従業員へのメッセージにもなる「人事制度」
「人事制度」とは通常、“等級制度や評価制度、報酬制度などを指す”といった様に一義的に解説されることが多いですが、今回は少し違った切り口から説明を試みたいと思います。一般的な定義等の解説も行いますが、併せて『人事制度が持つ二面性』という切り口から人事制度の定義やあり方、目的などを紐解いていきます。ご一読いただけるとこれまでと異なる視点が得られるかもしれません。まずは「人事制度」の一般的な定義から解説させていただきます。狭義の人事制度は前述したように「等級」・「評価」・「報酬」の3つの制度を指します。この3つを「基幹人事制度」と呼ぶこともあります。
●等級制度:従業員を能力や職務のレベルなどに応じて区分・序列化して、仕事の任免や処遇などを決定する際の根拠として活用する仕組み
●評価制度:従業員の能力や行動、成果などを定期的に確認・フィードバックすることで、人材の成長やモチベーション向上を促すとともに、場合によっては処遇の決定に活用する仕組み
●報酬制度:従業員の給与や賞与などの金銭的報酬を一定の納得性・合理性をもって決定するための仕組み
●等級制度:従業員に「育ってもらいたい人物像やキャリアパス、担ってもらいたい役割や職務のレベル」を提示するもの
●評価制度:従業員に「とってもらいたい思考や行動、目指してもらいたい方向性・目標」を提示するもの
●報酬制度:「会社として何に報いるのか(何を大切にしているのか)」を提示するもの
その結果、制度を通して従業員に何を伝えたいのかが不明瞭になってしまいます。こうなれば、人事制度としてのメッセージ伝達機能は働かず、機能不全を起こしてしまう可能性が非常に高まるでしょう。そういった状況を避けるためにも、人事制度というものが持つ機能を「仕組み」と「メッセージ」の両面から理解しておく必要があります。
なお冒頭に、「等級」・「評価」・「報酬」の3制度を“狭義”の人事制度と呼びましたが、“広義”の人事制度にも少し触れておきます。広義の人事制度とは、人材マネジメントのために活用されるあらゆる制度のことです。具体的には「採用」、「人事異動・配置」、「教育・研修」、「福利厚生」、「働き方」、「人材の維持・代謝」などに関する仕組みやルールのことを指します。
こうした制度と前述した基幹人事制度はそれぞれが独立して存在しているというよりも、相互に密接な関わり合いを持っています。例えば、“等級制度”は、「従業員に『育ってもらいたい人物像やキャリアパス、担ってもらいたい役割や職務のレベル」』を提示するもの」と説明しましたが、これはまさに採用における人材要件や採用戦略を構築する基盤となるものです。
また、“評価制度”は、異動・配置や教育・研修など様々な仕組みと連動し、活用されることを想定して設計する必要があります。“報酬制度”は本来的には、従業員に対する福利厚生や非金銭的報酬も含めた包括的なベネフィットの設計を行ったうえで検討すべきものです。そうした意味でも、人事制度と向き合う際には、個別ものとして捉えるのではなく、全体構造や相互の関連性を押さえることが重要となります。
「人事制度」は企業や組織に安定や秩序をもたらす
人事制度の必要性は「人事制度が存在しない会社・組織」を想像してみると理解が深まります。そうした企業(小規模の企業はそうであることが多いと思いますが)では、社長が従業員ごとに労働条件を設定して、必要に応じて更新するという形を採ります。これはある意味では理想的な環境と言えるでしょう。なぜなら、一人ひとりの状態やニーズに合ったキャリアパスや役割の設定が可能となり、個々人の特性や仕事の種類に合わせた評価が可能となります。加えて、個々人の役割や貢献度に合わせた報酬を設定できるため、上手く運用できれば、納得感や実効性が非常に高い状態を構築できます。しかし、組織規模が大きくなると以下のような理由から、こうした従業員に対する向き合い方は困難となります。
●時間・労力が掛かり過ぎる
●社長や責任者の能力や志向性に大きく影響される
●従業員間の公平性が担保できない
●会社としての一貫性・一体感が担保しきれない
こうした状況がさらに進行すると、組織として混沌・無秩序な状態へ向かっていってしまいます。
そこで登場するのが「人事制度」です。個々に行っていた労働条件の設定をある程度画一化・公式化した枠組みにはめることによって、人材マネジメントの効率性と公平性、一貫(一体)性を高めるものが人事制度になります。人事制度が存在することによって、従業員や組織の規模が拡大したとしても、また組織に所属するメンバーが入れ替わったとしても、一人ひとりのキャリア形成や成長、モチベーション向上、組織に対するエンゲージメントなどが一定程度担保されることとなるのです。つまり、人事制度は組織としての安定・秩序をもたらすものであると言い換えることができるかもしれません。
しかし、ここで多くの方がお気づきの様に、画一化・公式化された人事制度には弊害も存在します。それは、まさに前述した「個々人で労働条件を設定していた環境」で得られていた納得感や人材マネジメントの実効性の低下です。例えば、組織の拡大に伴い、研究、製造、営業、IT、事務など職種が分かれた企業において、1つの評価基準を適用する場合をイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。どの職種でも適用できるような制度は効率的で、職種間の公平性なども問題になりません。また、企業としての一貫性・一体感を醸成できます。しかし、最大公約数的な評価基準は、それぞれの職種において十分に適合しない可能性が高まります。
他にも人事制度においては、矛盾構造と呼んでよい様な側面が多く存在しています。そうした側面をきちんと押さえ、これからの時代に適合した人事制度を設計するために何をすればよいか。それについては、次回の記事にて解説させていただきます。
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