■主旨と内容

 企業経営には,常に危機が付きまとっています。危機とは一切関係がないという企業はありません。経営は危機との戦いであるともいえます。業種ごと,あるいは規模の大小によって危機の種類や大きさに違いはありますが,現在の経営を取り巻く環境は年々複雑かつ高度化しております。これに伴って,危機が増えると同時に危機に出くわしてしまう機会が一層増加しています。
ここのところ,過去には想像もしていなかった出来事が発生しています。大きなリスクを見過ごして(あるいはリスクへの対応を怠って)不測の事態が起きたとき,当事者たる企業やその関係者(顧客,取引先,株主,従業員やその家族等)が被るダメージには,経営不振にとどまらず,撤退,倒産といった図り知れないものがあります。
 今や現場任せで出たとこ勝負の“個別のリスク対応”では,危機を予め防いだり乗り越えたりすることは困難になっています。今,企業には,全社的な危機対応への取り組みが求められています。
 全社的な経営課題としてリスク対応に取り組むうえでは,大規模地震など,事業継続性を脅かすリスクも存在します。経営危機はいつ,どこで,どのような形で発生するか分かりません。ですから,もし危機が迫ったり,万一発生した場合は,迅速かつ冷静な対応が求められます。その対応次第で利害関係者から「対応が悪い,遅い」「不誠実だ,信用できない」と批判されます。築き上げてきた信用が一瞬にして失墜してしまうことになります。そうならないためにも,社員の誰もが混乱することがないよう事前対策が重要です。
 以上の認識に立ち,危機発生時に「万一,管理監督者や専門の担当者が不在であっても混乱しない職場の基本的な体制づくり」が急務であり,その原点となる危機管理規定が必要となります。
 危機管理規定の内容は深く広いため,まずこの号では危機管理規定の総則をご案内することにし,別号で緊急事態への対応編をご案内する予定です。

■検討内容

(1)第一に危機(リスク)の範囲を具体的に定めます。

(2)次に,危機情報の報告の仕方について定めます。経営危機に対応するためには,
● どのようなことが発生したか,発生しそうか
● いつ,どこで発生したか,しそうか
● それが経営にどういう影響を与えているか,与えそうか
等を正確に把握する必要があります。そのため,社員には危機に関する情報をキャッチした際には,直ちに原則は上長に「危機情報の内容」「情報の入手場所」「入手日時」「入手経路や入手先」を正確に書面で報告することを規定に明文化します。

(3)情報伝達のルートについて明確化します。
経営危機に関する情報を組織の最高責任者に正確に迅速に伝える伝達ルートを明確化します。

(4)具体的なリスクが発生した際の対応原則について定めます。
リスク発生に伴う不利益や損失を最小化するための初期対応を定めます。またその具体的処理後の報告体制についても明記します。

(5)対外文書の作成や届け出についての取り決めを明記します。

(6)懲戒等について

(7)危機によっては緊急の人事上の措置が必要になる場合もあります。その場合の時間外労働,休日出勤,応援派遣,配置転換などについても定めておけば,いざというときにスムーズに対応できます。また,一時帰休,自宅待機,希望退職,整理解雇等についても触れておくと経営危機対策としてさらに心強いものとなります。

(8)経営に関する危機の具体例右の規定サンプル内では紙幅の都合および総則ということから危機の具体例を挙げていませんが,以下のようなことが考えられますので企業の特徴に合わせて明記するとよいでしょう(緊急事態への対応は別号で説明予定)。
①顧客の安全,衛生,健康,生命に影響を与えるような不良品や欠陥商品を誤って製造,出荷,販売してしまった場合
②商品に重大な欠陥があって,顧客から損害賠償を請求された場合
③商品に毒物や危険物質を何者かが混入させた疑いのある場合
④火災発生,または火災被害を受けた場合
⑤地震,風水被害など自然災害によって人や設備に多大な損害が発生した場合
⑥会社の過失や自然災害によって環境汚染が起こった場合
⑦重大な労働災害が発生した場合
⑧機密情報や個人情報が漏えいした場合
⑨会社の知的財産権が侵害された場合
⑩主要な取引先が経営破たんした場合
⑪業務上で刑事事件が発生した場合
⑫民事暴力事件が発生した場合
⑬事故や事件により社員が死傷または健康被害にあった場合
⑭社員による金銭犯罪が発生した場合
⑮国内外で社員が誘拐された場合
⑯株式の買占め等により経営が脅かされる場合
⑰社員の不正や会社組織のコンプライアンス違反が起こった場合

危機管理規定(総則)

第○条(目的)この規定は□□□株式会社(以下「この法人」という)における危機が発生したときの対応に関して必要な事項を定め,リスクの防止およびこの法人の損失の最小化を図ることを目的とする。

第○条(適用範囲)この規定は,この法人の役員および従業員(以下社員という)に適用されるものとする。

第○条(危機の範囲)この規定において「危機」とは,この法人に物理的,経済的もしくは信用上の損失,情報システムに係る危機または不利益を生じさせるすべての可能性を指すものとし,「具体的危機」とは危機が具現化したものを指す。
(1)情報システムに係る危機
(2)財政上の危機…収入減少や資金の運用の失敗などによる財政悪化
(3)自然災害による危機 
(4)信用の危機…不全な活動や不適格な情報提供によるイメージの低下
(5)外部からの危機…事故やインフルエンザ等の感染症および反社会的勢力からの不当な攻撃
(6)人的危機…社員の金銭犯罪,労使関係の悪化や経営層の内紛,代表者の承継問題等
(7)その他上記に準ずる緊急事態

第○条(基本的責務)社員は,業務遂行にあたって,法令,定款およびこの法人の定める規定など,危機管理に関する定めを順守しなければならない。また社員は常に経営に関する危機に敏感でなければならない。

第○条(危機に関する措置)社員は具体的危機を積極的に予見し,適切に評価するとともに,この法人にとって最小のコストで最良の結果が得られるように,回避,軽減,その他の措置を事前に講じなければならない。
2 社員は,業務上の意思決定を求めるにあたり,上位者に対し当該業務において予見される具体的な危機を明らかにするとともに,これを処理するための措置について提言しなければならない。

第○条(リスク発生時の対応)社員は具体的な危機が発生した場合には,これに伴い生じる法人の損失や不利益を最小化するために必要と認められる初期対応を十分な注意を払って行わねばならない。
2 社員はリスク発生後は速やかに上位者に正確で偽りのない報告を行うとともに,その後の処理は関係部署と協働して行い,上位者の指示に従うものとする。

第○条(具体的危機の処理後の報告)社員は,具体的危機の処理が完了した場合には処理の経過や結果について書面に記録し,社長に報告しなければならない。

第○条(クレーム等への対応)社員は口頭もしくは書面で顧客等からクレームがあった場合には,重大な危機になる前に,直ちに上位者に報告し,指示を受けるものとする。

第○条(対外文書の作成)社員は対外文書の作成についてはリスク意識を持って,上位者の指示に従うとともに信用危機を招かぬように繰り返し確認を行う。

第○条(届け出)危機管理のうち,官庁等に届け出が必要なものは正確かつ迅速に,社長の承認を得て所轄官庁へ届け出る。

第○条(守秘義務)社員は,この法人のリスク管理において知り得た法人やその関係者に関する秘密については,社内外を問わず漏えいしてはならない。

第○条(懲戒処分)以下のいずれかに該当するものは,その情状により懲戒処分に処す。危機発生に意図的に関与したもの,報告を怠ったもの,会社の指示命令に従わなかったもの,関連情報を外部に漏えいしたもの,その他上記に準じる行為を行ったものおよびコンプライアンスに反する行為を行ったもの等。
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!