日本の労働市場における外国人労働者の役割が大きく変わろうとしている。「特定技能制度」の改正と「技能実習制度」の見直しにより、短期的な労働力から長期的な人材への転換が進められている。高度外国人材に対するニーズも高まる中、人手不足解消だけでなく、企業の競争力向上にもつなげるべく、外国人材の採用・定着・活躍推進について模索する。
「育成就労制度」成立で大きく変化する外国人材の採用・活躍・定着支援――人事は今何を求められ何をすべきか
三沢 直之
著者:

株式会社クニエ 人材マネジメント担当 ディレクター 三沢 直之

戦略系コンサルティングファームにて経営全般のコンサルティングに従事後、人材系ベンチャーにて事業企画室の室長、および現場のマネジメントに従事。銀行系シンクタンクにて人事全般のコンサルティングサービスを提供後、2018年より現職。社会保険労務士・キャリアコンサルタント。
株式会社クニエ

外国人材獲得に向けて、今日本企業は取り組みの変化が求められている

国際協力機構(JICA)の推計によれば、日本企業が自動化等への設備投資を促進し、人材確保のニーズをある程度抑えられた場合でも、日本の経済成長を維持していくためには、2030年に2020年対比で2.43倍、2040年には3.91倍の外国人労働者を受け入れる必要性があるという(※1)。また、外国人材を輩出している国々においては、経済発展や少子高齢化の進展により、人材の送り出しが伸びないことが明らかで、現状の制度や取り組みでは、日本の経済成長に必要な人材が確保できないことが強く懸念される。少子高齢化が進み、労働人口の減少が進む日本においては、外国人労働者に対する需要は明らかであり、企業間の人材獲得競争の激化も想定される中、外国人労働者の滞在期間の長期化など需要に見合った人材確保の対応が求められている。

※1:独立行政法人国際協力機構「 2030/40年の外国人との共生社会の実現に向けた取り組み調査・研究報告書」

「育成就労制度」の新設によって、長期的な労働力の転換が可能に

昨今、外国人材に関する政府の動きが活発である。そこには、外国人労働者が安心して働くことができる環境を提供することで、国際的な人材市場で競争力を保ち、国内産業の人手不足を解消する狙いがある。2023年6月9日の閣議決定により、無期雇用や家族帯同が可能な特定技能2号の対象分野が、特定技能1号の12の特定産業分野のうち、介護以外の全ての分野に拡大された。さらに、2024年3月29日の閣議決定により、特定技能1号の対象分野に「自動車運送業」「鉄道」「林業」「木材産業」の4分野が加えられ、現業職種の外国人労働者が長期的に働ける環境整備が進んでいる。そして、2024年6月14日、技能実習制度を廃止し、転職規制の緩和や長期就労を可能とする「育成就労」制度を新設する出入国管理法などの改正法が参院本会議で可決、成立した。技能実習は国際貢献のための人材育成を目的に実習後の帰国が前提の短期的な労働力であるが、育成就労は人材確保と人材育成を目的としている。基本的に3年間の育成期間で特定技能1号の水準の人材に育成することを目指しており、長期的な労働力への転換が可能だ。

高度外国人材が日本企業にもたらすのは人手不足解消だけではない

日本企業に必要なのは人手不足の解消だけではない。多様なバックグラウンドを持つ外国人労働者は新しい視点や技術をもたらす、日本の経済成長とイノベーションに不可欠な存在である。例えば海外への事業展開を行うためには、コミュニケーション能力やプレゼンテーション能力といった基礎力だけでなく、異なる言語や文化など価値観の違いへの対応力も必要である。日本貿易振興機構(JETRO)の調査でも、特に大企業では外国人材に期待する効果として、「海外市場の営業・交渉力の向上」や「社内における国際化・異文化理解の促進」が上位となっている(※2)。いわゆる在留資格で言うと、技術・人文知識・国際業務(技人国)や高度専門職などの高度外国人材に対し、企業の技術革新や国際競争力の強化への貢献が期待される。

※2:日本貿易振興機構「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」

企業に魅力を感じる4つの要素

外国人雇用に対する必要性が叫ばれる中、人材獲得競争は今後より激しくなっていくだろう。外国人材から選ばれるためには企業はどうしたらよいだろうか。人が企業に魅力を感じる要素は大きく4つに分けることができる。「会社・理念の魅力」「事業・仕事の魅力」「職場仲間の魅力」「待遇の魅力」の4つだ。外国人雇用がうまくいかない企業ではこうした魅力は大概整理できておらず、対症療法ばかりの定着支援に邁進しているように見える。文化の異なる外国人雇用だからこそ、自社で働く魅力は何かを整理し、より明確に伝えていく努力が必要だと感じる。そのためにも「理念の整備・浸透」、「一貫性のある人事制度」、「ネットワーキングの実践」、「個別フォロー体制の整備」、「生活環境や学習環境の整備」等が大切だろう。

外国人材の採用・活躍・定着が上手くいっている企業は、実際何をやっているか

筆者が支援する某専門商社では、国籍の他、性別、年齢もフラットに多様な人材活用を推進しながら、国内に限らず海外の顧客ニーズにも応えるべく、外国人材を活用し、海外現地法人の設立や海外メーカーとの強固な連携を実現している。この会社で働くある外国人社員からはこんな言葉を聞く。「母国に帰れば、同じ仕事でもっと高い報酬が得られるかもしれないが、優先順位はお金が一番ではありません。日本語のスキルを向上させるチャンスが得られること、この会社で職場環境の改善を通じて社会に貢献し、自分も成長できることが大事です」。

4つの魅力のうち「待遇の魅力」の報酬面では他の会社に負けてしまうかもしれないが、「事業・仕事の魅力」等を整備しPRすることで採用・定着を促進している。同社は、長年海外と輸出入ビジネスを行い、30 年以上勤務している外国人社員もいたため、外国人材を採用しやすい環境はあった。一方で、直接海外と関わる部署以外では、外国人材を採用するという発想がなかった。そんな折、業務提携している欧州の企業で多国籍の社員が活躍しており、その様子に刺激を受けて外国人雇用に積極的に取り組むようになった。“若くてガッツがある男性が働く業界”というイメージが定着していたが、持続可能性を考えると、特定のタイプの人だけでは厳しく、色々な人が活躍できる会社にしたいという社長の想いがそこにはあった。

4年ほど前から外国人材の積極採用を開始し、職種を限定せず、国内の大学や専門学校からの新卒採用を強化した。また既存の部署は外国人にはなじみの薄いオリジナルルールも多いため、はじめは比較的新しい事業や部署に配属し、フラットな環境でキャリアをスタートさせている。それに加え、入社後教育も充実させている。専門技術、日本語能力に関しては外部機関での研修を実施し、ビジネスに特化した日本語の授業も行い、業務に生かしている。また日本人社員に対するDE&Iに関する意識づけや研修を行っているのも特徴だ。「言わなくても分かるだろ」という姿勢はNGで、たとえそうだとしても、きちんと言葉にすることが大切であるというのを伝えている。外国人社員の要望に応えられない時は、理由をきちんと説明することも大事である。「日本のルールだから」で済ませると、外国人社員のストレスになるのは明白だ。人事評価も理念に基づく基準を整備し、会社としての一貫性ある姿勢を示すことで、外国人社員の納得感を醸成している。

現在、外国人社員は貿易部だけでなく調達やマーケティング生産管理、人事やITなど多くの部署で活躍しており、高い定着率を保持している。逐一全て指示しなくても、自ら考え、行動し、成果を出しており、前向きで活発な外国人材に刺激を受け、新しいことに積極的な雰囲気が社内に生まれたという。留学生向けの合同説明会を覗くと外国人社員も前面に出て会社をアピールしている。大企業のブースが並ぶ中、この中堅企業のブースに学生の長い列ができており、外国人が活躍できる環境作りと働く意義を高めてきた成果が表れていると感じる。

今後は外国人材の「住生活環境の整備」や「子どもの養育」についても考える必要がある

企業によって外国人雇用に関する温度感や対応に大きな差がある。安全保障上、日本国籍以外の採用はしない場合等は別だが、外国人雇用に踏み切れない企業からは、コミュニケーションや文化、育成面の他、法的側面、そしてパフォーマンス発揮に関する不安の声が聞こえてくる。

一方で、日本の労働市場における外国人労働者の役割は大きく変わりつつあり、短期的な労働力から長期的な人材への転換が進められている。今後増えることが予想される特定技能2号では無期雇用や家族帯同も可能で、永住も視野に入る。住居・生活環境の整備の他、子どもの養育についても考える必要がある。同時に、高度外国人材の必要性が高まっており、彼らのキャリアパスを明確にし、長期的な成長を支援する体制の構築が求められる。専門分野でのキャリアアップの機会を提供し、長期的な雇用と貢献を促進するための制度構築も必要だろう。筆者もコンサルタントとしては今後も外国人労働者の採用・定着・活躍推進に関する支援を行い、日本経済の発展に人材の面から貢献していきたい。
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