自分が判断せずとも、「やる/やらない」の境界線ははっきり決められています。
もちろんこの2つの図は両極を示したもので、実際の仕事というのはこの2つの間のどこかになるでしょう。
1人の従業員の自律性が生んだすばらしい仕事例を1つ紹介しましょう。首都圏にある有名テーマパークのグッズショップの店員さんの行動です。それは、東日本に大地震が起こったあの2011年3月11日のときのことです。『日経ビジネス』が次の内容を報じています。
「よき自律」は「我律・俺様流」ではない
さて組織の中には、働くことに対しいろいろな構えの人がいます。活動的な人もいれば非活動的な人もいる。自律的な人もいれば他律に頼る人もいる。そんな様子を図に表したのがこのスライドです。自律的には3種類あります。「自律の活動者」は、自律のもとで組織の考え方と協調して能動的にやる人です。
しかし、自律というのが自己中心的に偏ってしまい、組織の考え方・やり方(=他律)に対し批評するばかりで結局何もやらない人がいます。これが「意固地の怠け者」です。また、自律が「我律・俺様流」にゆがんでしまい唯我独尊的に暴走する「俺様流はみ出し者」もいます。
このように会社という組織の中で働く場合、「よい自律」というものがあって、それは強引に「我」を通すことではありません。
組織と「自律した個」が律を合していくダイナミズムが必要
哲学用語で「止揚(アウフヘーベン)」という概念があります。一方に「正」があり、もう一方に「反」がある。その2つが発展的に1つのものとして結びつき、より高次の「合」に至るというものです。律というのは、もっと別の言葉で言うと「主義・掟(おきて)」。そのため、これを間違った方向で持つと害も大きい。
組織全体が持つ律も、個々人が持つ律も常に進化の途上にある未熟なものです。それゆえに、組織内には「正・反・合」のダイナミズムが必要です。すなわち、個と組織が真摯に意見をぶつけ合い、よりよい律を生み出そうとする取り組みです。
(執筆者:村山 昇)
※本記事は『GLOBIS 知見録』に掲載された記事の転載です。
- 1