ダイバーシティマネジメントとは「理解力」である
稲垣:聴者とデフを比較すると、単純の数的に分けると、前者がメジャーで後者はマイナーな立場とされると思います。日本という国に当てはめると、同じ比較構図が「日本人と外国人」というカテゴライズとなり、数の少ない日本在住の外国人が日本で頑張っている。そういうマイナーな立場の外国人の方に対してアドバイスをいただけますか。岡部:おっしゃる通り、聴者のほうが人数は多く、デフは少ない。多くの方は、声で話をしますから、人数的には圧倒されてしまう。しかし、その中に1人2人友達ができて、何か理解してくれて、一緒にやっていくうちに、手助けをしてくれる人も出てくるようになると思います。たったひとり、孤独でいるっていうのはやっぱり無理なので、1人でも2人でも理解してくれている人を見つけられたら、それをきっかけに頑張ることもできる。
そして、自分自身で諦めないで続けるとか、頑張るとかいう「気持ち」が大事だと思います。例えばコミュニケーションをとるときに、相手は僕が聞こえないことを知らない場合もあるじゃないですか。そんなときは、むしろ積極的に、「僕、耳が聞こえないんですけれども筆談でお願いできますか?」と、自ら向き合っていきます。そこからいろいろ、輪が広がっていきますよね。相手がわかってくれないと不満に思うだけじゃなくて、自らわかってもらいにいく「努力をする」。僕と同じようにデフで、小さい時に発音もすごく頑張って、すごく綺麗にお話ができる人もいます。「自分のスタイルをきちんと持つ」こと、「自分のありたい姿を自ら作っていくこと」ということが大切だと思います。
稲垣:岡部さんの「ありたい姿」っていうのはどのようなものですか?
岡部:今は、デフの子供達に希望や夢を与えられるような人間になりたいと思っています。デフの子供達が、例えば陸上をやっている僕の姿を見て、岡部に憧れて陸上の世界に入ったよ、なんていうことがあったら、非常にうれしいです。もちろん、今は会社のサポートを受けながら自分の大切なこと、できることをやっていくけれども、そして会社の中でも、「聞こえない」ことについての理解も広めていって、デフの子供達が「自分も頑張ればこういう人に、岡部のような人になれるんだ」と、自分のこれからの人生を諦めない人になってほしい。人気漫画の『スラムダンク』に、「諦めたら、そこで試合終了だよ」という監督の言葉があるじゃないですか。実際に、僕は諦めたら終わりだったな、という体感を何度もしています。
稲垣さんと偶然お会いした三軒茶屋のお好み焼き屋「とこしえ」にも、入ろうかどうしようかなと迷ったことがあります。お客さんは、皆さん聞こえる人ばかりだから。店主の永島さんは、カウンターで何回か会っているうちに理解してくれて。恥ずかしながら、友達は少ないかもしれないけれども、そこからいろんな人間関係を作りたいという気持ちも自分の中にはありますしね。まずは、そういった葛藤の中で、勇気を持って一歩踏み出ことが、いろいろな人付き合いにもつながるし、今日のインタビューにもつながりました。
「一歩踏み出す勇気」を持つことが大事なのかな。「聞こえないから自らやめる」というのではなく、聞こえないなら、「聞こえない」と相手に伝えて理解してもらって、筆談して、話してもらうことが大切なのだと思います。
稲垣:すごくいい話ですね。今はマイナーな立場の人達に対するアドバイスをもらいましたが、もう1つ聞きたいことがあります。今度は、メジャーな立場、聴者もしくは日本人について。石垣先生はメジャーな立場だけどもマイナーな立場の岡部さんの力をすごく引き出したわけですが、こういうメジャー側の人間、日本人側もしくは聴者側がやるべきことや考え方について、アドバイスをもらえますか?
岡部:「ダイバーシティマネジメント」というものは、僕は「理解力」だと思うんです。これは、失礼な例ですが、「僕は聞こえないんです」と言うと、「そう」と言って、それで会話が終わってしまうことも多い。そういう方もいらっしゃるのは事実なんですが、デフの立場を理解して手伝おうという気持ちを、少しでも持ってもらえると嬉しいですね。難しいとは思うけれども、同じ人間同士だからこそ、例えば聞こえないって言われたときに、聞こえないってどういうことなのかを、理解しようとしてほしい。耳が聞こえないことや、手話に、ちょっとでも興味を持ってほしいと思います。
僕の場合は、デフリンピックに参加したおかげで、「とこしえ」店主の永島さんは、僕のことを理解してくれて応援してくれていて、そして応援してくれる人を増やしてくれました。紹介してもらっただけで終わり、という人もいたけれども、稲垣さんは興味を持ってくださって、その時すごくいっぱい筆談してくださったじゃないですか。
稲垣:携帯で、静かに熱い会話をしましたね(笑)。
岡部:たくさん時間を使って申し訳ない、と思ったけれども、実はすごくうれしかったんです。そういったことが自分にはとっても大事です。自分から「お願いできますか?」と頼むこともあるけれども、自分からは言いにくいこともある。稲垣さんは、その時に気がついて筆談をしてくださったから、僕すごくうれしかったんですよ。人に興味を持ってもらえるのは非常にうれしいことです。「聞こえない」ことに関心を持ってくれるだけでもうれしいし、デフリンピックに興味を持ってくれるとうれしい。メジャーな立場の人には、マイナーな立場の人に「興味を持つ」ということを、まずはしてもらいたいと思っています。
稲垣:岡部さんは、もちろんすごく苦労されていると思いますし、僕には計り知れない努力をされていると思うので、言葉にすると語弊があるのかもしれないですが、僕は、デフもひとつの特徴だと思っています。耳が聞こえない、目が見えない、外国人で日本語がわからない、イスラム教で豚肉は食べられない、などなど。人にはいろんな特徴があって、自分がまだ知らない「特徴」を知ることはすごく面白い。僕自身もインドネシアに移住したときは、インドネシア語はおろか英語も話せない「外国人」という立場でしたが、自らさまざまなところに飛び込んで、世界観を広げていくことが楽しかった。自分の知らない世界や人を知ることは楽しいですね。
岡部:まさに、そういう意味で障がい者とか、外国人とか、関係なく「人に興味を持つ」人が増えてくれたらいいですよね。
岡部さんの夢
稲垣:最後に、岡部さんはどんな夢、これからの目標をもっているか教えていただけますか? アスリートとしてもそうだし、仕事の世界でも、もしくはプライベートでもなんでもいいです。岡部:まずは先ほども言いましたが、デフの子供達に希望と夢を与えたい。岡部に憧れて陸上に入ったよって言ってほしいし、陸上に入らないまでも、「僕を見て頑張ったらこうなれるんだ」という希望の存在になりたい。有名になるっていう意味ではなくて、そう思ってくれたらうれしいです。
アスリートとしては、2021年12月にブラジルでデフリンピックが行われる予定です。怪我や年齢的なこともあって、最近の記録は満足いく結果ではないのですが、5月に選考会がありますので、デフリンピックの日本代表に選ばれることを今1番の目標として活動しています。実は、僕は30歳になった時に引退しようと思っていたんです。ただ、4×400メートルリレーで5位だったので、どうしてもリベンジしたいっていう気持ちがすごく強くて、「もう今年が最後かもしれない」という気持ちで挑んで、デフリンピックの選手として選考会に出る、選ばれることを1番の目標にしています。
写真:吉田直人
いつか陸上をやめる日が来ても、一般の社員として頑張り続けていきたい。スキルアップしたいし、ビジネスの能力も高めたい。そう思って、今、すごく研鑽を積みながら頑張っています。まだまだ未熟者だけれども、岡部は岡部らしく、陸上の世界だけじゃなくてビジネスの世界でも頑張って、両方とも高めていきたいと思っています。
稲垣:素晴らしい目標ですね。
岡部:最後に。母は、耳の聞こえない子供が生まれた時すごくショックだったんですね。「私の耳と交換したい」と言ったことがあるほど。僕が陸上に入って、いい結果を出したことで、母も報われました。Facebookを見て、母も家族もすごく喜んで、悲しむ様子がなくなったんですね。今頑張ることが両親への恩返しです。僕以外はみんな聞こえる家族ですが、僕がこの世界で頑張っているので、すごく喜んでくれています。「ありがとう」という言葉を家族に、耳を交換したいと言った母にも、父にも、姉にも伝えたい。
僕が陸上の世界に入って頑張っているから、家族も泣き顔や辛い顔からうれしい顔に変わった。僕はそれがうれしい。聴者と同じように育ててくれたから、そして「一緒に頑張る」と考えてくれたから、自分としては、「聞こえる/聞こえない」という区別なく育つことができた。つまり、ほかの人に対しても違いを受け止められる人になったのかなと思っています。いろいろ応援してくれる方、周りの方々には、僕が陸上の選手をやめたら終わりではなくて、僕がたとえやめたとしても、人間関係は続けていってほしいし、続けていってくださる方が応援してくださると思います。
対談を終えて
私は非常に感情が動きやすい性格だが、普段はあまりそれを表に出さないようにしている。しかし今回は違った。私には2歳の息子がいるのだが、岡部さんのご両親やご本人の立場を自分に置き換えて考えてみると、何度も感情がこみあげて、涙が止まらなかった。岡部さんは、本当に笑顔が優しく素敵な人だ。苦労して、努力して、結果をつかみとっている人だから、笑顔に屈託がないし、感謝の言葉に曇りを感じない。素直に心に響くのだ。マイナーな立場/メジャーな立場という事も実は関係がなくて、人が人に興味を持ち、勇気をもって一歩を踏み出せば世界は広がる。そして、実力をつけ、結果を出すには「諦めずに頑張ること」が大事。とてもシンプルだけれど、大切なことを教えてもらった対談だった。
そして、岡部さんのデフリンピック出場を応援したい。頑張れ岡部! 頑張れニッポン!
1987年生まれ、秋田県由利本荘市出身。陸上競技(400メートル)で、日本代表としてデフリンピックに2回出場経験あり。聴覚障がい者向けの唯一の国立大学・筑波技術大学を卒業後、大手電機メーカー勤務を経て、2016年5月よりライフネット生命保険株式会社に勤務。2021年のデフリンピックでのメダル獲得を目指して日々練習に励みながら、聴覚障がい者に対する理解を促すための講演や取材対応など、幅広い活動を行っている。
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