「ウェルビーイング」の視点を経営戦略に取り入れている企業の事例

実際に、従業員のウェルビーイングの実現に取り組む企業を紹介する。

アシックスは、「健全な身体に健全な精神があれかし」という創業哲学を体現すべく、2017年に「ASICS健康経営宣言」を発表。経営陣のコミットメントのもと「ASICS Well-being」体制を立ち上げた。人事総務統括部長をCWO(Chief Well-being Officer)に据え、従業員とその家族の健康的な生活の実現に取り組んでいる。2018年には「ASICS Well-being survey」を実施し、自社の実態と課題を明確化。スポーツ用品メーカーとして培ったノウハウをもとに開発した健康増進プログラムや、管理栄養士と共同開発した「アスリート飯」の提供、メンタルヘルス対策研修の実施など、従業員のヘルスリテラシー向上に取り組んでいる。

PwC Japanグループは、「成功する人はウェルビーイング(心身の幸福)を軽視しない。成功する組織はそこで働く人々がウェルビーイングを追求できるような環境を提供する。」という考えのもと、グローバル全体でウェルビーイングを推進。ウェルビーイングを「Physical」「Mental」「Emotional」「Spiritual」の4つの領域でとらえ、様々な施策を展開している。健康維持や増進活動の推進、メンタルヘルス対策の推進、長時間労働対策の推進といった施策に加えて、女性活躍推進や、LGBTインクルージョンなど、あらゆる従業員が本来の能力を最大限発揮できるようなカルチャー醸成の取り組みなども特徴的だ。

サントリーグループでは、「心身ともに健康で、毎日元気に働き、やる気に満ちている」状態を目指している。法定項目を超える詳細な健康診断や、ストレスチェックの実施などメンタルヘルスへの取り組みはもちろん、働き方改革とも連動し、多角的な施策を展開。働き方改革も、単なる労働時間減少ではなく、従業員一人ひとりが失敗を恐れず最大限に創造性を発揮できる職場環境づくりを推進してきた。この取り組みが評価され、勤務先として魅力ある企業を世界共通基準で測る「エンプロイヤーブランド・リサーチ2019」でサントリーホールディングスは1位を獲得した。

真の「ウェルビーイング」にむけて、人事がすべきこととは

「ウェルビーイング」という概念を企業が取り入れ、従業員と共により良い方向に進んでいくために、人事はどのようなことをすべきだろうか。身体的・精神的・社会的な充足、それぞれの観点から述べてみたい。

まず「身体的」な面だが、これは制度や施策の形で取り入れやすい。「定期健康診断や運動の奨励(スポーツクラブの補助など)のような一般的なものに加えて、従業員のヘルスリテラシー向上のためのセミナー開催、 運動や栄養管理などの健康活動に対するポイントインセンティブ制度といった、健康維持・増進のための取り組みが挙げられる。過重労働の改善など、働き方改革との連動も不可欠だ。

続いて「精神的」な健康面においては、やはり専門家の知見を何らかの形で取り入れることが望ましい。自社の現状を把握したうえで、ストレスチェックの実施、相談窓口の設置、カウンセリングサービス、メンタルヘルス研修、管理職向けのハラスメント防止研修など、自社に合った支援策を検討するとよいだろう。ここで意識すべきは、業務におけるストレスに限らず、プライベートでの心配ごとを相談できるような環境をつくることである。プライバシーを確保しつつそのナレッジを吸い上げられれば、離職やモチベーション低下の要因を探ることもできるかもしれない。

そして最後に、「社会的」な充足についてである。柔軟で納得感のある人事制度や昇進・昇給制度の構築など、組織や仕事に対する満足感を高めるための取り組みはイメージしやすいだろう。しかし、会社の中の評価だけでは、人は充足を感じることはできない。介護や育児との両立支援といった、ライフステージの変化によるキャリアの断絶を防ぐ施策や、ダイバーシティ・インクルージョンの推進、さらに、心理的安全性を確保できるコミュニケーション手段や組織風土の醸成など、従業員が本来のパフォーマンスを十分に発揮できるような打ち手を考えていかなければならない。

どのような施策を取るにせよ、「社員がより良く生き、より良く働ける環境とは何か」を念頭に置くべきだ。これは「ウェルビーイング」に限らずあらゆる人事施策に言えることだが、他の企業で成功した事例をそのまま取り入れても、自社の課題が解決するわけではない。それぞれの企業に合わせた施策が不可欠だ。

環境の変化が激しく労働者の意識も多様化する現代では、何から始めるべきか、優先順位を付けるのが難しいこともあるだろう。そのため、まずは現状を把握するための調査を行い、社内のストレスやモチベーション向上を阻害する要因を探るなど、「己を知る」ところから始めることが大切である。その上で、自社の従業員や組織にとって何が必要なのかを特定していくことが、「ウェルビーイング」を実現できる組織への早道となるはずだ。
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