男性も育児に積極的に関わろうという取り組みが、徐々に広がりつつある。だが、実際にはまだまだ男性社員が育児休業(育休)を取得するのは、ハードルが高いと言わざるを得ない。なかには、上司や同僚などから嫌がらせをされてしまったというケースも見られる。いわゆる、「パタハラ」だ。こうした状況を打破するために、政府も2021年6月、育児・介護休業法を改正し、より柔軟に育休を取得できるようにしたり、事業主の義務を明確化させたりした。「パタハラ」は違法行為であるばかりか、深刻化すると裁判沙汰になりかねないだけに、企業の人事担当者としてはおさえておきたいキーワードといえる。そこで、今回は、「パタハラ」の意味や事例、企業としての対策方法などについて解説していきたい。
「パタハラ」の意味とは? 気になる該当事例や対策方法なども解説

知らないでは済まされない「パタハラ」の定義や該当事例とは

まずは、「パタハラ」とは何を指すのか、どのような行為が該当するのか解説していこう。

●「パタハラ」とは

「パタハラ」とは、父性を意味する「パタニティ(paternity)と嫌がらせを意味する「ハラスメント(harassment)」を組み合わせた「パタニティハラスメント」の略称だ。具体的には、育休を取得しようとする男性社員が、職場から妨害や嫌がらせなどの行為を受けたり、降格や異動・退職勧告など不利益な取り扱いをされたりすることを指す。

●「マタハラ」との違い

「パタハラ」は今回初めて聞いたという方であっても、「マタニティハラスメント(マタハラ)」は聞いたことがあるかもしれない。この二つの言葉は、いずれも「育児」に関連した嫌がらせであることは共通しているが、嫌がらせの被害者となる社員の性別が違う。「パタハラ」は男性社員、「マタハラ」は女性社員が被害者となる。また、申請・取得する休業の種類も異なる。「パタハラ」では育休、「マタハラ」では産休や育休などとなる。

●「パタハラ」が注目されている背景

「パタハラ」が注目されている背景の一つには、経済のグローバル化に伴う従業員の価値観や意識の変化がある。特に大企業では、ダイバーシティが進展していることもあって、「育児は妻任せ」といった旧来的な考えは薄れつつある。むしろ、男性社員の育休取得を積極的に支援するという企業が増えている。こうした動きが中小企業にも広がっていけば、男性社員の育休取得が一段と加速していくと思われる。

また、少子高齢化を迎えつつある日本の将来に対する政府の危機感も背景にある。労働人口を確保するには、女性のさらなる社会進出・社会復帰を促していかなければならない。そのためには、男性が仕事だけでなく育児にも関わり、女性の負担を軽減していく必要がある。法律の改正に加え、育児と仕事との両立に取り組む企業を表彰する「イクメンプロジェクト」も実施している。

●「パタハラ」の該当事例

故意であっても過失であっても、「パタハラ」は違法な行為なので絶対にあってはならない。ならば、どのような条件を満たすと「パタハラ」とされてしまうのか。ここでは、5つの条件を提示したい。

(1)男性社員が育休の取得を申請しても会社として認めない。
(2)男性社員が育休の取得を申請した際に、上司や人事担当者が「育休を取得されると、他の社員に迷惑が掛かる」とほのめかし、取得を断念させる。
(3)育休の取得を考えている男性社員に、「男性が育休を取得するなんて信じられない」、「育児は女性の仕事だ」などと言う。
(4)育休から復帰した男性社員に対して、人事権を不当に行使して転勤、異動、降格、減給させてしまう。仕事を与えないといった対応も含まれる。
(5)育休を申請、ないし取得した男性社員に、「退職してもらうしかない」、「君を解雇せざるを得ない」などと言う。


こうした条件に一つにでも該当すると、「パタハラ」と認定されかねないので、留意しておく必要がある。

●育児・介護休業法で禁止されている行為

育児・介護休業法では、「事業主は、妊娠・出産・育児休業・介護休業等を理由として、解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」と定めている。具体的には、以下の行為が不利益な取り扱いと見なされる。

・解雇
・雇止め
・契約更新回数の引き下げ
・退職や正社員を非正規社員とするような契約内容変更の強要
・降格
・減給
・賞与等における不利益な算定
・不利益な配置変更
・不利益な自宅待機命令
・昇進・昇格の人事考課で不利益な評価を行う
・仕事をさせない、もっぱら雑務をさせるなど就業環境を害する行為をする

●企業に求められている「パタハラ」の防止措置義務

2017年10月に改正された育児・介護休業法では、前述した「不利益な取り扱い」の禁止以外に、マタハラやパタハラなどの防止措置義務も定めている。これによると、事業主は育児休業等に関するハラスメントの防止に向けて、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならないとされている。

【人事・労務担当者向け法改正ガイド】
●HRプロ編集部Presents:人事がおさえておくべき令和4年度(2022年度)の12の「法改正」を社労士が解説!【全48ページ】



なぜ「パタハラ」が起きてしまうのか

次に、どのような理由から「パタハラ」が起きてしまうのかを解き明かしていこう。いくつかの観点が挙げられる。

●男女の間で育休取得率に差

前提としては、「育児は女性がするべき」といった固定観念が根強く残っているといえる。実際、男性社員と女性社員の間には育休取得率に大きな差がある。厚生労働省が行った「令和元年度雇用均等基本調査」によると、女性社員の育休取得率はこの10年余り80%台を維持している。これに対し、男性社員の育休取得率は近年増加傾向にあるが、令和元年度で7.48%。女性社員の10分の1にも満たない数値に留まっている。必要性が叫ばれている割には、男性の育休取得が進んでいないという実態が窺える。

●男女の間で就業状況に差

同様に、就業状況でも男女間に顕著な差があることがわかる。前述の「令和元年度雇用均等基本調査」によると、正社員・正職員に占める女性の割合は25.7%、男性が74.3%。男性の割合が、女性の3倍も多い。また、管理職に占める女性の割合も低い。企業規模10人以上での女性管理職の割合は漸増傾向にあるが、それでも11.9%に過ぎない。正社員にしろ、管理職にしろ、男性社員が圧倒的に多く、仕事への影響から有休を取得しにくい状況であると判断できる。

●男女の間で平均年収に差

さらには、平均年収でも男女間の格差が大きいことが窺える。厚生労働省が実施した「令和元年度賃金構造基本統計調査」によると、男女とも50~54歳で賃金のピークを迎えているが、男性に比べ女性の賃金カーブは緩やかと言える。しかも、ピーク時の賃金が男性423.7万円、女性275.8万円。実に約150万円もの開きがある。家計への影響をふまえ、男性社員が育休を取得しにくいことが推察される。

●上司や同僚の理解・知識不足

上司や同僚の理解・知識不足も「パタハラ」の原因となりがちだ。「どうして男性が仕事を休んでまで、子育てをしないといけないのか」、「自分はそんなことはしなかった。あくまでも仕事一筋で生きてきた」。まるで仕事に対する姿勢や人間性をも否定されるような言動をされてしまうと、育休の申請もしにくくなるのは当然と言えよう。

●企業のバックアップ体制が不十分

育児に参加したい男性社員が会社に望むのは、育休制度だけではない。共働き夫婦であれば、子供の保育園への送り迎えをどうするという問題が生じてくる。送りだけ男性が行うという可能性もあるだろう。その場合、家の近所に保育園があれば多少出勤時刻を早めることで解決できるかもしれないが、すべてがそうとは限らない。少し遠いとなると、どうしても定時に出勤するのが困難になってきてしまうかもしれない。そうした時に、ありがたいのはフレックス制度だ。だが、導入されていなければ当然活用しようにもできない。やはり、企業としてのバックアップ体制が整っていないと、難しいと言えるだろう。

「パタハラ」を防止するための対策方法

では、企業としては「パタハラ」を防止するためにどんな対策を講じていけば良いのであろうか。次に、企業が実践すべき対処法を6つ紹介しよう。

(1)男性の育休取得を促すための啓蒙活動を行う

「パタハラ」を防ぐためには、ハラスメントは許される行為ではないといった指針を掲げるだけでは不十分だ。まずは、社内に男性が育児に積極的に参加する意識を根付かせたり、どんな言動が「パタハラ」を引き起こすのかを、社内でのセミナーや勉強会などを通じて、管理・監督者を含む社員全員に定期的に周知・啓蒙したりしていく必要がある。例えば、経営者が訓示や挨拶の場で男性社員の育休取得を呼びかけたり、社内報や社内メールなどで実際に育休を取得した社員の声を紹介したりするのも良い方法だ。男性社員の育休取得への心理的な抵抗感が薄らぐことであろう。

(2)育休の制度を整備し、社内に周知する

そもそも育休が制度として確立されているかという点も見逃せない。もし、整備されていないとなると、社内で必要性が理解されにくく「パタハラ」が起きやすい状況が生まれがちだ。そのためにも、早急に育休設計に着手することが重要になってくる。取得の条件や可能な期間など就業規則を明記し、社員に「男性社員であっても育休の取得が可能である」と周知していこう。

(3)相談窓口を設置する

「パタハラ」は、すべてが顕在化するわけではない。「本当は育休を取得したいが、何かトラブルになると困るので言わずにおこう」、「『パタハラ』と思われる言動を受けたが、気軽に相談できる先がない」といった男性社員もなかにはいるだろう。もし、社内に相談窓口が設置されていたとしたら、こうした状況をかなり改善できる。「パタハラ」防止に向けたアドバイスをしたり、男性社員の悩みを聞いてくれたりする専門的な機関として相談窓口の設置を検討したい。

(4)育休が取りやすい環境をつくったり、インクルージョンを進めたりする

育休を取得しやすい環境づくりに注力することも有益だ。実際、毎日残業が続いているとか、有休を申請する社員が少ないといった職場では、育休が取得しづらい。そうならないためにも、「業務を見直し社員の負担を軽減する」、「上司が率先して育休を取得する」といったアクションを起こしていくことが重要となってくる。

また、多様な個性・価値観を認め合えるようさまざまなバックグラウンドの人材を迎え入れる職場づくりを進めていくことも大切だ。それぞれの意思・考えを尊重しやすくなるので、「パタハラ」も起きにくくなる。

(5)イクメン企業アワードなどに参加する

厚生労働省が実施している「イクメン企業アワード」などに参加するのもお勧めだ。これは、男性社員が積極的に育休を取得できている企業を表彰するという制度。企業としても、良いイメージを社会にアピールしやすいし、社員のモチベーションも高まると言えよう。

(6)ロールモデルを増やし、社内で情報発信する

模範となる社員を推奨するということでは、人事部が社員の中から育児と仕事を両立させているロールモデルを社内報などで取り上げ、告知していくのも有効だ。本人の意欲も高まるし、ロールモデルとなる社員が増えてくることで社内カルチャーとして、男性社員の育児参画が定着しやすくなるからだ。

「パタハラ」が社内で起きたとき、どのような対応をすべきか

もし、社内で「パタハラ」が起きてしまった場合、どんな対応方法をとれば良いのか。ここでは、4つを紹介しよう。

(1)まず事実関係を確認する

まずは、事実関係の確認が重要だ。「パタハラを受けた」、「パタハラを目撃した」などの報告があったら、すぐにでも対応し、「いつ」、「誰が」、「誰に」、「どのような行為をしたか、されたか」を正確に把握する必要がある。被害者や加害者とされる社員はもちろんのこと、周囲の社員にも丁寧にヒアリングし、より客観的に判断するようにしたい。当然ながら、事実を調査するにあたっては、被害者のプライバシー保護には十分配慮しなければいけない。

(2)被害を受けた社員に対して迅速に対応する

もし、「パタハラ」があったという事実が確認できたら、被害を受けた社員への対応、特にメンタルフォローを急がなければならない。この動きが遅れると、被害を受けた男性社員のモチベーションは下がり、場合によっては訴訟に発展することもありえるからだ。育休の取得を拒否されたという男性社員には、育休を希望通り取得できるようにする。育休を取得したことにより降格されたり、別の部署に異動になってしまったりした男性社員には、その指示を速やかに撤回する。このように対応方法は色々考えられる。

(3)加害側の社員に対して迅速に注意・指導する

並行して、「パタハラ」をした加害側の社員への対応も進めていかないといけない。本人が無意識でハラスメントにつながる言動をしていると、第二・第三のトラブルが発生してしまうからだ。まずは、注意・指導のレベルからスタートしよう。それでも、相変わらず悪質な「パタハラ」行為を続けているとか、何も改善が見られないとなった時には、何らかの処分を検討する必要があるだろう。ただし、あまりにも重すぎる処分を行うのも問題だ。適正な範囲内での処分を心がけることが大切になってくる。

(4)迅速に再発防止策を立てる

今後に向けての再発防止策を立てることも重要となってくる。まずは、「パタハラ」がどういった理由で起きたのか、原因を徹底的に分析しよう。それが明確に把握できたところで、「パタハラ」の防止策を検討し、有意義な措置を講じていこう。一定期間が経ったところで、見直しを図ることも忘れないようにしたい。
日本では、まだまだ男性社員の育休取得はそれほど進んでいない。取得を希望する社員に何らかの嫌がらせをするといった「パタハラ」が起きやすい土壌にあると言って良いだろう。だが、日本企業が海外にどんどん進出していこうという時代にあって、従来からの意識や価値観はもはや変えていかないといけない。政府も育児・介護休業法を改正し、事業主に「パタハラ」が起きないよう適切な措置を講じることを呼びかけている。男性が育児に参画することで、パートナーである女性の負担が軽減するのは間違いなく、女性の出産意欲向上や就業継続も期待できる。男性であっても女性であっても、社員が働きやすい職場を作るのは、人事の役割だ。「パタハラ」が絶対に起きない職場にするためにも、人事担当者が啓蒙活動や制度構築を積極的にリードしてもらいたい。
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