講師
伴 元裕 氏
OWN PEAK代表、NPO法人Compassion代表理事
7年間の商社勤務後、スポーツ心理学を学ぶため渡米。ナショナルトレーニングセンターの取り組みを学べるデンバー大学大学院にてスポーツ心理学を修了する。帰国後、中央大学にてスポーツ指導の研究を行いながら、アスリートに対するメンタルトレーニングや企業向けにアスリートから学ぶメンタルマネジメント講習を提供している。
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Mail:motohiro.ban@ownpeak.jp
ナビゲーター:中村 俊介氏(ベネッセアルムナイ/ファイナンシャルプランナー、ラジオパーソナリティ)
伴氏は大学卒業後、商社に就職。7年の在職期間のほとんどをロシアの石油業界で過ごした氏は、よき先輩や仕事仲間に恵まれ、「仕事に夢中になる喜び」を経験する。次第に「夢中のメカニズム」について本格的に学びたいという思いが強くなり、会社を辞めて渡米。コロラド州デンバーのオリンピック選手訓練施設「Team USA ナショナルトレーニングセンター」が採用するメンタルトレーニングについて、学べることができる教育機関デンバー大学大学院に入学した。伴氏は、そこで、「夢中を科学する学問」であるスポーツ心理学を深く学ぶ。現在は中央大学客員研究員としてその分野の研究を続けながら、アスリートへのメンタルトレーニングや企業研修の講師を中心に幅広く活躍している。
本オンラインイベントの目的は、「アスリートの取り組みを参考に、新しい働き方で活かせるメンタルマネジメント術を体感いただくこと」。コロナ禍により働き方が一変した今、「オンライン疲れ」でストレスを抱える社会人が増えていると言われる。それはアスリートにとっても同じことで、多くの選手が大会などの中止により「何にモチベーションを置けばいいのか分からない」という状況に。「そんな中でアスリートのメンタルケアに役立ったのが、『自分はなぜスポーツを始めたのか』という『価値観』の振り返りでした」と伴氏は語る。この振り返りにより、良い状態を保つことに成功したアスリートが、伴氏の周囲には少なからずいたという。
「Team USAには“All great journeys start with the end in mind.(素晴らしい旅は『最終的にありたい姿』を想像することから始まる)”という格言があります。これは言い換えれば『自分の価値観に沿った目的が何なのか、しっかり探究していこう』という意味です。今回は、皆さんそれぞれが置かれている立場において『なりたい姿、目指す姿』とはどんなものなのかを、本イベントを通じて一緒に探究していければと思います」(伴氏)
自分のパーパス(価値観)を「トーナメント」で探し当てる
前半のワークショップ「価値観トーナメント」を始めるにあたり、伴氏は「価値観に沿った選択を行うこと」について、メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手を例に語る。「大谷選手は2017年にアメリカでメジャーに挑戦することを表明しましたが、この時の彼の年齢はまだ23歳でした。しかし様々な理由から、多くのジャーナリストは『大谷選手がメジャーに挑戦するのは25歳以降だろう』と推測していました。そんな中での突然の表明だったこともあり、この時の大谷選手と記者団の会話はまったく噛み合うことがありませんでした。その理由は、両者の価値観が根本的に違っていたからです。記者団の質問が、端的に言えばどれも『あと2年待てば200億円の契約金も夢じゃないのに、どうして今行くの?』という趣旨のものばかりでしたが、大谷選手の意思は『お金よりも、自分が成長できる場所へ早く行きたい』という、ごくシンプルな言葉に集約されていました。これは、大谷選手が早くから自分にとっての価値観を明確に持っていたことを示しています。価値観とは、人生において大事なことを自分で認識するところから生まれるのです」(伴氏)
「価値観トーナメント」は、伴氏がアスリートを対象にしたメンタルトレーニングで用いるワークを簡易版としてアレンジしたものである。
まず、価値観を「パワー」、「慈悲」、「楽しさ」、「関係性」、「自発性」、「達成」、「承認」、「流儀」、「刺激」、「安定」、「成長」、「自己理解」という12のキーワードに分類。トーナメント形式でこれらの価値観を対戦させる表としたのが、下記の「価値観トーナメント」である。
12タイプ分の単語の記入が終わったら、トーナメントに沿って「対戦」を進めていく。(1)の「パワー」で「影響力」、(2)の「慈悲」で「思いやり」を選んだ方であれば、自分が良い人生を送る上でどちらが大切かを考え、勝敗を決める。そのように1回戦から6回戦までの対戦を行い、勝ち残った6つの価値観でさらに7回戦から9回戦までを行う。9回戦まで進めると3つの価値観が生き残る。この時点で、9つの価値観が敗退していることになるが、ここで「敗者復活戦」を行う。すでに敗退した9つの価値観の中から「これはやはり自分にとって捨て難い」というものを1つ選び、9回戦で勝った価値観の対戦相手とする。これで4つの価値観が準決勝に進出することになり、勝った2つの価値観が決勝に進出。負けた2つの価値観で3位決定戦を行うという流れだ。正解・不正解が一切なく、トップ3は人によって大きく異なる。
「ここで、1位になったご自身の価値観が、まったく満たされない人生を想像してみてください。「つまらない」、「空虚」、「孤独」など、ネガティブな言葉を連想する方が多いと思います。これが価値観というものの持つ力です。『自分にとって大切なこと』の積み重ねが人生だとすると、1位になったものが満たされない人生は想像するだけでつまらないものなのではないでしょうか。以上のことから3つ言えます。一つ目は、『価値観は方向性であり、原動力である』、二つ目は『価値観は一人ひとり異なる』、最後の三つ目が『価値観は変わることもある』。つまり、価値観に沿った目的(パーパス)の探究が、進むべき『方向性』と『原動力』をもたらすのです。そういうことを知ると、先ほどご紹介したTeam USAの格言“All great journeys start with the end in mind.(素晴らしい旅は『最終的にありたい姿』を想像することから始まる)”が、より深いものに感じられると思います」(伴氏)
自分のパーパス(価値観)を言語化するには
本オンラインイベントは、ここから自分のパーパス(価値観)を具体化するワークに移行。各自のトップ3が満たされる状態とはどんなものかを具体的に言語にする方法について、本イベントのモデレーターを務めるベネッセアルムナイの中村俊介氏のトップ3――1位が「成長(自信)」、2位が「自発性(自由)」、3位が「関係性(つながり)」を題材に説明が行われた。1位が「成長(自信)」になった理由を伴氏に問われた中村氏は、こう答えた。「これまでの人生を振り返ると、自分自身が成長できそうな体験を経た後に満足感、あるいは自信が得られたという気がします。その意味で『自信』は、私にとって成長のための礎になっているのではないかと。文字通り、自分を信じること。そして、自分に価値があると他者から認められること。それによって『夢』が実現するのではないかと思います。仕事で言えば、現在の私は複数の仕事を並行してこなしていますが、ラジオパーソナリティの仕事はまだ趣味的な領域にあるものです。これに対して然るべき報酬をいただき、仕事として成立させることが直近の私の『夢』です」(中村氏)
その後、参加者は3人1組に分かれ、約3分の持ち時間で各自のトップ3についてそれぞれ話し合った。伴氏からは、「このトップ3は個人の価値観を絶対的に決めるものではなく、自分自身の価値観を考えるきっかけでしかないこと、しかしこれを繰り返すことで自分の価値観が見えてくる」と説明があった。伴氏はさらに続けてこう話した。
「人間は基本的に『矛盾する生き物』です。『健康でいたい』という長期的な理想像を持ちながらも、『夜中にラーメンが食べたい』、『暑いからアイスクリームが食べたい』といった短期的な欲求に負けてしまいます。大切なのは、長期的な理想を『人生にとって大きなもの』として捉え、短期的な欲求などに負けない心を持つことです。そのためには、未来の自分がどうあっていてほしいのかを明確にイメージ、言語化する必要があります。例えば2006年のFIFAワールドカップ決勝で、フランスのレジェンドであるジネディーヌ・ジダン選手が、対戦国イタリアの選手の挑発に乗り、その選手に頭突きを食らわせ、レッドカードで即刻退場という『事件』がありました。これはジダンが現役引退を公言していた試合であり、その偉大な功績とはかけ離れた幕引きが世界中のファンを悲しませました。もちろん悪意のある挑発をしたイタリアの選手が悪いのですが、ジダンは彼らの策にまんまとはめられてしまったわけです。最後まで試合でプレーし、チームを優勝に導いて有終の美を飾ることがジダンの理想だったことは間違いありません。しかし彼は、目の前の衝動を抑えることができなかった。誤解を恐れず言ってしまうなら、これは『夜中のラーメン』と何ら変わるものではありません」(伴氏)
ここで伴氏が、普段アスリートのメンタルトレーニング時に使用している一枚のシートを提示した。「Wish(目的は何か?)」、「Outcome(何をもって目的が達成されたと判断するか?)」、「Obstacle(目標達成を阻害しうる要因は何か?)」、「Plan(それぞれの阻害要因を乗り越えるためにどんな対策を打つか?)」という4つの項目が用意されたこのシートにおいて、とりわけ重要なのは後半の2つ、「Obstacle」と「Plan」だという。「阻害要因を知り、乗り越える武器を持つ」ことで、先のジダンのような事態を回避しようというわけだ。
では目的達成を妨げる思考や感情にはどんなものがあるのか? それを考えるにあたり、伴氏は再び中村氏の「ラジオパーソナリティを仕事として成立させる」という「夢」を取り上げ、それを妨げる要因が何かを中村氏に質問する。それに対して「感情としては『確信がない』という不安要素が大きいと思います。また、この仕事は日々の訓練が大切ですが、疲れていると『今日はいいか』という慢心が生まれてしまいます」と中村氏は答える。
「ネガティブな感情を表す言葉があるということは、それがその人だけの悩みではないということ。怒り、恥ずかしい、寂しい、妬ましい、怖い、イライラ、退屈、緊張といった感情は誰もが共有できる感情です。その上で、自分の目的達成を妨げる感情は何かをオープンに考えてみてください」と伴氏。「また、それに打ち克つために必要なアクションが取れるかどうかも同時に考えてください」と続ける。
再び参加者は3人1組に分かれ、約3分の持ち時間で各自が「阻害要因を乗り越える術」について意見を発表した後、本オンラインイベントはクロージングタイムに。最後に伴氏は「パーパスは目的であり、方向性。価値観に沿った目的が原動力を生み、ハイパフォーマンスをもたらす」、「人は矛盾する生き物。自分にとっての阻害要因を知り、それを乗り越える術を持つ」、「価値観は変わることもある。置かれた状況において、自分にとって大事なことは何かの探究が必要」という3つを今回の振り返りとして挙げ、イベントを締めくくった。
コロナ禍における生活スタイルの変化は、多くの人にストレスや不安要素をもたらした。そして企業には、社員それぞれのメンタルケアを細やかに行う体制が従来に増して求められている。アスリートがメンタルトレーニングによって「自身のパーパス(価値観)」を取り戻すように、ビジネスパーソンの一人ひとりも、自分の「なりたい姿、目指す姿」に目を向けることで、「よく生きる」ための道を見つけ出すことができる。本オンラインイベントで行われたワークやディスカッションが、オンラインに疲れた多くの人の心をニュートラルな状態に戻す、メンタルケアのヒントになることは間違いない。ぜひ企業内でも、従業員同士でパーパス(価値観)を見つけ出し、議論する場を設けてみてはいかがだろうか。
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