世界で知られる日本企業は、ソニー、ホンダ、トヨタなどがあり、コンシューマー向けの製品を作るメーカーが多い。ただし、いずれも日本の企業として認知されている。ところがなかにはアメリカ人が自国の会社だと勘違いしているメーカーがある。キヤノンである。「CANON」を辞書で引くと「規範、原則」「戒律」「輪唱、カノン」「正典」という意味を持っており、欧米人にとって馴染みやすいのだろう。
またキヤノンの欧米進出は早く、それぞれの国に根付いていることも勘違いの原因だろう。なにしろ売上高3兆5574億円の8割超が海外売上であり、国内売上は2割を切っている。この数年に「グローバル化」を掲げる企業は急増したが、キヤノンはグローバル化を半世紀以上実践してきたパイオニアだ。世界企業としてのキヤノンの実像と人事施策を、大野和人・執行役員 人事本部長に聞いた。

――「グローバル化」という言葉をよく聞くようになりました。CANONは世界ブランドですが、キヤノンの海外売上比率、グローバルでの社員数について教えてください。

直近の2011年12月決算の数字で、連結売上高は3兆5574億円、純利益は2486億円だ。地域別の売上高比率は、ヨーロッパ31.3%、南北アメリカ27.0%、アジア・オセアニア22.2%、そして日本は19.5%と2割を切っている。

 グローバルの社員数は19万8000人だが、日本に勤務している者は7万人、35.5%に過ぎない。海外の社員数は12万8000人であり、うちアジア・オセアニア圏が8万6000人、43.4%と多い。ヨーロッパは11.5%、欧米は9.7%だ。アジアの要員数が多いのは、比較的大きな生産拠点が集中しているからだ。この人員構成からもご理解いただける通り、現在のキヤノンは、グローバルな企業体となっている。

 アメリカ人の中には、CANONが自国の企業だと信じ込んでいる人もいる。CANONという言葉は欧米人に馴染みやすいし、海外進出も早かった。ニューヨーク支店を開設したのは1955年だったし、スイスのジュネーブに欧州総代理店を設けたのは1957年だった。1965年には現地法人Canon U.S.A., Inc.を設立している。

――グローバルな人事施策として特別なものはありますか?

世界に進出している日本企業はどこでもそうだと思うが、現地法人主体に運営している。人事や雇用は、国によって法制度が異なる。人件費の水準も違うし、宗教も地域と国によってさまざまだ。全世界で一律な人事制度を適用することは難しい。

 ただし、キヤノンの社員として、コアバリューは共有してもらう必要がある。キヤノンの創業は1937年だが、当時から「三自の精神」を行動規範としてきた。三自とは「自発・自治・自覚」だ。

 自発とは何事にも自ら進んで積極的に行なうこと。自治とは自分自身を管理すること。そして、自覚とは自分が置かれている立場・役割・状況をよく認識することを指す。
 またキヤノンは創業50年を期に、1988年「第二の創業」を宣言し、「グローバル企業構想」をスタートした。その時に世界人類との「共生」を企業理念とした。

 「グローバル企業構想」は、1996年スタートの「グローバル優良企業グループ構想」に引き継がれ、2011年から2015年はフェーズIVと位置づけられている。これまでのキヤノンは生産と販売をグローバルに展開してきたが、研究開発は日本中心であった。そこでフェーズIVでは研究開発で三極体制を確立する。

 このようなグローバル展開に不可欠なのがコアバリューの共有だ。「三自の精神」と「共生」の企業理念の共有は、グローバル人事施策としていっそう重要になっている。この「三自の精神」はコンプライアンスカードに記されており、日本人社員には日本語カードを渡しているが、それ以外にも17の言語に翻訳し、各国の社員に配布している。

――日本人社員が海外赴任することは多いのでしょうか?

現在の日本人海外駐在員は約900人だ。アジア・オセアニアに約500人、ヨーロッパに約150人、アメリカに約250人が駐在している。ただし、私がアメリカに赴任していた20年前には400人ほどの日本人駐在員がアメリカにいた。グローバル化には初期、発展期、定着期とさまざまなフェーズがあるが、アメリカとヨーロッパではすでに定着期に入っており、日本から駐在員が大量に行く必要はなくなった。ヨーロッパを統括するのは、ロンドンにあるCanon Europe Ltd.だが、今年春には現地人がトップになった。

 逆にアジアではグローバル化の発展期にあり、生産拠点を増強している。約500人の日本人駐在員がアジア各国に行っているが、技術者が現地工場に赴任しているケースが多い。海外赴任のローテーションは3~5年だ。

――キヤノンの新卒採用に関してお聞きします。語学力を重視されていますか?

一定のTOEICスコアを選考基準にする企業もあるが、キヤノンは語学力で人を判断しない。最も重視するのは人間力だ。人としての力、人間性だ。だから学生時代を通して何をやってきたかを面接では重視している。課外活動やボランティア活動など多様な学生がいる。

 語学力を選考基準とはしていないが、結果的に入社する者の語学力は高いと思う。理由はいろいろある。帰国子女が多くなっているし、キヤノンの海外売上比率が8割と高いので海外で活躍したいと志望する学生が多い。

 また大学の話を聞いても、学生への指導で語学力を重視している。その指導が功を奏しているのだろう。

――人材育成についてお聞きします。まずグローバル人材ですが、どのような制度がありますか?

まず外国人の採用だが、キヤノンは国籍を問わず採用している。2012年の新卒入社は約400人だが、うち10数名は外国籍だ。アジア系、とくに中国が多い。

 次に語学だが、採用時の選考基準にはしていないが、入社後は手厚くサポートしている。英語に関しては、社内でTOEICを受験できるし、手厚い学習支援プログラムが多数ある。中国語に関しては、終業後に自己啓発の支援として、社内中国語会話レッスンを開催している。

 海外勤務を経験し、国際感覚を磨くトレーニー制度もある。歴史は古く、欧米トレーニー制度がスタートしたのは1980年だ。事務系新入社員を対象とし、国内で1年間の営業研修を経験した後に欧米の販社に2年間赴任して、語学力と国際感覚を磨く。10名程度の新入社員を選抜して実施した。

 ただ欧米トレーニー制度は1993年に廃止した。この頃になると、企業が支援しなくても自前で海外経験することができるようになり、必要性が薄れたからだ。

 欧米トレーニー制度に代わって、1995年に開始したのがアジアトレーニー制度だ。この頃に「アジアの時代」という言葉が使われ始め、アジア市場の重要性が増したからだ。欧米トレーニー制度は新入社員が対象だが、アジアトレーニー制度の対象社員は20代後半の社員だ。大学で5カ月間の語学研修を受け、1年間現地法人で働く。

 もっとも欧米トレーニー制度は昨年2011年に復活させた。留学や旅行とビジネス体験は違うが、これまで以上に本格的なグローバル人材養成が必要と判断した。

 これらは事務系が対象の制度だが、技術者については海外留学制度がある。1984年にスタートしており、これまでに70人が2年間の海外留学を経験し、研究開発のコア人材として活躍している。

――将来のキヤノンを担う人材育成についてお聞かせください。

昔からキヤノンは実力主義を標榜していたが、人材育成に関しては、入社時から公平に教育し、結果的に能力を伸ばした人材が幹部として登用された。また、人事制度も年功的な運用になりがちであった。しかし、現在のキヤノンは違う。給与制度では2001年に「役割給」という職務給的な制度にあらためて、実力主義を徹底した。

 リーダー育成でも、2003年から選抜研修制度でリーダー人材を育成している。「CIL(CANON Innovative Leader)」と呼ぶ研修制度で、課長代理・主任クラス、課長クラス、部長クラスの3カテゴリーがある。各カテゴリーは、原則1年間に1回しか開催されず、研修を受けるのも各本部から推薦された者に限られる選抜型の研修である。

 内容は財務、マーケティング、事業戦略など多岐にわたり、期間は数カ月間に及ぶ。講義もあるし、レポートもある。職場ではCILを受講する者に対し配慮するが、かなりの負担だろう。

 この他に経営人材を育成する1年間の「経営塾」がある。将来の役員候補の育成を目的としており、先ほどのCILの財務、マーケティングなどの科目に加え歴史や哲学もある。大学の教授など、各界のエキスパートに講義してもらい、課題に対するレポートを提出し、討論する。かなりハードな内容だ。

――最後に女性活用について教えてください。

女性活用では、女性管理職の比率や育児休業からの復帰率が取り上げられることが多い。まず育児休業だが、キヤノンは20年前から育児休業からの復帰に積極的に取り組んできた。国内工場には女性が多いので、復帰率の向上は経営課題でもある。実際、2011年に育児休業期間を終えた女性は126名いたが、全員が復職しており、女性の復職率の向上は成果を上げている。

 次に女性の管理職だが、現在課長職以上の役職に就いている女性は60人だ。キヤノン本社の社員は約2万5000人であり、もっと多くても良いと考えている。女性のリーダー人材の育成と登用は、長期的な課題として取り組んでいく。

 しかし、やむを得ない面もある。今年の新入社員は約400人だが、技術系が圧倒的に多く350人、事務系は50人だ。事務系は男女が半々だが、技術系は違う。

 機械系、電気系と物理系が主たる採用対象だが、これらの学科は化学や情報系と違って女子学生がもともと少ない。キヤノンに入社する350人の技術系もほとんどが男性で、女性は数十名に過ぎない。女性の活用は必須であり、技術系においても女性の採用を増やす取り組みを行っていきたい。
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