企業を取り巻く環境の変化が激化する中で、日本企業の人事も大きな岐路に立たされている。
「戦略人事たれ」という言葉は何を期待しており、人事には何ができるのか。「戦略人事」を可能とするのが最新のテクノロジーであり、経験則から脱却し科学的なアプローチを人事がいかに実現できるか、展望したい。
現場主義の限界、戦略人事への期待
「日本の人事部が存在感を失っている」と言われて久しい。「新卒一括採用」「年功序列」「終身雇用」という日本型の人事管理のもと、採用や評価を行う人事は重要なポジションとされ、優秀な人材が集まるエリート集団であった。新卒で採用された優秀と思しき人材が人事に優先的に配属されていった様子を、私自身も目の当たりにしていた。異動・配置に関する意思決定も、すべて人事の感覚ひとつで行われていく。まさに、人事の記憶と経験と勘に頼っていた時代だった。

しかし、バブル崩壊後、変化が激しい経営環境に置かれた企業は、「迅速な意思決定を可能にする組織」「変化に柔軟に対応できる組織」を求めて、あらゆる権限を中央から現場にシフトさせていった。採用や評価機能も、人事部から各事業部へ。人と組織に関する情報は、事業部に蓄積されていく。
さらに、現場主義の観点から、経営はマーケターやエンジニア、グローバル視点を持ったマネジャーといったポジションを重要視するようになる。人事の仕事は、給与計算や労務管理など、オペレーション業務の割合が増え、経営との間に距離が生じていった。

しかし、VUCA(*1)時代に突入した今、現場にあらゆる権限を委ねる現場主義の限界が露呈しはじめている。組織の複雑化、人材の多様化に加えて、現場のマネジャーはプレイヤーを兼ねていることが多く、管理の目が細部まで行き届かず、人材配置のミスマッチによる退職者も増え始めている。

採用、育成、異動・配置、離職にまつわる課題は、事業部単位で解決できるような問題ではない。そこで人事の働きにふたたび、注目が集まっている。

ミシガン州立大学のウルリッチ教授による「HRトランスフォーメーション」という言葉が指すように、人事の役割機能や人事のあり方そのものを変革する「人事機能改革」を行う時が来ている。近年の人事機能は、オペレーション機能が多くを占めていたが、企業全体の理念や哲学、行動規範を決定し、組織に根づかせるためのコンサルティング機能、そして各事業の成功と発展のために人事マネジメントの観点から戦略を考え実践していく事業戦略機能、これらの2つの機能を強化する必要が出てきた。

とくに後者には、近年の行き過ぎた数量によるKPI(*2)マネジメント、プロセスマネジメントの限界から、それに変わるOKR(*3)によるピープルマネジメントへとシフトしている背景がある。手段を目標にするのではなく、戦略的な事業の目標を設定し、その達成に向けて人材を適正に配置し、育成し、正しく評価、処遇をする。この際にピープルマネジメントで陥りがちな経験、勘、記憶のみに頼るのではなく、記録、客観性、傾向値に基づく科学的なアプローチが求められる。

私の所属するピープルアナリティクスラボでも、人事異動を適切に行うためにアセスメントを活用した「適正配置モデル構築」の事例も出始めている。10年後の人事は、コンサルティング機能と、科学的アプローチを主軸とした事業戦略機能をもつ人事が主流となるだろう。


*1:先の見通しが困難な現代の状態を意味する造語。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとりこう呼ばれる
*2:Key Performance Indicators。組織の目標達成の度合いを計測するための重要な指標を指す
*3:Objectives and Key Results。個人の主体的な目標を軸としたマネジメント手法
パーソル総合研究所 コンサルティング事業本部長
佐々木 聡
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