─では,それまでがどうだったのかは不明だが,気をよくしてもう1 度,同じ調子で書いてみたい。
遅れたらその分、他人の時間を奪うことになる。金は返せるが、時間は返せない。 ~父・安井実一氏から安井義博氏へ~
ブラザーといえばミシン。そう思う人が多いのではないか。ミシンの修理業として1908年に創業したこの会社は,今ではプリンタ,複合機など情報通信機器の分野に大きくシフト。ミシンの製造・販売は継続しているものの,売上げに占める比率は10パーセント台になっている。現在,ブラザー工業相談役の安井義博氏は,創業者の孫にあたる。創業家の2 代目3 代目というと,甘やかされて育ったあげく家業をつぶすケースがよくあるが,安井義博氏は父の実一氏から厳しい薫陶を受けて育った。
家族旅行に出かけ,弁当を食べようとすると,「弁当箱の展開図を描け」。ラジオや自転車を分解すると,「自分で元通りに組み立ててみろ」。実一氏は息子に,技術者としての姿勢を教えようとした。そんな父は,時間に対しても厳しかった。朝食と夕食は,きちんと家族そろって食べるのが決まりで,遅れようものなら強く叱られたという。
「遅れたらその分,他人の時間を奪うことになる。金は返せるが,時間は返せない」
経営者として多忙を極めていたはずの父が率先垂範し,時間に対する規律の大切さを教え込んだ。金で解決できる事柄は少なくないが,時間は金で取り返せない。
何ごとも,基本的なことは早く教え込む必要がある。新人教育においても,その鉄則は変わらない。
お前は心配事を、横に並べておびえているだろう。縦一列に並べられないか。 ~父から倉嶋厚氏へ~
プラス思考で行け。物の見方を変えてみろ。親や上司は,よくこういう言い方をするものだ。しかし,それだけで「分かりました!」とは,なかなかいかない。肝心なのは,どう考えるのがプラス思考なのか,どんな観点に立てば物の見方が変わるのか,勘どころを具体的に伝えることである。引用した言葉は,朝日新聞のコラム「おやじのせなか」で拾ったもの(2010年1 月10日)。語り手の倉嶋厚氏は,気象庁を退職したあとNHKの解説委員になった異色のキャリアを築き,気象キャスターとして広く人気を博した。
戦時中に思春期を迎えた倉嶋氏は,学校の軍事教練や試験のこと,軍への入隊などで不安を抱え,一時期,神経症に陥ったという。そんな息子を見て,ある日父は「紙を1 枚持っておいで」と言った。
「お前は心配事を,横に並べておびえているだろう。縦一列に並べられないか」
そう諭して紙に1 本,縦の線を引いた。
人がさまざまな不安を感じ,押しつぶされそうになるのは,いわば悩みを横にずらりと並べ,収拾がつかなくなってしまうからだ。横ではなく,緊急度に応じて縦1列に並べてみれば,問題は1 つずつ現れる。そうすれば「当面の1つ」に集中することができるのではないか。横の物を縦にしてみよ。気休めのように感じるかもしれないが試してみていただきたい。筆者もやってみたが,確かに面白いアイデアだ。抱えている問題をすべて1 本のチューブに収め,それをチューブの先から少しずつ出して順に解決していく。そんなイメージである。1 つひとつを着実に処理していけば,不安にかられることもない。
10代のときに父から授けられたこの教えが,80代に至ってもなお人生訓として生きている。倉嶋氏はそう述懐する。
やる気に頼るな、仕組みに頼れ。 ~勝間和代氏からある女性社員へ~
コンサルタントは「仕掛けづくり」「仕組みづくり」という言葉をよく使う。例えば仕事の生産性を高め,残業を極力減らそう,などというときは,そうせざるをえない仕掛けづくりを考える。「生産性向上」「残業撲滅」などと訴えても,効果はほとんどない。一時的にはあるように見えても,いずれ元の状態に戻る。奮起を促すだけではダメなのだ。それより,職場を午後6 時に消灯する。役員が巡回して社員に帰宅を命じる。そういう仕掛けを講じれば,残業は確実に減る。残業ができないとなれば,社員は目の色を変えて仕事に打ち込む。段取りがよくなるよう自分たちで心がける。現実問題として,そうせざるをえなくなるのだ。そのうち確実に生産性は向上する。要するに,放っておいても所期の目標なり願望なりが実現する具体的な策を講じること。それが仕掛けづくり,仕組みづくりというものだ。
こうした話をクライアント先でしたところ,ある女性社員が勝間和代氏の言葉を紹介してくれた。
「やる気に頼るな,仕組みに頼れ」─まさに,その通り。
運動を続けたければ,「毎朝ジョギングしよう」などと困難なことにチャレンジするより,近くのスポーツセンターに入ってしまう。そしてレッスンを予約してスケジュールに組み込んでしまえばよい。
勝間氏は会計士らしく,数字で教える。仮に毎日続けられる確率が70%のことは,100日連続だと0.7の10乗だから0.028,つまり2.8%になってしまうと。やる気や根性に頼っていては,何ごとも長続きしない。自動的に継続できるようなやり方を考えることが,成功への近道なのだ。
取 先の女性社員は,勝間氏の言葉にならって地元のスポーツセンターに入会した。まだ入会して1 年もたっていないが、週に平均2 回はコンスタントに通っているという。月の会費が高いので,元をり戻そうという気が強く働くのだそうだ。残業で遅くならないため仕事の段取りを工夫するようになり,一石二鳥の効果が現れた。ワーク・ライフ・バランスの観点に立てば,一石三鳥といえるかもしれない。
さて,あなたの職場では,新人や若者が継続的に取り組めるシステムがあるだろうか。
- 1