ミシガン州立大学のウルリッチ教授が提唱する“アウトサイド・インの人事”。人事の役割を内部視点で捉えず、ビジネス側(アウトサイド)から人事(インサイド)をみよ、という考え方だ。「競争力ある処遇で優秀な人材を採る」「評価制度を見直してモチベーションを高める」などというのはどれもインサイドの視点。事業の顧客や株主などのステークホルダーに直接、価値提供を行うべきだという考え方に基づく。
確かに、先行きが不確実で不透明なVUCAの時代、上から戦略が下りてくるのを待っていたら間に合わないかもしれない。人事は、もはやブレークダウンされた人事施策を遂行する立場ではなく、人事施策を通じてステークホルダーに与えうる最終インパクトに責任を持つ覚悟が求められている。
人事の顧客を再定義せよ

社内の論理が人事を制約してきた

10年前、私は国内中心の人事に席を置き、海外事業の立ち上げ期のグローバル人事を担当していた。国内ルールを海外向けに変更しようとする度、人事内で“待った”がかかった。「それで国内にいる従業員との公平性が担保できるか」。当時の人事が使う“公平性”という言葉には、絶対的な響きがあった。

あれから10年が経ち、その会社は、海外売上高比率が4割超のグローバル企業となった。海外の人事ルールは、当然、日本人事ルールとは別物だ。当時人事が大事そうに抱えていた“公平性”は海外買収による急拡大の中であっさり姿を消した。

海外で国内ルールを持ち込んだらビジネスが立ち行かない。そう思いながらも、“公平性”に悩まされていたあの時の自分に言いたい。「ビジネスにとって何が大事なのか、それだけにこだわれ。社内の論理はまもなく死ぬぞ」と。

経営が人事計画を却下し始めている

“公平性”という言葉は、最近は人事の人からも聞かれなくなってきた。社内の論理ももはや通用しなくなりつつある。社会人の2人に1人は転職経験者だ。(注1)自動車や電機など主要上場企業の海外売上高比率は7割に届く勢いだ。(注2)組織の壁も国の壁もなくなろうとしている。

しかし今もなお、多くの人事が、内部論理で作り出した要員計画やモニタリング指標で人事計画を策定する。そんな過去から解を求める人事のやり方に、経営はもはやしびれを切らし始めているのだろう。「要員計画が通らない」「人事中期経営計画が却下された」という相談が、ここ数年、私たちコンサルティング会社のもとに寄せられるようになった。

「継続性のマネジメントではなく、戦略性のマネジメントが求められる」。そう言われて久しいが、人事はどう変わればいいのだろうか。私は人事の変革の第一歩は、人事の顧客の再定義であると考える。「人事の顧客は、会社の顧客であって従業員ではない」と。

ある経営者は「従業員が顧客だと言う人事がいるが、それでは従業員を甘やかすだけだ。人事の顧客はやはり本当の顧客である」と言う。私も同感だ。人事の顧客はビジネスが顧客とする本当の顧客。人事は、人事施策が顧客に与えうる最終インパクトに責任を持つべきだ。

AT&T人事が経営に与えた選択肢

アメリカの最大手電話通信会社のAT&Tの人事は、市場と顧客の変化をとらえ、大きな決断を下した。ビジネスがケーブル事業からネット・モバイル事業へ移行しようとする中、インフラ設計者やメンテナンスの人材をクラウドエンジニアなどに転身させるための再教育に2,755億円を投じたのだ。(注3)経営戦略をただ待つだけの人事であればこうはならなかったであろう。旧式エンジニアをレイオフし、新式エンジニアの採用はグーグルとガチンコでぶつかり大苦戦していたかもしれない。事業をこの先変えていく中で、想定される人材の争奪戦、社内の人的リソースとそのポテンシャル…それを早く状況を見極めることで再教育という手が打てたのだった。

人事がビジネスインパクトまでを視野に入れて経営に加わった時に、その企業に新たな選択肢が開かれる。
(注1)
DODA転職の実態調査(2011年5月)
https://doda.jp/guide/ranking/041.html
(注2)
2015年9月8日付 日本経済新聞電子版「主要企業の海外売上高比率が最高」
(注3)
2017年6月7日付 日本経済新聞朝刊「ヒト再創造で『断絶』超える」
パーソル総合研究所 ディレクター
為田 香苗
  • 1

この記事にリアクションをお願いします!