住友生命の保険DXプロジェクト

さて、ここからは、具体的な企業の取り組み事例を紹介しよう。私の知り合いでもある住友生命情報システム部長・岸和良氏の記事をもとに見ていく。

まず大前提として、生命保険業界は、「少子高齢化」の影響をストレートに受ける業界であるということ。年金と同様、人口構成の大きな変化が、世代間の負担額の差にそのまま影響を与えるからだ。このような構造的な変化は政治的な問題として取られがちだが、ビジネスとしては稀代の大チャンスともいわれる。

それは、「新たなイノベーション」が必須となるからである。期せずして、2020年以降は新型コロナ禍で、これまで「常識」とされていた事柄が大きく変わった。しかし、「少子高齢化」はコロナ禍以前から、長期的にじわじわと、日本だけでなく世界に蔓延している問題である。そして、国の構造を変える大問題であり、すべてのビジネスモデルに影響を与える可能性がある。

●保険商品を考え直すこととなった歴史的・社会的背景

歴史をひもとけば、第2次世界大戦によって国を支える労働を担う若い世代を多く失ったあとの日本は、改めて人口増加にともなう経済成長の道を歩んだ。その陰で、世代別世帯化が進み、家庭の在り方も大きく変わった。西洋的な食習慣で栄養も十分に摂れるようになり、医療の進歩でさまざまな病気に立ち向かうことが可能となった。そして、平均寿命は世界レベルで伸びていった。喜ばしい変化の裏で、それまで家庭においても、国家レベルにおいても、退職後のお年寄りを若い層が畏敬の念をもって支えてきた社会的構造は、支えられる層の急速な拡大と支える層の縮小のために、通用しなくなったのである。

特に注目されるのが、平均寿命の伸長が単純にめでたいことだった高度成長期とちがい、近年大きく変わったのは退職後から亡くなるまでの期間を、健康に暮らすのか、体調を崩し闘病生活となるのかという点だ。すなわち「健康寿命」の考え方が重要となってきたのである。

●画期的「DX保険商品」の登場

そのような中、住友生命保険は2018年7月、健康増進型保険「Vitality」を発売した(※3)。Vitalityは、健康診断や検診、歩数など、日々の健康への取り組みに応じて加入者にポイントを付与し、そのポイントを基に保険料を割り引く、という保険商品だ。顧客の健康活動への行動変容を促す「DX型保険商品」と位置づけられる。

※3:【参考】住友生命「Vitarity」とは

コンセプト面からみると、住友生命保険のサイトの「『人生 100 年時代』といわれる現在の長寿社会において、お客さま一人ひとりの健康状態の向上に貢献することで、 健康長寿社会の実現を目指してまいります」という言葉にある通り、これまでの「もしもの時に遺族の生活を守るためのリスクヘッジ」であった保険の概念を覆すものだ。「長寿」を前提とし、その間、いかに健康に生きるかに焦点を当てた画期的なものである。

ちなみに「Vitality」の歴史は古く、1997年に南アフリカで開発され、世界17ヵ国約840万人が利用している。主として、腕時計のようなウェアラブル端末を利用して、契約者の健康情報や歩数などを測定。健康活動をポイント化して保険料を割り引くといった商品である。

日本では、住友生命の他、ディスカバリー、ソフトバンクの3社が、IoTを活用した健康情報・健康増進活動に関するデータ収集のプラットフォーム構築で提携している(※4)。グローバルに評価を得ているディスカバリーのウェルネスプログラム「Vitality」を、日本市場に導入する「Japan Vitality Project」の取組みから提供された、初めての保険商品である。

※4:【参考】住友生命保険相互会社・Discovery Lt d.・ソフトバンク株式会社による「新規プロジェクト「Japan Vitality Project」に関するお知らせ」(PDF)

●人類への貢献を目的とした壮大なDX

「Vitality」について、もう少し紹介しよう。“住友生命「Vitality」”は、「加入時または、ある一時点の健康状態を基に保険料を決定し、病気等の リスクに備える」という従来の生命保険とは一線を画し、「加入後、毎年の健康診断や日々の運動等、継続的な健康増進活動を評価し」、保険料の変動によって、「リスクそのものを減少させる」ことを目的としている。

今でこそ、国民それぞれが健康でいることで、企業や国が、保険料や社会保障などのあらゆる病気に対する治療・予防のコストを負担するのではなく、病気にならないための健康への投資にシフトしており、「医療コストの低減」と「お年寄りの生きがい」という2つの大きな課題に対応することが、一般の人たちにも当たり前になりつつある。これこそ「イノベーション」の好事例であり、特に注目したいのは、技術先行型の日本的イノベーションとは一味違った、健康という人類への貢献というアプローチとして誕生した凄さである。

方向性は違うのだが、私はこの話を聞いたときに、「世界レベルの幸福」につながる偉大なエピソードとして、かつてボルボが3点式シートベルトの特許を、世界中の人たちのために無償で公開した話を想起した(※5)。

※5:【参考】ボルボ「A heritage of safety innovations」

さらに言葉を借りれば、「Vitality」の説明には、下記のようなことが書かれている。

「Vitality」は、健康を改善するツールや関連知識、それを促すインセンティブ等を提供することで、 保険加入者がより健康になることをサポートするプログラムです。このプログラムは、臨床研究や行動 経済学に基づいており、生活習慣病の増加を抑える上で重要な「健康チェック」、「予防」、「運動」に着目し、保険加入者の健康増進への意欲を高める仕組みとなっています。各種インセンティブが長期的に健康増進に寄与する行動変化を促すという仕組みが保険商品に組み込まれており、保険会社や保険加入者 の双方にメリットの好循環をもたらし、社会全体の健康増進にも寄与するものです。

この仕組みを実現したのが、まさに「DXの技術」である。これまでの技術では、何万人にも及ぶライフログ(人の日常の生活から計測できるあらゆるデジタルデータ)は、計測する手段が少なく、また、あまりに無尽蔵すぎて、分析どころか収集も困難であった。まさに「ビッグデータ分析」の進歩が、それを可能にしたのである。

まずは、データ収集(計測)の面で、さまざまなIoT機器が登場した。これは「インシュアテック」と呼ばれ、大きなトレンドの1つでもある。2016年にAccentureが発表した「モノ・コトとつながる保険会社の時代」によれば、「2020年までに10億のウェアラブルデバイスが利用される」と予想されている(※6)。

※6:【参考】Accenture「モノ・コトとつながる保険会社 (Insurer of Things)」の時代」(PDF)

この「Vitality」の仕組みは、最終形ではない。その他の多くの保険会社にも、もちろん大きな影響を与え、パーソナルにカスタマイズされたさまざまな保険商品の誕生にもつながった。例えば、あまり運転しない人(走行距離が少ない人)に対応した自動車保険料の割引といった、画期的な保険アイデアにつながっている。これは、市場における競争がさらに激化することを表しており、成長を止めたら負けなのである。

住友生命においても、少子高齢化のあらたな市場に向かっていくために、今後も「Vitality」を中心にDXを活かした商品やサービスの提供を拡大することで、それを支える「DX人材」の育成を最重要と考えているそうだ。DXに適性の高い人材の選抜と育成に対し、研究と挑戦を進めているところである(※7)。

ここまで、「DX人材育成」について書いてきたが、住友生命保険では岸和良氏が詳しく書かれている通り、DX人材育成に本格的に取り組んでおり、実際の成果にも結びついている。ぜひ、参考にしていただきたい。

※7:【参考】日経xTECH「DX人材不足の解決策を発見か、住友生命が目をつけた意外な『発掘先』」
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